「行ってきます、姐さん。」
「気を付けて行ってくるんじゃぞ。」
朝八時頃。保護者である尾崎にそう告げ、扉を開く。
するとそこには──
「おはよう中也。姐さんも。」
──そこには、憎たらしい幼馴染がいた。
「ッうぉ!?ンだ手前!…待ち伏せしてやがったか?」
驚愕し、素っ頓狂な声を上げる。
「待ち伏せ、はやめて欲しいね。私は待っていてあげたのだよ。待ち伏せでは無い。」
「…ふん、太宰めが。まぁ善い。中也、折角じゃ、共に登校してやれ。」
姐さんは、明らかに自分を待ち伏せしていたであろう太宰に、憎しみの言葉を垂らす。
姐さんに云われてしまったら折れられない。
「……ッチ、おい太宰、行くぞ。」
仕方なく一緒に登校することにした。まぁ奴のことは気にせず自分のペースで行くが。
「…え、中也!?ちょっと待ってよ!!あ、姐さん、じゃあまた。」
「中也を頼むぞ。」
太宰とは昔から一緒に居た。抑、家が隣同士なので 関わらないなんてことは叶わない。
その為、学校は毎日のように一緒に登校していたし、勿論下校もそうだった。
だが、いつ頃からか、気が付けば 自分は太宰の顔を好きになっていた。
相手はただの近所に住んでいる、生意気で気に食わないガキなのだ。そんな輩の顔が好き…だなんて、信じられなかったし、信じたくもなかった。
顔を合わせる度、太宰は少し頬を緩めて此方に駆け寄って来た。その自然な笑みに胸が締め付けられる。
──彼奴の青年らしい純粋な笑みに、俺は惚れてしまったのだろう。
後ろから太宰の足音が聞こえる。疾走っているからか、足音も疾い。
「ちょっと中也ぁ!待ってってば!!」
「ンだよ、手前が遅ェだけだろ。」
「違うよ!中也が疾いんだってば。態と早足にしてない?」
「ンな無意味なことする訳無ェだろ、脚が疲れるだけだ。」
嘘である。太宰の顔を見たら、胸が鳴ってしまうので 成る可く早足で歩いていた。
気付けば高校に着いた。太宰とはクラスが違うから、彼奴の顔を見ずに済むな。
あーあ、授業詰まんない。なんか面倒臭くなってきた。体調不良って云って医務室で寝てようかな。
なんてことを考えながら、窓の外を見やる。
と、そこには一際目立つ朱色の頭が見えた。それは中也だとすぐに理解した。
これは面白い、体育かな。暫く見てよっと。
疾走って疲れ果てたのか、地面に大の字で寝転がってしまった。
あーあー、そんなことしたら背中が汚れるでしょうが。
すると、中也の蒼い瞳と目が合った。
中也は、私の存在に気付いたのか、顔を見る見る紅くさせてしまった。
は?何顔紅くしてるのあの蛞蝓?
そんな事を思っていたら、中也は目を逸らしてしまった。
はぁあ???マジでなんなのあのチビ!!なんかイライラしてきた。
当時の私は気付かなかった。
中也は、中原中也と云う男は──
──私の顔に見惚れて顔を紅くしていたのだ。
暫くして、もう下校時間か。今日は部活が無いから その侭家に直行だな。
玄関を見やると、そこには太宰が立っていた。
「太宰…、」
反射的に、カバンで顔を隠してしまった。
「ちょっと、何?なんで隠すの。」
太宰はピョンピョンと跳ね、俺の顔を覗いてこようとする。
だが、此奴の顔を見てしまうと、整った顔立ちから 何故だか照れてしまって、自分の顔が真っ赤になってしまう。
嗚呼、此奴の事なんか気にも留めずに、疾っとと帰りゃ良かった。
沈黙。
先にその沈黙を破ったのは太宰だった。
「はいはい、一緒に帰るよ。」
ね、と強く云われては、断る理由も無いので、不本意ながらも一緒に帰ることにした。
「あ」
暫く帰り道を並んで歩いていると、ある事に気付いた。
此奴、今日は部活があるよな?
