テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
4件
あらまぁ泉樹くんがかなり執着の強い子だったとは…最高です!
今見返したんですが割と地の文がキショいですねこれ!!
⚠ 注意
・BL
・成長if
・誤字脱字は恋人 でも俺はもう別れたいんだ
・とてつもなく長文&駄作+挿絵無し←重要
1万字超えです…是非時間のある時にお読みください。
泉樹と結翔のいざこざとくっつくまで。
※自創作キャラのまとめを見ることを推奨します
【咲かぬは都忘れ】
「ごめんな。」
初恋は叶わないって本当なんだ、なんて考える事ができる程には僕の頭は意外にも冷静らしい。数年間に渡る僕の片想いはこうしてあっさりと幕を閉じた。
夕暮れに染まる廊下には影が落ち始めていて、影のかかった結翔くんの表情はよく見えない。廊下を突き抜ける風が、いつもより妙に寒く感じられた。
「泉樹の気持ちはすげえ嬉しい、けど。」
いっその事キッパリ突き放してくれたのなら良かったのに。
小鳥遊結翔という人間はいつも底なしに優しい。しかし、場合によっては毒と成り得るその人柄。駄目だということはとっくに分かっているのに、それでも欲してしまう甘い甘い蜜に似たそれ。…だから、僕の様な人が君の優しさに縋ってしまう。
「でも、でもさぁ…やっぱ…」
「_…俺じゃ無い方がいいよ、きっとさ。」
「俺よりいいヤツなんて、社会に出れば沢山いるよ。
…俺の他に好きになれるヤツにだって、会える。」
「…俺じゃダメなんだ、泉樹。俺は、俺はお前に…幸せになって欲しいんだ。」
「そっか……うん。ごめんね、結翔くん。」
なんて酷い事を言うのだろう。
僕は結翔くんが傍にいてくれたのなら、それが一番の幸せなのに。
世間の、身の丈に合った正しい幸せなんて端から掴むつもりなんてないのに。
でもその愛おしい緑色の瞳が、あまりにも慈愛に満ちていたものだから。
薄く開いた口からは『そんなの嫌だ』だなんて出なかった。
だって彼は、いきなり身近な同性からぶつけられた好意をきちんと受け止めて、『幸せになって欲しいから付き合えない』とまで言ってくれる優しい人だから。
これ以上君の心労を増やす訳には行かなくって。
僕の声が、廊下の空気を震わせることは無かった。
「じゃ、もう帰ろーぜ。先待ってっから!」
「…あ、うん」
そうやっていつもみたいに笑って走り去って行くその背中に伸ばした手は未だ空を切ったままで、ただ漠然とした喪失感と二人、夕暮れ時の廊下に取り残された。
ツン、と鼻の奥が熱くなってゆく。ああ、だめだ、泣くな。もう分かっていた事だろう。彼は誰よりも人の幸せを想ってくれる人だけれど、だからこそ彼は僕の欲しがる言葉を言ってくれない。それが僕の幸せだと思っていないから。そう分かっていたのに、彼のその優しさに胡座をかいて、甘い蜜に毒された僕への罰だ。
はは、と嘲笑にも似た乾いた笑いが口の端から漏れ出す。窓越しに落ちていく日を眺めてながら、何度も告白に挑戦できる麗菜ちゃんって本当に凄いんだなぁ、なんて、彼の妹について考えていた。
三月の上旬、卒業式間近の季節。
その日、僕の片想いは終わった。
「はーぁ…まださっむいな〜…」
「大丈夫?結翔くん。上着貸そうか。」
「ん、いいよ全然。どうせ家近けーしさ!」
あれから数週間経った、三月下旬。その日は卒業式だった。
いつも僕らみんなの居場所となってくれたあの高校にも今日でお別れ。いつもの六人で校舎を巡って、沢山写真を撮って、あとはちょっぴり泣いたりだって。
麗菜ちゃんと恋鞠ちゃんはまだ卒業ではないけれど、そっちの二人のほうが、案外僕ら四人より泣いていたかもしれない。僕らは卒業したって連絡は取れるし、それにすぐ会える距離でもあるのに。 …それでも、自分の事のように泣いてくれる彼女らの心の温かさが同仕様もなく嬉しい自分がいた。
