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神崎 瀬凪が亡くなってから、 三週間が過ぎていた。
二年C組は、 別のクラスみたいに静かだった。
授業中に騒ぐ生徒も減った。
陰口も聞こえなくなった。
誰かを笑う声も減った。
でもそれは、 “仲良くなった”わけじゃない。
皆、 怖くなっただけだった。
自分たちが、 誰か一人を追い詰めたことに。
神崎の事故は、 学校中で問題になった。
文化祭は途中中止。
SNS動画も拡散され、 保護者会まで開かれた。
でも。
誰も本当のことは言わなかった。
「事故でした」
その一言で、 全部終わろうとしていた。
白石ひかりだけは、 それが苦しかった。
放課後。
静かな教室。
白石は、 神崎の空席を見つめていた。
一番後ろの窓際。
もう誰も座らない席。
そこだけ、 時間が止まっているみたいだった。
白石はゆっくり近づき、 机へ手を置く。
冷たかった。
「あんたさ……」
小さく声が漏れる。
「最後まで、本音ばっかだったね」
返事はない。
当然だった。
でも、 今にも神崎が
『うるせぇな』
って言いそうな気がした。
その時。
教室の扉が開く。
朝比奈美優だった。
白石を見ると、 少し気まずそうに目を逸らす。
最近、 クラスはずっとこんな感じだった。
誰も、 お互いをちゃんと見れない。
朝比奈は小さな声で言う。
「……先生が、もう帰れって」
白石は頷く。
でも動かなかった。
朝比奈は少し迷ってから、 神崎の席を見る。
「……私さ」
震える声。
「別に、あんなつもりじゃなかった」
白石は黙って聞いていた。
朝比奈の目には涙が浮かんでいる。
「ただ皆で笑ってただけで」
「空気壊したくなくて」
「だから止められなくて……」
その声は、 どこか白石自身にも重なった。
“嫌われたくない”
“空気を壊したくない”
その結果、 誰も止めなかった。
白石は静かに言う。
「神崎くん、ずっと言ってた」
「誰も本音言わないって」
朝比奈は俯く。
白石は続けた。
「……多分、あの人」
「本当は誰より普通のクラス欲しかったんだと思う」
教室に沈黙が落ちる。
夕日が窓から差し込んでいた。
その光が、 空席を赤く照らしている。
数日後。
終業式。
担任の大西が、 静かな声で言った。
「……神崎の件、忘れるな」
教室は静まり返る。
大西は続ける。
「先生も悪かった」
「ちゃんと向き合わなかった」
その言葉に、 誰も顔を上げられなかった。
窓の外では、 運動部の声が聞こえる。
いつも通りの学校。
でも二年C組だけは、 もう前とは違っていた。
終業式後。
皆が帰った教室で、 白石は一人、 神崎の机を整理していた。
引き出しの奥。
ぐしゃぐしゃのノート。
文化祭の改善案。
『配線危ない』 『通路狭い』 『固定ちゃんとしろ』
文句ばかり。
でも最後のページには、 短くこう書かれていた。
『少しくらい、本気でやれよ』
その下には、 さらに小さな文字。
『でも、嫌いじゃなかった』
白石の涙が、 静かに紙へ落ちる。
神崎は、 最後まで不器用だった。
でも、 誰より本気だった。
白石は泣きながら笑う。
「あんたほんと、言い方最悪……」
教室に返事はない。
でも、 前より少しだけ、 空席が寂しく見えなかった。
白石は窓を開ける。
夕方の風が、 静かな教室を通り抜けていく。
あの日、 神崎が壊したかったのは、 クラスじゃない。
“本音を隠す空気”だったのかもしれない。
白石は空席を見ながら、 小さく呟く。
「最後くらいちゃんと伝えたからよかった…」
「…好きって…」
夕焼けの光が、 誰もいない教室を優しく照らしていた。
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