「ん?どうしたの。」
「手前……部活は?」
少しの静寂。
「………てへ。」
「てへ、じゃ無ェよ!サボってんじゃ無ェ。」
惚ける太宰に怒号を上げる。
「否、中也ぁ。よく考えてみてよ。私は玄関でずっと君のことを待ち続けていたのだよ??」
「待ち伏せな。」
「違うって!!…まぁ、中也と帰る為にサボったのだよ。」
「…は?」
「ん?」
今、此奴なんて云ッた?
俺と帰る為にサボった、だ?
「中也、どうしたのだい?急に固まって。」
「…手前、今…俺と帰る為に……サボった、って云ッたか?」
「……あぁ、成程?」
一人で納得した様子の太宰に少し苛立ちを憶える。
「うふふ。中也ってば、私が君と帰りたくてサボった、と捉えたのかい?」
「……は!?おい、違ッ………、」
「実はね、朝、中也は疾く行ってしまったから気付かなかっただろうけど、あのあと姐さんに『中也を頼んだ』って云われたんだよ。」
「それで、帰りも一緒に帰ッてこい、って事かと思ってさ。」
そう発言すると、太宰は少し顔を顰めた。
「…ふーん、なんだ。詰まんないの。」
「え、は?おい、ちょ待てコラ。何がだ。」
太宰が急に足を速めたので、小走りで追いつく。
「なんでもないよー、ほら、早く来ないと置いて行くよ?」
「……。」
納得は行かなかったが、仕方ないと思い、追いつくように早歩きをする。
「じゃあな、明日は来ンなよ。」
「え、ちょっと。家上がらせてよ。」
「は?」
何云ッてンだ此奴。
「…家に上がるだ?抑、何すんだよ。」
「中也、数学判るの?今日の宿題の範囲、苦手なところじゃなかったっけ。」
「う……、」
何で此奴範囲知ッてンだよ。……まぁ、数学が苦手なのは慥かだが。
「否、姐さんに教えてもらうし…。」
「姐さん、忙しいんじゃないの?迷惑掛けられないでしょ。」
核心を突いて来やがッた。姐さんに迷惑は掛けられない。
仕方ない、今回は此方が折れよう。
「…チッ、上がれよ。」
「やった、おっ邪魔っしまーす!」
太宰は喜々と扉を開け、我が家に足を踏み入れる。
靴を脱いでいると、姐さんが出迎えに来た。
「中也、よく帰ったのう。…なんじゃ、太宰も居るではないか。」
姐さんはやや不機嫌そうな顔をする。本当に申し訳ない。今度詫びでも購ッて来よう。
「すんません、姐さん。此奴が来たいって聞かなくて。」
「はーあ?ちょっと、中也が莫迦な所為で、宿題範囲が判らないから教えに来てあげ
「手前は黙ってろ。」
納得の行かなさそうに真実を告げる太宰の言葉を遮る。
「まぁ佳い、連れて来たのでは仕方があるまい。何れ、中也 部屋へ案内してやると善い。」
「ありがとうございます。あ、おい、飯食ッてくか?」
折角なら食ってけよ、と告げる。
「あー…」
太宰は迷ったように唸り、姐さんに目を配る。
「…うん、そうさせてもらおうかな。姐さん、私の分もよろしくね。」
視線を戻し、応答すると同時に 姐さんに頼み込んだ。
「佳い。鴎外殿には私から連絡を入れておくぞ。ほれ、もう部屋へ向かったら如何じゃ。」
部屋に向かうよう施されたので、姐さんに少し頭を下げ、太宰の手首を掴み階段を登る。
「なんか、中也の部屋って久しぶりだなぁ。」
「ンだよ急に、気持ち悪ィ。」
あの後、太宰を部屋へ入れ、現在は共に宿題を終わらせている。
すると、太宰が急に立ち上がるので、何事かと思った途端、寝台の隙間を覗き始めた。
「……何やッてンだよ。」
「ん〜?いやぁ、ちょっと気になってね。」
「…ンな詰まんねェ事して無ェで、さっさとやりやが
「あ、ティッシュあった。」
俺の言葉を遮り、発言をしてきた。
「鼻かんだティッシュだよ!詰まんねェ詮索は止せ!」
必死に弁明をしたが、太宰は戻りそうにない。
「なんか他に無いかな…。エロ本とか。」
「ンなモン無ェ!先ず姐さんが許さねェよ。」
太宰は詰まら無さそうに顔を顰めた。
「ちぇ、詰まんないの。普通持ってるでしょ。」
「なら手前は持ッてンのかよ。」
「否、私は健康な男子高校生だから持ってないよ。」
奴は口端を上に上げながら云ッた。
絶対嘘だな。
「兎に角、疾くやれよ。」
「何、もう終わったけれど?」
疾すぎでは?