そんな温かくて少し寂しい帰り道。みんなとは各々予定が重なって一緒には帰れなかったけれど、きっとまた集まる日だっていくらでもあるだろう。今はただ、彼らが別々の場所で幸せな時を踏み締めていることを願うだけ。
だから、今は僕と結翔くんとで二人きり。ずっと通っていた高校への帰り道は二人だとずっと広く見えてなんだか落ち着かなかったけれど、そんな時には一日を振り返って話して、あとは少し軽口を叩いてみる。
今日の卒業式で例えれば、『金髪の友人が思ったよりずっと泣き虫だった。』とか、ね。
そうやって二人で無駄口叩いてケラケラと笑ってしまえば、そんな気持ちさえ何処か遠くに行ってしまったみたいだ。その時、ふとした様に彼が口を開いた。
「そういや、泉樹は卒業した後さ、会社。継ぐのか?」
「…ぇ。あー…うん、多分ね。」
「きっとあの人は他のところに行くの、許してくれないから。」
「…ふーん、そっか。」
「…じゃ、俺らと会う時間も減るな。」
その言葉にそうだねって僕は返したけれど、本当はそんな簡単な言葉で済ませられない。 僕にとってのみんなは、僕が僕として向き合える大切な居場所を作ってくれた大切な人。…結翔くんはそれだけじゃなくて、僕の一番好きな人。
周りの人は僕の家庭を理想だ憧れだなんだと騒ぐけれど、僕自身は両親の事をあまり好いてはいなかった。世間の言う”家族”とはあまりにもかけ離れた関係。
静かな食卓。気づけば誰もいない、静かなリビング。まるでそれ以外の事を知らぬ小さな子供みたいに仕事にばかり打ち込む両親。僕は生まれてから多分、あの人達が”本当に”笑うところを見たことが無い。
そんなふうに、気持ち悪い仮面を付けては繋がっていく大人たち。
両親は僕の為に時間を割いてはくれなかった。しょうがないことだけれど、それがあまりにも幼かった僕にはとても寂しくて。唯一僕に振り向いてくれた結翔くんと麗菜ちゃんに、親愛には似ても似つかぬ執着心の色を隠していた。
それは高校に入って3人に出会った後でも色褪せぬまま。それどころか、その色は新しいキャンバスを見つけたみたいに広がって、彼らの存在を僕の深い深いところまで染み込ませていった。そうやって今までずっと生きてきたのだ。両親との冷めた関係への寂しさを、彼らへの依存という形で埋めて。でも…
きっと僕は父の会社に入れられるだろう。どれだけ己の息子に興味がなくとも、自分の持つ権力を他の人間に譲るような人ではないから。
そうして僕も、あの人達が過ごす気持ち悪い世界に足を踏み込むんだろう。その時、彼らの存在が会えない事によって薄れていったら?支えをなくした赤ん坊の僕は、その時ちゃんと自分の足で立っていると言えるのかな。わからない。
わからないからこそ、それがひどくおそろしい。
彼の言葉に、分かっていたはずなのに酷く動揺してしまって。一抹の不安が僕の心を濁らせる。途端に口が重くなって、何か言いたい筈なのに、それ以上の言葉を返すことは許されなかった。
そうやって何かと葛藤していると、気づけばもう彼の家の前だった。
「じゃ、今日はありがとな。」
「ううん、全然。」
玄関の扉の前に立ってそう言う彼に、いつも通りそう返した。
綺麗な青色の空には、少しだけ雲がかかっている。普段、僕らを照らす日光はいつの間にか雲によって隠されていて、その場に少しだけ影が落ちた。
「結翔くん、…またね!」
「……おー。」
またね、と次また必ず会えるようにおまじないをかける。僕のその声に返されたのは曖昧な返事だけ。影は未だに君にかかったまま。
「…じゃあな、泉樹。」
誰に向けて発されたのか分からないほど小さな声で呟かれた言葉が妙に気にかかったけれど、僕は振り返る事なくそのまま彼の家を後にした。
彼の家がほとんど見えなくなった頃、はっと口から思考の端を溢す。
「…帰り道、手繋いでもらえば良かったなぁ。」
