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――佐藤拓海の視点――
「ごめん。陽翔と、美咲が付き合ってるって……知ってた。」
そう告げられたのは、あの日の放課後だった。
部活の終わり。グラウンドの隅で、陽翔の口から“事実”を聞かされた。
美咲と陽翔が付き合ってる――
その瞬間、何かが胸の奥で「ぽきん」と折れる音がした。
俺は笑っていた。
「まじかよ、びっくりした」って。
でも、本当はその言葉の裏で、心臓が沈んでいった。
俺の中で“好き”は、言葉にならないまま終わったんだ。
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俺と美咲は、幼馴染だった。
家も隣同士で、小さい頃からずっと一緒。
小学3年のときに俺が骨折したとき、毎日ノートを届けに来てくれたのも美咲だった。
中1の夏、美咲が熱を出したとき。誰よりも心配してたのも俺だった。
でも、言えなかった。
好きだって。
君が誰かを好きになる前に、俺が先に好きになっていたんだって。
言ってしまったら、この関係が壊れる気がして、怖かった。
だから、何も言えずにいた。
そして、陽翔と付き合っているって知った日。
俺は――自分の“気持ち”を殺した。
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陽翔は、親友だ。
中学のとき、俺が孤立しかけたときに、唯一となりにいてくれたヤツ。
ふざけたように見えて、実は誰よりもまっすぐで、誰よりも人のことを見てる。
そんなヤツが、美咲のことを本気で想ってるって知ってた。
だからこそ、俺は何も言わなかった。
親友を、失いたくなかったから。
……でも、本当にそれだけだったのか?
もしかしたら――俺は、逃げてただけなんじゃないか。
自分の気持ちを言えない弱さを、“友情”って言葉にすり替えて。
“好きな人”と“親友”を天秤にかけて、何も選べなかった。
そんな自分に、ずっと気づかないふりをしてた。
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ある日、優菜と校舎裏で話した。
彼女は、陽翔を見ていた。まっすぐな視線だった。
俺は、そんな優菜の姿に、少しだけ自分を重ねた。
「……俺もさ、誰かを好きになって、それを隠してた」
「どうして?」
「壊れたくなかったから。自分も、周りも」
「それって、優しさじゃなくて、ただの臆病じゃない?」
優菜のその一言が、胸に刺さった。
だけど、刺さったのに――不思議と、温かかった。
彼女も、きっと誰にも言えない想いを抱えてたんだ。
陽翔を、ただの“人気者”として見てるんじゃなくて、本気で“人として”好きなんだってことが、伝わってきた。
そして俺も、ようやく思った。
「守るために、嘘をつく」のは、間違いじゃない。
でも、嘘の中で生き続けることが、正しいとも限らない。
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その夜、俺はスマホを手にとって、メッセージを打った。
送り先は――中村杏奈。
文芸部で本を読んでる彼女を、最近よく目にしていた。
それだけじゃない。彼女の目が、俺を見てるのに気づいていた。
本のような静けさを纏うその眼差しが、なぜか離れなかった。
「――今度、少しだけ話さない?」
送信ボタンを押すまで、何度も指が止まった。
でも、今の俺はもう、何も言えなかった“昔の俺”とは違う。
嘘を守るだけじゃなくて、本音と向き合いたいと思った。
たとえそれが、過去の自分を否定することになっても。