テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
落とされないよう無我夢中でエルの手を握り締めて、辿り着いたのは『竜の都』の上空だった。
ヨーロッパの古都を思わせる街並みがすぐ足元に広がっていて、私はあんぐりと口を開ける。
「散歩って、都を!?」
「来てみたかったんだろう?」
にこにこと言われて驚く。
……一体、彼はいつから私の様子を見ていたのだろう。
小さく息を吐いてから自分を姿を見下ろす。
「でも、この格好じゃ……」
こんなドレス姿ではきっと目立ってしまう。
聖女だとバレたら大変なことになると言われたばかりなのに。
(それに、勝手にお城出てきちゃったし……)
でもエルはあっけらかんと答えた。
「平気平気。今僕たちの姿は誰にも見えていないからね」
「え!?」
「じゃあ、下りるよコハル」
「え、ちょ……っ!」
エルが下降を始めて、私はドレスのスカートが舞い上がらないよう片方の手で必死に押さえ込んだ。
ふわりと優しく石畳に足が着いて、ほっとする。
でもそこは大通りのど真ん中で。
(よりによってこんな人の多い場所に……!?)
ひやりとするが、確かに空から突然降りてきた私たちに驚いている人はいない。
誰もこちらの存在に気付いていない様子で、すぐ傍らを通り過ぎていく。
「ああ、でも僕から手を離したらコハルの姿は見えちゃうから気を付けてね」
「えっ」
そしてエルは私の手をしっかりと握り直した。
……言いたいことは色々あるけれど、これでこれまで彼が突然現れたり消えたりしていた謎が解けた。
(妖精王かぁ)
メリーのように元々不思議な力を持つ『妖精』。
彼はその王様。
(てっきり妖精王って、メリーをそのままでっかくした感じなのかと思ってた)
と、そこでハっとする。
「そういえばメリー、ついて来なかったな」
少し視線を上げれば、高く聳える山の中腹につい先ほどまで自分がいた竜の城が見えた。
メリーなら追ってきてくれると思ったのだけど。
「あの子からは僕たちが突然消えたように見えただろうからね」
「え!」
だとしたら、メリーは今頃パニックになっているのではないだろうか。
(それがもし、リューの耳に入ったら……)
先ほどのリューを思い出して、胸がざわついた。
「やっぱり、私お城に」
「ちょっと散歩するだけだよ。すぐに戻れば問題ないって」
「でも、」
するとエルは翡翠の目をすっと細めた。
「竜帝くんが怖いかい?」
「こ、怖いってわけじゃ」
思わず大きな声を出すと、今横を通り過ぎた女性がびっくりした様子でこちらを振り返った。
「声は聞こえちゃうよ」
しーっとエルが人差し指を口元に当てて、私は慌てて口を塞ぐ。
するとその女性は首を傾げてそのまま行ってしまった。
(そういうのは先に言っといて欲しい……)
そんな私を見てエルは笑った。
「ほら行こう、コハル」
優しく手を引かれて、私は仕方なく歩き出した。
……実際、気分転換はしたかった。
あのまま部屋にいても、ぐちゃぐちゃとした暗い気持ちをずっと引きずっていただけだったろうから。
そうして、私はエルと共に『竜の都』の散策を始めたのだった。
7年ぶりに歩く『竜の都』は、あの頃とは全く別の街のようだった。
とにかく人の往来が多く、活気があった。
市も開かれていて、新鮮そうな野菜や果物がたくさん売られていた。
7年の間にここまで復興したのだと思うとなんだか胸が熱くなった。
(きっと皆すごく頑張ったんだろうなぁ)
でもやはりベルデさんの言っていた通り、あちこちにあの頃の名残が見られた。
建物も良く見れば大きなヒビが入っていたり焼け焦げた痕が残っていたり。ふと路地を覗けば、崩れたままになっている建物が目に入った。
「自信がないって言っていたのは、竜帝妃のことかい?」