あの告白から、ゆっくりとできていった心の隔たり。
きっとこれから忙しくなって、彼と共に過ごす時間も失われていく。だからこそ、その距離を埋めるには今までよりもずっと、膨大な時間を要するだろう。だったのなら、最後くらい昔のように彼の手を握りしめておきたかった。
幼かった僕らは、いつもお互いを確かめるように手を繋いでいた。
今は全然握れさえもしない。…だけど
これからも続いてゆくこの同仕様もない愁いを、君の温度で、君との思い出で。
せめて今だけは覆い隠してしまえれば良かったのに。
後悔したってもう遅い。この隔たりができたのは、僕の恋心のせいなのだから。
三月上旬。あの日の泉樹の言葉は今でも強烈に頭に焼きついている。
『好きだよ』だなんて、その四文字だけで胸が燃えるようにどんどん熱くなって、じんじんと締め付けられるような痛みを訴えた。
欲しがっちゃいけない、そう思っていたって目の前に一番自分の物にしてしまいたいと思う人物が自分の事を欲してくれた。…それだけ、 ただそれだけで否が応でも目の前に手を出してしまいそうで、それが酷く怖いのだ。
だってそれくらい、俺はお前にベタ惚れで。
幼い頃からずっと身の程を弁えぬ恋をしているのだ。
その尖った耳が自分のせいで赤く染まっているというだけで、心臓の鼓動が足早になってしまう。そうやって何回も恋心を呼び覚ますのだ。目の前の幼馴染が夕暮れが気まぐれに見せた幻だって俺は構わない。いや、そうだったら良かったのにな。
そうだったのなら、この鼓動に身を任せても許されたのに。
でも、これは現実だから。
「…ごめんな。」
そう彼に返した自分の言葉は震えていなかっただろうか。
自分のその一言で、泉樹の顔の赤みがどんどんと薄れてゆく。その様を見届ける事がまるで自分への罰みたいに思えてしまって、ちくりと痛む胸を無視する様に拳をぎゅうっと握りしめた。
「泉樹の気持ちはすげえ嬉しい、けど。」
ほんとだ。ほんとにうれしかったんだ。
「でも、でもさぁ…やっぱ…」
だけど、おれじゃ
「_…俺じゃ無い方がいいよ、きっとさ。」
おまえをしあわせになんかできないんだ。
「俺よりいいヤツなんて、社会に出れば沢山いるよ。
…俺の他に好きになれるヤツにだって、会える。」
どうかとおいところで、じぶんのしらぬところでやさしいひととつきあってくれ。
「…俺じゃダメなんだ、泉樹。俺は、俺はお前に…幸せになって欲しいんだ。」
それがおまえにとっていちばんしあわせだろう。
喉を通る言葉は、思ったよりもずっとするすると出てきた。
そんな自分に嫌気が差してしまう。いつからか、自分の幼馴染に嘘をつくことがこんなにも容易になってしまった事実を咀嚼して、心にドロリとした気持ちの悪い感情が広がった。
それが良かった事なのか、悪かった事なのかは分からないが、幼い頃に病院のベッドで泣いてばかりいたお前の傍にいつも居たのは俺だった。外に出たい、みんなと遊びたい、そうやって泣く泉樹を俺はどうもできなくって只々寄り添っていたな。
そしてそれは今にも影響してきている。泉樹は中学の後半まで病気がちだったから、俺以外との交流が極端に少ない。そして、それは高校になっても少し残っている。今みたいに俺以外にも仲の良い友人ができたって、いつも最後に傍にいるのはやっぱりお互いなのだから。 …彼は少々、周りの人間とのコミュニケーションが少ないのだ。それはつまり、他の人間に対して抱く感情にも疎い、ということで。
だからこの告白は、きっと何かの勘違いだ。
泉樹は人と深く関わる経験が少なかったから、分からなくなっただけ。
ずっと一緒だったから、友愛と恋愛の境目が混ざり合ってしまっただけ。
俺に抱く友愛と、周りに抱く友愛の深さが少し違うだけで。
そこに、友愛以上の他意なんてないんだ。
「そっか……うん。ごめんね、結翔くん。」
憂いを帯びたその声が耳に届いた時、自分の心に広がるのは安心感と自己嫌悪。
