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――中村杏奈の視点――
“恋って、何ですか?”
それは小説の中ではよく見かける言葉だった。
心臓が跳ねるとか、胸が苦しくなるとか。
誰かのことを思って眠れない夜があるとか――。
だけど、私はずっとそれが「フィクション」だと思っていた。
本の中でなら理解できても、自分の中にそんな感情が湧くなんて、思ってもみなかった。
でも、最近になって、その“ありえない”と思っていたことが、私の中で起き始めた。
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はじまりは、春のある日。
教室の窓際、無言で風に目を細めていた――佐藤拓海くんの姿。
その横顔が、なぜだか胸にひっかかった。
私が彼の名前を認識していたのは、たぶんクラスメイトだから、というだけ。
あとは“美咲の幼馴染で、陽翔の親友”という、みんなが知ってる情報くらい。
でもあの日、風に髪を揺らす彼の表情を見た瞬間――
まるで、物語の一節を見つけたみたいだった。
それからというもの、拓海くんが視界に入るたびに、私の中で“ざわめき”が広がるようになった。
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それが「恋」なのかどうか、私は分からなかった。
だから、部室で読み返した。いろんな小説の“恋”の描写を。
「胸が痛い」「声が出ない」「触れたいのに触れられない」「目が合うと息が止まりそうになる」――
全部、当てはまった。
拓海くんのことを考えると、まぶたの裏に浮かんで、呼吸がうまくできなくなる。
目が合うと、心臓が跳ねて、視線を逸らしてしまう。
でも、彼の笑顔を見ると、少しだけあったかくなる。
……これが、恋?
怖かった。初めての感情だったから。
それに、彼には――美咲がいる。
そう、彼女のことを見てるのは、誰が見ても分かる。
私の「ざわめき」は、もうその時点で終わっている。
始まりそうで、もう終わってる。
それが、ものすごく苦しい。
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そんなときだった。
ある日、帰り道でばったり出会ったのは――高橋大輝くん。
ギターケースを背負ってる彼は、まるで映画の中から出てきたみたいな雰囲気で、正直、最初は少し怖かった。
でも、大輝くんは不思議なくらい優しかった。
言葉のタイミングが合って、話してると自然で、息が詰まらなかった。
そして、ある日。
彼は、言った。
「これ、杏奈をイメージして作った曲なんだ。聴いてくれたら嬉しい」
小さなUSBを手渡されたとき、胸の奥が、またざわめいた。
……でも、それは拓海くんのときと違った。
もっとあたたかくて、もっと柔らかい感情だった。
それが何なのか、私はまだ言葉にできない。
でも、大輝くんの曲を聴いたとき――自然と涙が出た。
その音に、私の“今”が閉じ込められていたから。
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そして、ある日。
私は偶然、校舎裏で見てしまった。
拓海くんと、優菜さんが話している姿。
優菜さんは笑っていたけれど、彼女の手が少しだけ震えていた。
拓海くんは何かを我慢しているような顔をしていて――
あの人も、きっと誰にも言えない“感情”を抱えているんだと思った。
あの横顔に、私はまた胸が痛くなった。
でも、不思議とその痛みは、少しだけ前より優しかった。
それは、きっと――大輝くんが、私に「誰かに想われる」ことの意味を教えてくれたから。
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私はまだ、恋が何か分からない。
でも、誰かを想うこと、想われることが、こんなにも自分を揺らすんだってことを、今、ようやく知り始めている。
これは、恋ですか?
もしそうなら、どうか――
私にも、物語の続きをください。