テラーノベル
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現実、変わったことなんてひとつもない。
マネージャーに社用車の中で告げられたあの話を、結局ひとり抱えたまま月日だけがいたずらに流れていく。楽屋で五人で居る時、そして勇斗と二人になる時、部屋の隅で静かにこちらを見つめる視線を意識する俺が居ることくらいで。
あれだけ啖呵を切ったくせに、もうずっと息が詰まりそうだった。
「仁ちゃん?なーあ、じーんちゃん!」
今日はレコーディングの日。
俺の沈んだ心を明るくさせる舜太の声に、ハッと顔を上げる。
舜太はソファで座っていた俺の隣に腰をかけ、少し首を傾げた。
「集中しすぎ。仁ちゃんが一生懸命なのは分かるけど、もっとリラックスしてこ!いつも通りの仁ちゃんが一番ええんやから!」
ぱしんって俺の背中を叩いて、舜太はケラケラと笑う。
「お前っ、加減を覚えろって!いってえわ!」
「えー、そんなに?ごめんごめん」
「舜太の馬鹿力のせいで、集中してたのに考えてたこと全部飛んだわ」
「それってええこと?悪いこと?」
「俺にとっては悪いこと一択!」
「そっかー。俺は仁ちゃんのためになると思ったのになー」
適当なことを言いながらソファの上で長い手足をぐんと伸ばして、舜太がほうっと息を吐いた。
今日は撮影もないから、私服のラフな格好で寛ぐこの時間は気を張らなくていいからラクでいい。各々がイヤホンで仮歌を聴きながら自分のパートを軽く歌ったり、椅子に座って集中していたりと、思い思いの時間を過ごしていた。
ステージでパフォーマンスしてる時もそうだけど、こうやってみんなで過ごす時間も好きだ。荷物の置き方や広げ方で出る性格も、普段着ている服にだって色が出ていて、それを見て安心する。
物思いに耽っていると、また視界に舜太が映る。手をひらひらと振ってアピールしているようだ。
「なに?」
「仁ちゃん。ここの俺のパートなんやけど、仁ちゃんとハモるところでもあるやん?まだ声の出し方に迷ってて……」
舜太の持つ歌詞カードは赤い印が付いているところがあって、試行錯誤しながら歌っているんだとすぐに分かる。
指をさした箇所は、サビ前の舜太のソロパートだった。当初は二人で主旋律を歌う予定だったが、前日に急遽変更になったので、余計に舜太が迷ってしまったのだろう。
「あぁ、ここね。俺の見立てだと……」
シングル曲一つ出すだけでも、色んな部署で色んな人たちが動いている。今回の予定変更は、MVでの映像を修正したいという要望があったため、歌割りも少しだけ変わったという流れだった。
そういった点を踏まえて、映像になった時どういう画になるのか。そしてステージで歌う時の立ち位置や移動を考慮した、全体の流れ。自分の持っているものを発揮できる最高のカタチを、俺なりの考えで舜太に伝えた。
真剣な顔をした舜太が、俺の言葉ひとつひとつを貪欲に拾おうとしている。軽くメロディを口ずさむ俺の口元をじっと見つめ、時には携帯に素早くメモを取り、相槌を打った。
「なるほど……そっか、うんうん。じゃあここは敢えて、俺らしくどーんって歌った方が全体的に綺麗なんかな」
「サビ前の盛り上がるところだから、舜太がセンターで堂々としてて、それを横から俺が支えてるって感じにしてもいいかもね」
「頭からパーン!ってより、徐々に盛り上がっていく感じとかは?」
「あー、それもアリじゃない?」
次から次へとアイデアが浮かぶ舜太が、我慢できなくなったのか急に立ち上がった。
「あかん!イメージはできるのに、なんか掴みきられへん!ごめん仁ちゃん、軽くでいいからちょっと合わしてくれん?」
俺の声を待たず、舜太は俺の手を取ってソファから立ち上がらせた。
先にレコーディング室に入った太智や柔太朗は居なかったが、舜太の声に驚いた勇斗が、離れたところからちらりとこちらを見ていた。舜太もそれに気付き、あっと声を上げる。
「勇ちゃんさ、動画回しといてくれへん?どんな感じに見えたり聴こえたりするか確認したいねん!」
本当に遠慮を知らない末っ子は、簡単に長男を動かしてしまう。
「あー別にいいよ。俺の携帯でもいい?」
「うん!じゃあ、Bメロからいこ。勇ちゃんのパートからやね」
「俺も歌わせる気かよ!?」
「ついでやん!軽くでええから!」
あれよあれよという間に舞台はできあがる。