自分は正しい選択をした。泉樹が幸せになれる、最善を。なのに心に巣食う怪物にも似た恋心が、欲しい欲しいと暴れて藻掻いて心に傷を残していく。
本当は今からでも、泉樹を自分の物にしてしまいたい。
でも、俺の理性が。俺自身が、 それを赦さない。
俺らは結ばれちゃいけない。身分も釣り合わなければ、お互い同性。
社会に出れば、俺代わりの代用品は沢山いる。
…_俺より上の、もっといい人間がいる。
お前の隣に立つべき人は俺じゃない。
「…じゃ、もう帰ろーぜ。先待ってっから!」
「…あ、うん」
それ以上その傷ついた表情を覗く事が怖くって、自分が傷つけたというのに、それを受け止めることすら怖くなってしまって。彼の震えた声がどうにも頭に反響して、俺は耐えきれずにその場から飛び出した。
朱色に染まる廊下が何処となく淋しく感じられた。
ゆっくりと進む雲が太陽を隠した昼下がり。
どんどんと遠ざかるその見慣れた後ろ姿をなんとなく見つめていた。いつの間にか自分の背丈を越えていたその背中。小さい頃の面影はもう無くなってしまった。
(…そりゃあそうか、もう高校卒業したんだもんな。)
彼も俺も、世間的にはもう大人。小さい頃の泣き顔はもう何処にもない。
元から大人との交流が多かった泉樹は、これから彼の父の会社に入っても上手くやっていけるだろう。生徒会役員になれるほどの人望もあったし、要領だって良かった。顔立ちも人柄十分良いし、簡単に挫けてしまうほど弱くもない。
それに今は支えてくれる友人だって沢山いる。
いずれ共に歩むパートナーにだって会えるだろう。
だから、俺が出る幕はもう無い。
俺はこの町を出て働く。元々家からは出るつもりだった事もあるが、本当は泉樹の傍から離れたいという理由もあった。いや、恋心を自覚してからはそっちが本命と化したのかもしれない。彼の事を考えず、己の欲のまま彼に手を出してしまいそうで怖かったから。
その事を妹に告げたら盛大に顔を顰められた。苦虫を噛み潰したようなその顔を見るのは久々で少し新鮮だったが、まあなんとか彼女も了承してくれた。
家族を置いて家を出るのは心配だが、麗菜がいるなら大丈夫だろう。
もう一度その後ろ姿を目に映せば、その背中はもうぼんやりとしていた。
彼の『またね』に何も返せなかった事が少し気がかりだったが、追いかけるのもままならずそのまま玄関の扉をバタンと閉めた。
安いアパートの一室。
ピンポーンと鳴り響く、随分と聞き慣れた音が鼓膜を揺らして意識が浮上する。
狭い一部屋の角で煎餅布団から身体を起こしてぱちぱちと瞬きを繰り返せば薄っすらとした意識がしっかりとしてきて、眠気からの欠伸を口内で咀嚼した。
まあなんとも、懐かしい高校時代の夢を見たものだ。まだあの告白の日を思い出すだなんて、自分の一途さと傲慢さには困ったな。
御曹司に恋した貧乏人、端から見たらお伽噺のような話。
でも所詮叶うのはお伽噺の中だけなのだ。だって泉樹は、自分の様な人間に縛られていいような人じゃない。同性の貧乏人とじゃなくて、きっと同じ地位の綺麗な女性との方がずうっと良い。お伽噺のお姫様なんて役は、俺にはできない。
だからあの日、俺は泉樹を振った。
それからあの町を離れた。 たまに実家には顔出すが、泉樹とはもう数年は会っていない。何処にいるかも知らないし、逆に俺が何処にいるか彼も知らない。
でもこれがきっと、泉樹の幸せに繋がる。
今更後悔するなんて以ての外だろう。
そんな風に考える頭をガシガシと掻いて、ようやく鳴ったチャイム音の存在を思い出して、重たい腰を上げた。
机に置いてあるスマホで時間を確認すれば”1:42”がロック画面に表示されており、溜まっている通知の中には『お兄ちゃんごめんね!』とだけ送信された妹からのメッセージがあったが、それに答える暇もなく玄関のドアノブに手を掛ける。
