明日はヴァレンタインらしい。
芥川や黒蜥蜴達が話しているのを聞いた。
どうやら姐さんも、鏡花に甘味を贈るんだとか。俺にもくれるらしいが。
報告で首領の執務室へ行ったら、エリス嬢がチョコレイトの西洋菓子を口いっぱいに詰めていた。少し気が疾いような気もするが、口を挟むとどうなるか解らないので、放っておこう。
皆、年に一度のヴァレンタインを楽しんでいるようだ。
俺の出番はホワイトデイか、などと考えていると、ある考えが浮かぶ。
太宰はどうするんだ?
奴とは色々あって恋人関係である。
ヴァレンタインは好きな人にチョコレイトや、相手の嗜好品を贈呈する日…だったよな?
となると、恋人である太宰にも何か贈った方が善いのか?
手作りの方が善いのだろうか?
だが、購った方が美味い筈。
……姐さんに訊いてみるか。
姐さんの執務室の戸を三回程軽く叩き、開けて中へ這入る。
「姐さん、中原です。失礼します。」
「中也。何かあったのかえ?」
普段の着こなしが和風チックな姐さんの執務室は、思っていた通り「和風」を感じられる内装だった。
「はい、少し訊きたい事があって…、」
「ほぅ、何じゃ?私が判ることなら答えようぞ。」
姐さんは、微笑んで快く了承してくれた。
「ヴァレンタイン…って、手作り……の方が善いんですかね?」
「ほぅ…其方、贈る相手が居るのじゃな。」
姐さんにはお見通しのようだった。
「相手は、太宰かえ?」
姐さんには ” 全て ” お見通しのようだった。
「…はい、因みに 姐さんは手作りですか?」
「私は手作りじゃ、愛情が込められるのでな。」
「愛情…ですか、」
慥かに、料理には愛情が込めて作られると云うしな。
それはチョコレイトも同様らしい。
「そうじゃ。尚、チョコレイトに限らず、他の甘味でも善いのじゃぞ。」
「そうなんですか。例えば…マシュマロとかですかね?」
「…中也、甘味毎に意味もあるのじゃ。其方が先刻云ったものには『貴方のことが嫌い』と云う意味が込められるらしいのじゃ。」
「……ほう。」
「マシュマロを贈るのならば、作るのが大変じゃ、購ってから贈呈するのがよかろうぞ。」
「成程。姐さん、よく解りました。お時間割いてしまってすみませんでした。」
「なんぞなんぞ、中也ならばいつでも大歓迎じゃ。」
「今日は本当にありがとうございました。」
帽子を取り、軽く礼をしてから執務室を出る。
姐さんは斯う云った知識を熟知しているので、矢張り姐さんに訊いて大正解だった。
太宰にはチョコレイトでなく、マシュマロで決まりだな。
今日は!ヴァレンタイン!だ!!
私は毎年、女性から必ず五十個程貰うので、それがとても楽しみで仕方がない。
だが、それでも亦 脳裏をチラつくのが、元相棒であり、嫌うべき宿敵でもあり、恋人関係でもある 中原中也と云う男だ。
でも、中也からは初めて貰うなぁ。
そう、私達の付き合いは七、八年と まぁまぁ長い。
だが、マフィア時代は、ヴァレンタインの贈物は無かった。
恋人同士じゃないから別に佳かったけどね。
私が組織を抜け出してから、四年間近く顔も合わせていなかったけれど、敦裙が探偵社に入社してから色々変わったんだ。
先ず、中也に再会出来た事だね。
それに関しては、本当に、マジで、自分でも吃驚する程嬉しかった。会った直後に手錠を外して、直ぐ様食べてしまいたい程にね。
それから私達は頻繁に会うようになり、付き合い始め、今ではすっかりラブラブです♡
と、この様な工程を挟みつつも、中也は結局私に甘々なのだよ。
屹度、今年こそは絶対に何かしら呉れるだろうなぁ、と思っている。
正直とっても楽しみ。
「おい太宰、手が停まっているぞ。」
「いやぁ、愛しの恋人を想うと仕事が捗らないのだよ。」
国木田裙に注意をされるが、私は今仕事が出来る状態では無いので、考えていたことを其の儘口に出す。
「えッ、太宰さん、本当の恋人って居たんですか…。」
すると、敦裙から失礼な言葉が飛んでくる。
「敦裙、君は私の事なんと思っているのだい?私にだって恋人の一人や二人…」
「否 一寸待って下さい、この時点で既に二人以上居るじゃないですか。」
あ、やばい。口が滑った。
中也が恋人になる前迄は、恋人は二人以上キープしていたからなぁ。
「そんな事より、さっさと仕事をしろ太宰!」
敦裙に弁明をしていると、隣から亦 怒号が飛んでくる。
「怒ってばかりいると老化が進むよ。」
「元はと云えば、貴様の所為だろうがッ!」
「あの…太宰くん、居ますか?」
国木田裙に怒鳴られていると、知り合いの女性が来た。
「こんにちは!探偵社迄来て、一体どうしたのだい?」
国木田裙は置いて、直ぐに女性へ駆け寄り、感じ良く出迎え、女性の肩を抱いて 尋問室へとエスコートをしてやる。
尋問室へ着くと、女性は少し気恥ずかしそうに呟く。
「えっとね、これ、チョコレイトなんだけど…。」
女性は紙袋ごと私に突き出して渡してくる。
まぁ、ヴァレンタイン関連だとは思っていたけれど。
あ、勿論貰うよ?貰った方が善いでしょう?
