テラーノベル
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俺はどうやって家に帰ってきたんだっけ。手にはスーパーで買った食材たちの袋があって、そういえば買い物もしていたかと他人事みたいに思った。
帰宅早々、冷蔵庫に買ってきたものをしまっていく。賞味期限の近いものや足の速いものを調理していかなきゃとは思うのに、なんだか今日はその気力が湧かない。幸運なことに、作り置きのタッパーが幾つかあったから、今日はもうそれでいいかと諦める。
部屋着に着替え、作り置きをレンジで温めて、リビングのソファの下に座って。テレビのリモコンを寄せて、なんとなく画面を映した。
勇斗が出演しているドラマだった。
「っ……!」
咄嗟に電源を切った。自分でも信じられないくらいのスピードで。
胸が締め付けられるみたいに、いたい。画面越しに勇斗を見ただけで、もうこんなに動揺してしまうんだ。そんな気付き、知りたくもなかった。
リビングにまた訪れる、静寂。目の前の夕飯が冷める前に食べようとは思うのに、一向に箸が進まない。ついに、箸置きに箸を置いた。
立ち上がることも億劫で、無理に身体を動かしてソファによじ登る。そのまま横になって、ふと目を閉じる。
思い出すのは……あの、記事の写真。
もう、目を閉じることもこわくなった。
みっともなく震えてしまう身体が、鬱陶しい。抑えろと願っても、無駄だった。そうやって何度も何度も、夜をやり過ごしてきた。
限界が近いことなんて、もうずっと前から分かってる。勇斗に縋りたい気持ちと同じくらい、離れないといけない気持ちを、一緒に言い訳してる。ずっと頭の中はぐちゃぐちゃで気持ち悪い。
俺は、どうすればいいんだろうか。どうすれば、勇斗を救える?勇斗が笑っていられる?結論は出ないのに、同じことばかり毎日堂々巡りしてしまう。
メンタル的な疲労が積み重なって、でも眠ることができない。そうやってまた朝が来るのを待たなければいけない。
ふっと身体が重く沈み込んだ、瞬間だった。
『仁人ひま?飯食お』
机に置いていた携帯の画面がパッと明るく光り、たまたまその通知を見てしまった。
「……は?」
勇斗、だ。
『お前んち行くわー鍵開けててー』
立て続けに届く通知。指でタップして画面を開くが、それ以降は何も送ってこなかった。
どうして、って思うのに。来ないで、って返さないといけないのに。勇斗からもらったそのメッセージが宝物みたいに思えて、ただ眺めることしかできなかった。
どれぐらい時間が経ったのか。ハッと我に返って、せめて掃除しとかないとって慌てて立ち上がった。勇斗はお腹を空かせてるだろうし、何か作った方がいいかな。あーでも買ってくるかもしれない。早く確認しておけばよかったと後悔した。
結局、リビングを右往左往するだけで更に時間を重ね、気付けばインターホンが部屋中に鳴り響いていた。
『あーけーろー』
モニター越しの勇斗は、さっきのドラマで見た勇斗と少し違う。俺は急ぎ足で玄関に向かい、鍵を開けた。
勇斗が。俺の求めていた男が、そこに立っていた。
「ただいま、仁人」
いつもと変わらない笑顔。いつもと変わらない、勇斗。お互いの部屋に入ると真っ先に言う、日常に溶け込んだ言葉。
もう、無理だった。
俺はがくりと膝から崩れ落ち、玄関マットに座り込んだ。勇斗は靴も脱がず、俺の目の前で蹲み込み、顔を覗き込む。
その笑顔が見たいのに、視界がゆらゆら揺れて、うまく見れない。
「おつかれさん。ちゃんと泣けて、えらいな」
なんだそれ。俺は子どもじゃないのに。
勇斗がぎゅうっと俺を抱き締めてくれる。急いで来たのか、いつもより汗の匂いが濃い。でもそれも、愛おしい。
震える指先が、勇斗の背中に縋りついた。そしたらまた、えらいって褒めてくれる。
「じーんちゃん。ごめん、このまま抱えるわ」
「ぇ、わっ……!」
「最近全然食ってないだろ。もー、こんなに軽くなっちゃって……」
ふわりと浮いた身体。靴を脱いだ勇斗が俺を抱えたまま、リビングまで移動する。ソファに俺を降ろしてくれたと思ったら、勇斗も追いかけるように二人してソファの上に倒れ込む。
すんって首筋を嗅がれ、思わず身体が強張った。
「久々の仁人の匂いだあ……癒される……」
うわ言のように呟いて、まるで変態みたいだなって遠くで思って。
「まだ風呂入ってないから、やめて……」
「えー、やだ。充電さして」
「充電になってるの?これが?」
「うん。俺はね、仁人がいないと生きてけないの」
勇斗の言葉に、息が詰まった。
首筋から顔を上げた勇斗が、俺の顔を撫でた。
「じんと、俺に元気ちょーだい」
こつんと合わせた額。間近に見る勇斗の瞳も、同じように揺れていた。
気付きたくなかったのに、目を瞑っていたかったのに。……勇斗も、俺と同じなんだって。
「はや、と……っ」
重ねてきた月日と、それに伴った重く深い感情が、言い訳を潰していってしまう。勇斗の未来を願うことが、できなくなる。どこまでいっても、俺が弱い人間なんだと思い知る。