(…ったく、こんなド深夜に誰だよ…。)
ガチャリと扉を開けるが、そういえばこんな夜中に人んちのインターホン鳴らすやついるか?と妙に頭が冴えた、が時すでに遅し。半開きになった扉。
恐る恐る目線を上に上げれば、そこに広がるのは見慣れたエメラルドグリーン。
扉を開けたにも関わらずドアノブから手を離せない。月明かりに照らされるその緑色がなんとも美しくて見惚れてしまった。
「…久しぶりだね、結翔くん。」
「…ぇ」
頬を緩めて、本来そこにいるはずのない『真宵泉樹』は笑った。
そんな泉樹に見惚れていた俺の耳に彼の懐かしい声が響くと一気に意識が目の前の現実へと引き戻される。困惑が隠しきれずに声となって漏れてしまえば最後、理解の追いつかぬ思考から警報が鳴り急いで扉を閉めようとするが、すでに玄関に侵入した彼の左足がそれを許そうとしない。
「…なんで閉めちゃうの?」
「…かえれ、泉樹」
どうして彼がここにいるのかも知らない。ここに来た理由だって。でも、このまま部屋に入れることも、会話をする事もしてはならないという事は分かる。
そうしたら、きっと耐えられなくなってしまうから。
「うーん…それはちょっと、嫌かな。」
最早懇願とも言える俺の訴えに、泉樹は優しくも残酷な答えを提示した。突然夜中に訪問してきた幼馴染であり、想い人兼振った相手でもある彼。そんな彼は今とてつもなく怒っている。俺が何も言わずに離れて行ったことに対して。
余程のことが無い限り武力行使などしない彼だ、部屋に無理に入ろうとしているとは、これはとんでもなくお怒りに違いない。怒りで力の制御が粗くなったハーフエルフと純人間では、この攻防戦の結果はもう決まっているだろう。
それでも尚攻防戦を長引かせようと足掻くのは、行く宛の無い恋心を暴かれるのを忌避したからか。
…それとも幼馴染のその人間らしからぬ圧倒的な力を見て、人外に対する人間の本能にも近しい恐怖感を感じてしまったからか。
結翔の反応は正しい。結局、どれだけ歴史が彼らを人類と同類だと豪語しようとも、一度人間の血に何か別の生物の血が混ざってしまえば、それはもう偶然人の形に収まっただけの化け物としか言えないのだから。
そんな恐怖に一度身体を竦めると、扉を閉めようとするが力に一瞬の乱れが生じる。その刹那の隙を泉樹は見逃さなかった。そのまま無理矢理隙間から身体を滑り込ませて玄関に侵入する。ほとんど身体を押し込めるように入ったからか、そのまま俺ととぶつかってしまい、俄然彼に押し倒される様な体勢で二人して玄関に倒れ込んだ。
「あっ」
「え、うわっ!?」
床に倒れ込んだ時の衝撃に驚いて一瞬頭が真っ白になる。そんな思考に届いたのは”バタン”という玄関の扉が閉まる音。その音が鼓膜を揺らす事が意味するのは…
つまり、逃げ道はもう無くなったという事だ。
「ちょ、重…泉樹、いーずき…退け、ちょっと…」
「…やだ」
「お前な…」
「…だって結翔くん、また逃げるでしょ?」
自分の下敷きとなっている彼からゔ…、と唸る声が聞こえてきて『あぁ、やっぱり図星なんだな』と改めて分かる。数年探してやっと見つかった彼だ、ここで逃げられたら本末転倒だろう。結翔くんに聞きたい事、山ほどあるんだ。
こうやって懐かしい温度を感じるのもいいけれど、そろそろ会話にも本腰を入れて行かなければ。こうしてくっついているだけで時間が溶けてしまいそうだ。
「…泉「結翔くんに、聞きたい事。あるんだけど、さ」
「…どうして、こんなところに居るの?」
「ねぇ。どうして、出ていく時に何にも言ってくれなかったの?」
「…なんで、僕のこと置いてっちゃったの?」
彼に問いを投げかけるたびに声が少し震える。
なんだか自分が今すっごく惨めな顔をしている気がして、耐えきれずに強く抱きしめては彼の肩に顔をぐりぐりと押し当てる。そんな僕を慰めるように結翔くんは僕の頭を慈しむ様に撫でる。その手つきはやっぱり幼い頃と何ら変わりないのに、その手はいつの間にか大きくなっていた。ただそれだけ、それだけなのに、どうしようもなく置いていかれたと感じてしまうのはなんなんだろうか。