「わぁ、ありがとうね。とても嬉しいよ。手作り?」
「あ、うん。そうなの!太宰くんの口に合うか不安だけど、私の想いを伝えたくて頑張って作ったの!」
女性は嬉しそうに笑顔を見せ、肯定する。
どうやらこの女性は、思っていたより厄介なタイプかもしれない。
「ふふ、貴方が作ったものならば、美味しいに決まっているじゃないか。私も安心して食べられるよ。」
「嬉しい!今日はチョコレイトを渡したかっただけなの。じゃあ、亦来年も楽しみにしててね!」
「勿論さ。処で、来週の逢引(デェト)はどうする?」
「逢引の事は、日を改めて亦云うね。」
逢引、とは云っても、付き合っていないのでこれは浮気では無い。ノーカンだよ、ノーカン。
「では、徐々お暇するかい?」
「うん、そうする!」
退場を施すと、女性は機嫌が良さそうに頷いた。
「じゃあ、亦来週だね。」
「またね〜。」
「ちょっと太宰さん…先刻、恋人がいるって云って居ましたよね?」
少しの沈黙があったが、引っかかり気味に敦裙が問うてくる。
「いやぁ、誤解だよ敦裙。あの女性は只の知り合いさ。」
「否…今チョコレイト貰って居ましたよね。」
「これは違くてだね?贈物だよ。君だって、鏡花ちゃんから貰っただろう?」
「うーん…確かに貰いましたけど…、それとこれとでは違うような……。」
敦裙は実に勘の良い子供だ。
いいね、そういう子は余り好きでは無いよ。
「あ〜、私ぃ、ちょっと聞き込み捜査があったのだった〜。」
逃げるように 態とらしく云ってみれば、敦裙は呆れたような表情をした。
「…もう、勝手にして下さいね。後々国木田さんに怒られても、僕は知りませんよ。」
そう云えば、女性が来たあとから国木田の声が聞こえないなぁ。
社内を見回しても姿は見当たらない。
はっ、もしや先に帰ってしまったのでは……!?
真逆、国木田裙に抜け駆けされるとは…。
こんなことしていられない、私も今すぐ中也のセーフハウスに帰らなければ!
セーフハウスへと帰宅すると、前掛け姿の中也が玄関の目の前で待ち伏せをしていた。
「よォ太宰。来ると思ったぜ。」
私が驚いた表情をすると、中也は口端を上げ、私の来訪を予知していた事を告げる。
「…そうかい、先、ご飯食べるよ。もう出来てるよね?」
「ッたりめーだろ。今日は蟹鍋だ。」
流石中也、私の嗜好品を出してくれるとか最高か。
食卓に着き、夕飯を食べ終えた後、中也も私も ソファでだらだらと過ごしていた。
すると、中也が急に立ち上がって 台所へと向かったので、何事かと思ったのも束の間、小さな直方体の箱を渡してきた。
数秒考えた後、”それ”が何か判り、思わず口端が上がる。
「…なぁに、これ。」
「ンなの判ってるだろ。」
少し間を空けて訊くと、顔を顰めて中也が云った。
これは間違いなく、ヴァレンタインの贈り物だ。
箱には、綺麗だが やや不器用気味に、真紅の色をした飾帯(リボン)が結んである。
「ふふ、ありがとう。チョコレイトかな。開けても佳い?」
「…勝手にしろ。」
開封の許可を取ると、中也はそっぽを向き、”勝手にしろ”と、了承してくれた。
ワクワクしながら飾帯を解くと、中には白いふわふわの甘味が数個入っていた。
これは…マシュマロ?意味は何だったかな。嫌い、的な意味だったような気がするけれど。
「……ちょっと、君、マシュマロの意味分かってるの?」
少しムカついたので、不機嫌気味に訊いてやる。
「『貴方のことが嫌い』、だろ?」
「はぁ、分かっててこれにしたの?」
「ずべこべ云わずに疾っとと食え。」
愚問を垂れると、中也は私の口にマシュマロを押し込んでくる。
口を塞がれてしまい、出すことも出来ないので、味わいながら食べてやる。
……ん、美味しい。
「…これ、購ったものだよね。」
「おお、よく解ったな。」
当たり前だよ。中也の手料理と市販品なんかを間違える訳が無い。
もぐもぐと食べていると、中からチョコレイトの味がした。
………チョコマシュマロ?
「……はぁ、本当に大嫌い。」
「そうか、俺もだ。」
そう云う割には、私も中也も頬が緩んでいるけれど。
「…チョコマシュマロの意味、識ってる?」
「………識らねェ。マシュマロと同じ意味じゃ無ェのか?」
身長差もあり、上目遣いで問うてくる。
実に、百億の名画にも勝るね。
「チョコマシュマロは、『純白の愛で包み込む』だよ。」
意味を告げると、中也は見る見る顔を紅らめた。
そっぽを向いてしまったので、抱き締めてやる。
「おい、離せよッ」
全く、そう云いつつも、耳まで紅くしちゃってさ。まるで説得力が無いね。
「ねぇ中也。こんなものよりさ、もっと甘い、中也を食べさせて欲しいなあ。」
微笑んでそう云うと、此方を向き、更に頬を紅らめてしまった。
本当に可愛い。そういう所、大嫌いだ。
中也の旋毛に触れる程度のキスを落とし、そのままソファへと押し倒した──。
私達の本当のヴァレンタインは、今宵の私達しか知らない。
コメント
7件
アイコン変わってる!!
うわぁ!!神!!😇✨💕最後死にかけたよ!!
うわぁ〜...好きぃ...中也可愛すぎ...もぅバレンタインは満足した...(太中で) 最高です...