「え?」
唐突に訊かれて私は目を瞬く。
(――あ、そうか。バルコニーで)
そんなぼやきも聞かれていたのかと恥ずかしくなる。でも。
「……はい」
諦めて正直に頷く。
「だって、向こうじゃただの会社員だったんですよ。しかも役立たずの……。もっと竜帝妃に相応しい人がいるはずだって、どうしても考えちゃって」
するとエルがクスクスと笑った。
「ほんと相変わらずだなぁ、コハルは。まぁ、コハルのそういうところが僕も気に入ったんだけど」
「茶化さないでください」
「茶化してなんかいないよ。じゃあ、コハルは竜帝くんのどこに惹かれたんだい?」
「え……」
どきりとする。
「彼が『竜帝』だから?」
「それは違います!」
強く首を振ってはっきりと否定する。
それは違うと言い切れる。
「じゃあ、顔が好みだったとか」
「……顔は良いとは思いますが、むしろ良過ぎて困ります」
「あはは、そうなんだ。……じゃあ、そんな彼に押し切られちゃった?」
「それ、は……」
違うと、はっきりとは否定できなくて視線を落とす。
「でも、彼はゆっくりでいいって……いえ、そもそも7年前に私、彼と約束をして、彼はその約束を守ってくれただけで」
そう。だから彼は何も悪くない。
私の覚悟が、まだ出来ていないだけだ。
「約束かぁ。まぁ、君が彼から愛されてるのはよくわかるよ」
「?」
エルが自分の首元をとんとんと指差して、私は首を傾げる。
「コハルのここ、花が咲き乱れてるみたいだ」
「!!」
その意味に気付いて、私は焦って自分の首元を隠した。
先ほどリューに何度も強く口づけられたことを思い出して顔が熱くなる。
「僕のせいだとは思うけど、竜人族は昔から直情的というか情熱的だからなぁ。ごめんね、コハル」
「……」
私だってわかる。
リューから愛されていることは痛いほどにわかっている。
「……嬉しいんです。彼に愛されて、必要とされて……私なんかが本当にいいのかなって思うくらいで」
それに答えたいと思うけれど、うまく出来なくて。
リューに申し訳ない気持ちばかりが大きくなっていく。
「それに私、彼の悲しむ顔を見たくなくて」
自分で口にして気づく。
なのに私は、彼を叩いて「大嫌い」なんて言ってしまった。
大きく見開かれた金の瞳を思い出して、ぎゅっと空いている方の手を強く握り締める。
「陛下と聖女様の結婚式はいつになるだろうなぁ」
「!」
どこからかそんな声が聞こえてきて顔を上げる。
すぐそこのお店からみたいだ。店の外には酒樽や酒瓶がたくさん置かれていておそらく酒場なのだろうとわかった。
エルに手を引かれ中に入ると、入り口近くのテーブルで数人の男たちがお酒を呑みながら楽しそうに話し込んでいた。
「きっと盛大に執り行われるんだろうなぁ。やぁ今から楽しみだ」
「聖女様がこっちの世界に戻ってきてくださって本当に良かった」
私は目を見開く。
「なかなか陛下の良い話を聞かないと思ったら、まさか聖女様を待っていたなんてなぁ」
「俺ァ陛下には幸せになって欲しい! あの若さでここまでこの国を盛り立ててくださったんだからな」
「俺はもし聖女様にお目にかかれたら言うつもりだぜ。俺たちの竜帝陛下をよろしく頼むってな!」
「お前そんなこと言ったら不敬罪で取っ捕まっちまうぞ」
その場は笑いに包まれて、私たちはその店を後にした。
「愛されてるねぇ、竜帝くんは」
「……はい」
「聖女様もね」
「!」
エルが優しく微笑んでいた。
「君は、命を懸けてこの世界を救ったんだ。もっと自信を持っていいんだよ」
空はいつの間にか綺麗な夕焼け色に染まっていて。
「さて、そろそろ戻ろっか」
「はい」
私は紅く染まった『竜の城』を見上げて頷いた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!