「いっぱい悩んだね。苦しかったね。仁人はそれでも……俺が好きって言ってくれる……?」
今にもキスできそうな距離で、互いの呼吸の音が鼓膜を揺らして、力強いのにどこかふわふわと不安定な瞳が、俺を必要だと伝えてくれていて。
俺にはこれしか要らない。勇斗さえ居てくれたら、この体温をこの身で感じることができるなら、守ることができるなら、俺は。
「勇斗がすき……勇斗だけ、ずっと……」
うまく感情が言葉にならない。勇斗は、そんな俺もまるごと愛してくれるから、もうそれでいい。
「あいしてる」
掠れた勇斗の声と同時に重なる、唇。互いの唇を味わうように、寂しさを埋めるように、何度も、何度も。背中に回された腕が俺を縛り付けて、そんな執着も心地良い。
目を閉じることをあんなにも恐れていたのに、目を開けるとそこに勇斗が居るから、安心して身を任せられる。
あつくて苦しいのに、まだ離れたくない。勇斗の首に腕を回して、もっと、って強請るみたいに勇斗を誘う。そしたら、勇斗が小さく笑う。
「かわいいね、仁人」
下から掬いあげるキス。頬、こめかみ、そして耳元にも。全身くまなく愛したいんだと、勇斗がそう言ってくれてるみたいで、うれしい。
互いの胸の音が強く鳴っている。俺の身体を伝って振動するその音が、勇斗がここに存在してるんだと実感させてくれる。
「ははっ、心臓の音うるせー。もうずっとドキドキしっぱなしだわ」
「……おれも」
「知ってる。仁人の心臓の音好き。仁人がここに居るんだって、もっと聞いてたくなる」
あぁ、勇斗も全く同じことを思っていたなんて。
「勇斗、すき」
何も取り繕わない、等身大のままで。ただひとり、勇斗が愛おしい。
「俺も……仁人だいすき」
言葉で伝えるのがこんなにも簡単なのに、どうしてあと一歩が踏み出せなかったんだろう。
弱いくせに強くあろうとした。大人になろうと、必死だった。勇斗はいつだってそのままで居てくれたのに、俺はずっと背伸びしていて見栄を張っていた。
これが、お互いのためになるんだって……本気で信じ込んでしまった。
そんな痩せ我慢は長くは続かないし、勇斗はきっとこうなる未来を読んでいた。
「ひとりにさせて、ごめんな」
背中に回る腕に力が込められる。俺は、ふるふると首を振った。
「仁人は俺のこといっぱい考えてくれてたもんな。いっぱい心配してくれて、守ってくれてた。ほんとに、ありがとう」
肯定してくれる勇斗の言葉に、止まっていた涙がまた溢れ出した。頬や目尻にキスしてくれて、それでも止まらないから、勇斗が困ったように笑う。
「俺も一緒に苦しみたい。仁人が傷付いた分、今度は俺が……仁人を守るよ」
俺の瞳と心まで射抜いて、どこまでこの男は格好いいんだと、惚れ直してしまう。
「一緒に抱えさせて」
誓うように、重なった唇。甘くて優しいその口付けに、また涙が溢れた。
好きになった人が、勇斗でよかった。俺の心を労ってくれて、大事にしてくれて、離さないでいてくれる。
こんな俺を、愛してくれる。
「……あり、がとう」
「仁人の声ぐずぐずじゃん。いっぱい泣いて、声枯れちゃったな。今日はハチミツ舐めて寝ようねー」
「ん……」
「いい子。な、ちゃんと一緒に考えよ?二人なら絶対大丈夫だから」
未来への確信もない言葉なのに、どうしてか信用できてしまって。俺は素直に頷いた。
泣き疲れてしまったのか、勇斗の体温に包まれるのが久々だったからか、少しずつ意識が薄れ始めていく。勇斗はそんな俺を見ても、嬉しそうに笑っている。
「おやすみ、じんと」
耳元で囁かれた、勇斗の低い声。俺の、すきな声。
「……また明日」
俺がその未来を望んでもいいんだって安心して、眠りに落ちた。
勇斗が充電って言ってたみたいに、俺も満たされていて。でもそれは勇斗じゃなきゃできない。
勇斗がそばにいないと、生きていけない。
互いに互いを補い合って成り立つ、そんな歪な関係。手離すことができない、かけがえのない相手。それが正しいのか分からない。それでも……俺たちは俺たちの世界を守りたい。
勇斗の腕の中で、眠りたい。
多分これが……幸せのカタチ。
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コメント
3件

あ、あと 感情が時々ひらがなな所、とてもツボでした

初めてコメント書かせていただきます 素敵です…!!その一言! 読み手の感情を引き込む描写で、こちらもハラハラしてドキドキして 最後とても救われた感じです! まだ続き欲しいですね、是非お待ちしてます
うわ、めっちゃよかった……!!仁人の心情描写が細かくて、ひとりで抱え込んでぐちゃぐちゃになってる感じがひしひし伝わってきた。勇斗が来てからの「充電させて」とか「一緒に抱えさせて」って言葉、めちゃくちゃ刺さった。お互いがお互いを必要としてるのにすれ違ってた距離が、ようやく縮まった瞬間だったな。泣きそうになったわ。続きも楽しみにしてる!