りょさん視点。しんみりな感じです。捏造モブ出ます。
元貴の部屋を出て、張り詰めていた緊張を解くように大きく息を吐いて暫く立ち尽くす。
つらくてしんどくて仕方がないのに涙は出てこなくて、自分のことなのにまるで他人事のように感じている自分に気づく。
もしかしたら元貴が追いかけて来てくれるんじゃないか、なんて、淡い期待を抱いている自分に気づいて自嘲する。傷つけるだけ傷つけて、何を甘いことを考えているんだと笑ってしまう。
「……ごめんね、元貴」
閉じられたドアに向かって呟く。謝る資格すらないと分かっているけれど、その言葉以外許されないような気がした。
「……だいすきだよ」
二度と届かない、届けてはいけない気持ちを吐き出して、ここに来ることはもうないんだろうな、なんて考えながら帰路に着いた。
家に着いて泥に沈むように意識を手放したかったのに、希望虚しく一睡もできなかった。
鎖骨にあるキスマーク、内腿にある歯形、身体の奥に残る甘い疼き。
その全てが元貴を思い出させた。
本当は元貴の熱を直接注いで欲しかったけれど、僕の身体を気遣ってそうしなかった優しい恋人、だったひと。
最後までやさしく、激しく抱いてくれたことには感謝しかない。好きだよ、って囁いてくれた彼に、罪悪感しかない。
ごめんねと、謝ることさえ許されない。謝罪は許して欲しいこちら側の自己満足だ。
許してくれなくていい。むしろいっそのこと僕を許さないで欲しい。
僕を憎んで、僕を忘れないで欲しい。
それもまた随分と都合のいい話で、自分勝手な自分に苦笑する。
愛してるって感情だけで生きていくには、僕たちにはしがらみが多すぎた。
ただお互いを想っているってだけじゃ、生きていけなくなってしまった。
元貴という世界を救うために誰かひとりを犠牲にする必要があるなのなら、僕はよろこんでこの身を捧げる。たとえ元貴がそれに傷ついたとしても、その傷はきっと時間が癒してくれるはずだから。
そんなことを考えながら目を閉じても、睡魔はやってきてはくれなかった。
どんなにつらいことがあっても、眠ることなんてできなくたって朝は来る。ありがたいことに仕事もある。
せめて仕事はきちんとしないと。元貴にお前なんて要らないって言われる日まではせめて。
少し重たい体を叱咤して、シャワーを浴びて着替えを済ませ、打ち合わせに指定された会議室に向かった。
今日から暫く、僕たちにしては珍しく顔を合わせることがないスケジュールだった。個々人での仕事が入っていたためで、それが分かっていたから昨日別れ話を持ち掛けたんだけど。
あんなふうに自分から別れを切り出しておいて、何事もなかったかのように過ごすことなんてとてもできなかった。
圧倒的に多忙の元貴に余計なストレスを与えてしまったことだけは申し訳なくて、でもこれ以外の方法も見つけることができなくて。
だから、これでよかったんだよね、と自分に言い聞かせてなんとか打ち合わせをこなしていった。
別れてから三日後、個人の仕事もなく家にいたくもなかった僕は、スタジオにこもってキーボードの前に座ってヘッドホンをつけて、何もないところをただぼんやりと眺めていた。
練習するってスタジオを借りてもらったんだから、ちゃんとやらないといけないのに、やる気が出ない。何を弾いても嫌な音にしかならなくて、自分でも聴くに堪えなかった。
眠れない日々が続き、寝不足のせいで頭がぼんやりとする。
「……涼ちゃん、ちょっといい?」
誰かが入ってきたことにすら気づかないほどぼけっとしていたらしく、控え目に声を掛けられて、ハッとなって慌てて居住まいをただす。入ってきたのは付き合いの長いチーフマネージャーだった。
横に椅子を持ってきて座ったチーフは、僕の顔を見て悲しそうに顔を歪めた。それがまた申し訳なかった。
「……大丈夫?」
「え、あ、ごめんなさい、せっかく借りてもらったのに」
「それはいいんだけど。……その、おおも」
「言わないで」
チーフの言葉を遮る。
押し黙ったチーフに力無く笑いかける。大丈夫、なんて嘘でも言えなかった。
ぎゅ、と唇を噛んだチーフは、俯いて謝罪を口にした。
「……ごめんね、力になれなくて」
「チーフのせいじゃないよ」
傷ついた顔をするチーフに、これは本当のことだから首を横に振りながら告げる。
決してチーフのせいじゃない。力になれなくて、なんて責任を感じなくていい。
「僕が、弱いせいだから」
「そんな……ッ! 涼ちゃんのせいじゃない!」
「ううん、元貴を傷つけたことは確かだし。……元貴は大丈夫そう?」
訊く資格なんてないのかな、と思いつつ、それでも気になって仕方がないことを尋ねる。
気まずそうに目を伏せたチーフに、え? と反応する。
「何かあったの?」
「ううん、その逆。びっくりするくらい、いつも通りだった」
「そう……よかった」
あんなに怒らせて傷つけて、仕事に支障をきたすようなことがあったらどうしようかと思っていた。僕なんてそんなものか、と思わないわけじゃないけれど、公私を分ける元貴らしいな、とも思う。どこまでもプロフェッショナルで、完璧な人。
そんな元貴が大好きだった。今でも、大好きだ。
元貴の歩みを止めることがなかったことに安心する。これも本心だ。
穏やかに微笑むと、チーフは悲しそうに眉根を寄せた。
「涼ちゃん、寝れてる?」
「んー……まぁまぁかなぁ」
寝れてる、というには目の下にクマがあるし、毎日泣いているせいで目は充血しっぱなしだった。
すぐにバレる嘘なんて意味がないから困ったように笑うと、チーフはかける言葉を無くしたようで、またまた申し訳なくなる。
そんな僕を少しでも元気づけようと、チーフはスケジュール帳をめくって、無理に明るい声で言った。
「明日は若井くんと仕事だから、少しは気が紛れるんじゃない?」
「……だと、いいけど」
この三日間、若井とも顔を合わせていなかった。本当にこんなことは珍しい。
若井は僕たちが付き合っていることを知っている。心から祝福してくれていた。そんな彼の想いまで踏みにじったようで胸が苦しい。
別れたことを、元貴は彼に告げただろうか。親友で悪友の彼にはなんでも話していそうなものだけれど。
力無く笑う僕を、やはり苦しそうに顔を歪めて見つめ、それでも笑顔を無理に作ってチーフは立ち上がった。
「……練習の邪魔してごめんなさい、あまり無理しないで」
「うん、ありがとう」
無理をしているつもりなんてないけれど、キーボードさえ弾けなくなったら本当に僕のいる意味なんて、生きている価値なんてなくなってしまうんだよ、と、やはりどこか他人事のように考えた。
続。
鬼ごっこは始まったばかりです。
コメント
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あぁぁぁ悲しい.... 藤澤さんん、訳ありで別れたのか...😢続きが楽しみです!
続き楽しみにしています
💛ちゃん、何があったの😭😭😭と涙涙で読みました。笑 続き、楽しみにしてます!