今彼は僕の腕の中にいる、なのに消えやしない孤独感に苛まれながら彼の答えを待っていた。
「…ごめん。…、言えね…」
「…なんで」
「…言いたくねえ。」
「…そっか、じゃあずっとこのままだね。」
きっと昔の僕なら引き下がっただろうけれど、今はもうそれだけでは見逃してあげられない。君が物言わぬ姿勢を貫くのなら、その口が開くまでずっとこのままくっついてやろう。それくらいの我儘は言ったっていいだろう。
「つうかお前…、…なんでここ知ってる?」
「麗菜ちゃんに聞いたよ。」
「………は!?…っアイツ…裏切りやがったな…!」
「…んふ、あはは…!うん、裏切ったねぇ。」
自分の妹の名を聞くなり眉間にシワを寄らせて不機嫌になる彼を見ていると、この表情もなんだか懐かしい様な気がして少し破顔した。絶賛兄に恨まれている麗菜ちゃんはというと『お兄ちゃんまた暴走し始めちゃったから止めてきて〜』だなんて呑気に話していた。普段は兄が苦労しているはずなのに、こういう時に一番落ち着いているのは妹の方なのだ。
こういう時は、やっぱりお互いの悪い所をしっかり見れてるいい兄妹だなと思う。
…泉樹を挟んで喧嘩をするところは中学時代から変わっていないが。
そんな事を考えていると結翔くんの表情が硬くなっており、重たい空気に変わる。
噤んでいた口が薄っすらと開き、少し震えた声で僕にこう問うた。
「…お前は、」
「うん」
「…お前は、そんな俺に会いたかったのか。」
「うん、…会いたかった。」
「…なんで」
「うーん…結翔くんのこと、好きだから?」
戯けた口調でそう返してみれば、彼は呆気にとられたような顔をして、目を見開いた。その揺れる緑色の瞳が僕の色と重なって見えて、君の瞳を独り占めしているみたいで好きだ。そんな彼の方を見ると、彼は目を伏せながら、もう一度僕に問いを投げかけた。結翔くんとは思えないほどか細い声で。
「いず、きは…。まだ、俺の事好きなのかよ。」
「…ぅ、ん。すき、すきだよ。」
「…まじ? 」
「僕は結翔くんに嘘ついたことないけどなあ。」
「…あそ 」
まさか突然そんな事を聞かれるとは思っておらず、またぽつりと溢れた僕の恋心。
こんな状態で大真面目に聞かれる事は思ったより恥ずかしくて、また拒絶されるのが怖くて。少し吃りながらも本心を伝えれば、返ってくる返事は素っ気ないもの。
それでもその言葉は彼の照れ隠しにも似ていて、少し期待してしまう。
…もしもまだ、チャンスがあるのなら。
それは身を滅ぼす事にも近しい言葉なのは確かだ。
それでも静止を振り切って、彼に言葉を投げかけた。
「ねえ、結翔くん。」
「…おー」
「…結翔くんは、僕の事、好き?」
「…は、ぁ?」
「ね、教えて。僕だけが言って終わりなんて狡いよ。」
「……」
その言葉を言い終わってから黙り込んでしまった結翔くんの顔を覗き込んで、少し悪ふざけが過ぎたかな、なんて反省する。だってそうだろう、彼にとっての僕は『高校時代に振った相手』で。この状態はそんな相手に好意を迫られているのと何ら変わりないのだ。
彼にこれ以上を望んではいけない。
「…ごめんね、変な事聞いちゃった。もう忘れ「俺も、」
「…俺も、泉樹のこと。好きだ…」
「…は、ぇ?」
先程の言葉を取り消そうと言葉を紡ごうとする僕の声を遮って、震える君の声が僕の頭の中で木霊 した。君の言葉が思考の中で揺れて、揺れて、ようやく意味を理解する。その時、自分が思っている以上に気の抜けた声が漏れた。
「…ぇ、えーっ!?なに、なん…〜っ!?え!?」
「重い!うっさい!静かにしろ!」
「え、だって好…!?結翔くんいつから…!?」
「…中学ん頃、多分。」