俺なんて五分の二位しか終わって無ェンだけど。
「もしかして中也ってば、未だ終わらない訳?遅すぎないかい?」
「るせェ、誰もが手前みたいな頭脳だと思うな。」
此奴の頭脳は桁が違う。自分らは一年だが、太宰は三年生達と同等…否、下手したら此奴の方が上、って程に頭が善い。
期末テストの一位は総取りである。それも相まって、おまけに顔が良いから、女子達だけでなく 男子にまでモテるわけだ。
俺もまぁ此奴の顔面は好き…だ。
他の奴らに見せる笑顔は作り物だって事を、俺は識ッていた。
昔から此奴の本当の、純粋な、美しい笑顔を散々見てきたのだ。違いは見ただけで判る。
と、話がズレてしまった。
俺の話は良いんだ、兎に角、此奴は物凄く頭が切れる。
その間、無言で問題を解いていると、解けない問題がちらほら出てきた。
「…おい、此処の範囲って……、」
「ん、何、何処?」
教えるとなると近付く必要がある訳で。俺と太宰の距離(物理)は ぐっと縮まった。
それに驚愕し、少し心臓の鼓動が疾まる。
が、此奴も態とでは無いし……。
と、自分に云い聞かせ、問題と向き合う。
そのようなハプニングはあったが、無事に宿題は終わらせた。
未だ夕食には時間があったので、少々ゆっくりと休む事にした。
俺たちはスマホとにらめっこだった。
太宰は何してンだろうな。
「…中也、見てこれ凄い。」
すると、太宰は己の端末を見せてきた。
画面には、結構な布面積の女が写っていた。
此奴……、女のエロ画見てやがる。
「………。」
つい黙り込んでしまった。
「ちょっと、何か云ってよ。」
「…手前も矢ッ張、こういうの見るんだな。」
「矢ッ張って何!ねぇ、ちょっと!前から思ってた訳!?」
自分から発言を施してきた癖に、びーびーと喚いた。
煩い奴だな、他人ン家だぞ。
などと考えている内、太宰はいつの間にか此方に来ていた。
「ッ……ンだよ、」
突然の出来事に、顔が熱くなるのを感じる。
「…中也さ、」
「私の顔、好きでしょ。」
「……は?」
思わず目を見開いてしまう。
「否、実はさ。今日君の組、体育あったよね?」
「…何で識ッてンだよ。」
「授業中、外を見たら君が大の字で地面に広がったのを目撃したからね。」
「その時、目が合ったでしょ。うふふ。」
「君は見る見る内に顔を紅くしてしまったよね。」
うふふ、と嗤い、太宰はそう告げる。
…矢ッ張りあン時気付かれてたのか……。
「……チッ、そうだよ。それが何だ。」
太宰はすんなり肯定した俺に驚いたようだ。
「…うふふ、可愛かったなぁ、と思ってね。」
「……は?可愛い?…俺が?何で?」
「もう一回説明するのは厭だよ、面倒臭い。」
「………そうか。」
「うん、そうだよ。でも、君が可愛かったのは慥かだよ。…だからさ……、」
「うお、ッ!?」
急に腕を捕まれ、寝台に引っ張られると同時に押し倒された。
その一瞬の出来事が理解出来なかった。
「だからさ、ご飯まで…もっと可愛い顔、見せてよ。」
コメント
5件
あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッッッッッッ
ウグ...尊い...最高...めっちゃお話好きです!これからも頑張ってください!