ソファの前で立った俺たち。ローテーブルを挟んで、その前に勇斗が携帯を構えて待っている。舜太は瞳をキラキラさせて、それでも顔は真剣そのもので。
お遊びなんて半端な気持ちでできないな、とすぐに悟った。
「はぁ……じゃあ、いくよ」
1、2とカウントし、携帯越しにこちらを見ている勇斗のパートを聴く。そして、二人同時に息を吸った。
何故か互いに見つめ合って、レコーディング前なのにちょっとだけ本腰を入れて歌ってしまって。自分の得意なメロディラインに乗せた舜太の歌声と、それを際立たせるために真っ直ぐになぞる俺のライン。
一瞬、ピシャリと美しく重なったフレーズに、二人して口角が上がった。
歌い終え、俺の心の中は満足感で満たされていた。
「仁ちゃん!これや!めっちゃくちゃ綺麗やった!相談して良かったわ、ほんまにありがとう!」
主人に懐く大型犬のように、俺に飛びついてきた舜太を受け止め、おーおーと軽く返事をした。
「また上手くなったね」
「ほんまに?嬉しい!」
されるがまま腕を下にだらんと落とした俺を、舜太はぎゅうぎゅう抱き締める。
なんだか照れ臭くなって、ふと勇斗の方を見る。まだ携帯は構えられたままで、口元を手で隠して動画は回し続けているらしい。
「はーい。レコーディング前のそのじんでしたー」
ピロンと軽快な音が響き、勇斗は携帯の画面を指で操作する。
「え、ちゃんと流す用に撮ってるやん」
「お前絶対ダメだぞ!?俺すっぴんだから!」
「フルモザにしたらいけるっしょ」
「ほんとにイヤ!マジでイヤ!!」
「勇ちゃん、後で俺に送っといてなー」
「もうグループで送るわ。あいつらも喜ぶでしょ」
「ええやん!これみんなのハモってるところも欲しいなー」
「なんでっ……舜太が見れたらそれでいいんじゃないの……?」
俺を置いてけぼりにして進む現実。身体の力が抜けていく俺を舜太が支え、ゆっくりとソファに沈み込んだ。
俺がぐったりと項垂れてるところに、楽屋の扉が開いた。
「勇ちゃんなにこれー?めっちゃおもろいじゃん」
「なになに?今日はそういう企画?もーはよ言ってや!」
先にレコーディングを終えた二人が戻ってきて、楽屋がまた一気に騒がしくなった。
「あぁ……もう、うるさい……」
頭を抱える俺を見て、勇斗が隣に座る。
「仁人、元気になった?」
「えっ?」
「最近ずっと沈んでるから。ほら、ちょっと顔色良くなった」
勇斗の大きな手が軽く俺の頭を撫でる。
久しぶりの触れ合いだった。避けてたわけではなく、そもそも五人が揃うタイミングが最近なかっただけ。
勇斗の声、香水の匂い、体温。
嫌でも頭と身体に染み付いた、安心感。それが今は、どうしたって……かなしい。
「俺はずっと大丈夫だから。勇斗、気にしすぎ」
顔を上げられない。きっと今、勇斗を見ると、ひとりで立っていられなくなりそうで。
「……仁人?」
「っ、次俺だったな。よし!」
「仁ちゃん頑張ってな!」
勢いよく立ち上がり、そのまま扉の方へ向かった。背中にメンバーの声を感じながら、それでも振り向くこともできず、手を上げて応えた。
扉を潜る。数歩歩き出して、立ち止まる。
廊下に張り付けられた鏡の前で、俺はひどい顔をしていることに気付いた。多少寝不足の自覚はあったが、目の下のクマがメイクで隠れるか心配になるほど濃い。
「ははっ……」
なにが大丈夫だ。どこが?こんな顔見せられたら、誰だって心配する。舜太も、きっと俺を気遣っていた。
みんなの前では強いリーダーで居なければ。多少強がっていないと、俺はどんどん崩れていってしまうから。
鏡の前、立ち止まったまましばらく動くことができなくて。鏡の中の自分が、自分を責めていた。
ふるりと頭を振って、そんな自分を無視するようにレコーディング室に向かって再び歩き始めた。
コメント
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第3話、読み終えました。 仁人の「リーダーとしての強さ」と「ひとりの人間としての弱さ」が、日常の何気ないシーンにしっかり滲んでいて、すごく胸にきました。舜太とのやりとりの温かさと、勇斗に「元気になった?」と言われたあとの静かな切なさの対比が、もう……。最後の鏡の前の独白、あそこが一番刺さりました。こんなに近くに仲間がいるのに、ひとりで抱え込んでしまう仁人の不器用さが愛おしいです。