好きという二文字だけで結構な衝撃だったのにも関わらず、その後も止まらない問題発言。自分の心臓の鼓動とは思えない程にぎゅんぎゅんと鳴る心拍。
「…ちょっと待って?中学の頃って僕が告白するより前だよね!?」
「…そーだけど」
「えぇ…なんで振ったの……。」
「…振る時に理由言ったろ。」
“幸せになって欲しい”、”他にも良い人がいる”。確かそんな理由だった。僕はその理由に納得してる訳ではない。だって彼の言う”僕の幸せ”と僕が思う”自分の幸せ”は全然ちがうもの。 ただ、自分の事を好いていない相手にこれ以上自分勝手に好意をぶつけてはならないと思って身を引いただけ。
でも元々両想いでした、なんて言われてしまえばもう黙ってはいられまい。
「…僕、全然に幸せになれてないよ。」
「…だからそれは、まだ大切な人ができてねえからで」
「でも、僕は君以外の人の事、好きになれてないよ。」
「…」
「結翔くんの言った通り、沢山の人に会った。」
「…結翔くんの言う”俺よりいい人”にも会ったと思う。」
「でも、やっぱり好きになれなかった。忘れられなかった。」
今も昔も君が好きなまんま。恋心はあの日から僕に染み付いて離れない。
忘れることさえも、できない。
「やっぱり僕には君しかいないみたい。」
「…いずき」
「ねえ、もう十分なくらい分かったでしょ。」
もう君に好きって言っていいんだよね。
「ね、結翔くん。僕と付き合って。」
そう捲し立てれば、結翔くんは幼い子供みたいにこっくりと頷いて僕の告白に肯定を示した。
晴れて泉樹とのお付き合いが長い年月を懸けて成立した。
あの玄関での騒動のその後、少し部屋で談笑してからそういえばと彼に聞く。
「そういや泉樹。もう一時過ぎてるけど、どうすんだ。」
「…泊まってっていい?」
「はあ〜?別に帰ればいいだろ。」
「だって、結翔くん逃げちゃいそうだし…」
「俺はペットか何かか…」
「でも、ここ数年失踪してたせいで結翔くんの信頼は地に落ちてるし…」
「……」
ぐうの音も出ない。今ここで俺が何を言おうとも、今はこの恋人様に勝てないだろう。大人しくお泊りの要求は飲むとして、他にもやらなきゃいけない事がたくさんであるのは変わりない。
「つっても、寝間着要るだろ。布団は一緒に寝るから良いとして…」
「…一緒に寝てくれるんだ…。寝間着は取りに行くよ、今から。」
「今から!?それならもうそっちで寝ろよ今深夜一時だぞ!?」
「だって、結翔くんが夜逃げしそうだし… 」
「はあ!?…あーもういいよ俺が泊まってやる!!」
「ほんとに!?」
数年ぶりに会ったせいか心配性になってしまった恋人に溜息をついて、大急ぎで泊まり込む準備を始める。見ない内に我儘になってしまった元優等生の顔を盗み見れば、昔と変わらない穏やかな笑顔。思い出となっていたその笑顔が目の前にあるという事実だけで、少し心が弾んでしまう。
そんな感傷も少しに、まとめた荷物を抱えて2人で玄関先に向かった。
先に玄関先にて靴を履き直している彼の肩を叩けば、あまりにも気の抜けた顔でこちらを向くものだから少し悪戯してしまいたくなった。振り返った彼の唇に、自分の唇を勢いに任せて重ねてみる。…その瞬間、ガチンと大きな音がなった。
「…っ前歯いってえ…」
「…ふ、あははは…っ!!」
ファーストキスは、ロマンチックな甘い味なんてしなくて。
初めてのキスの後には、前歯の痛さと頬の赤みが残った。
× あとがき ×
うちの子のカプの短編集が書きたかった筈なのにゴリゴリに1万字超えました!!!!
息抜きのはずだったのになぁ………、この1万字超えのssをバンバン投稿するpixiv民って改めて凄いんですねぇ……🤔🤔 文才ある人憧れる。
ラディシルとかめめあとなど、普通の小説で出る予定のない子もここでは投稿する予定です。是非続編をお待ちを……。
泉結は両想いになるのは早いけどくっつくまでにモダつきそうという妄想。