招待された貴族たちが私に注目する。
周りからしたら、私の登場は停滞している政局を変える起爆剤のようなものだ。
期待している者が大半だが、故王妃のように反対する者たちがいるのも事実。
私はアンドレウスに手を引かれ、踊り階段をゆっくり降りた。
「ローズマリーは、十六歳の生涯の内、十年庶民として生き、残りの六年を”クラッセル子爵家”の養女として育った」
アンドレウスは簡単に私の生い立ちを説明する。
出席している伯爵、侯爵、公爵の貴族でも、”クラッセル子爵”という貴族の名は記憶に残っているだろう。
前クラッセル子爵であるピストレイは、作曲家として数々の名曲を遺した。
名曲たちは『ピストレイ作曲集』という名称で、外国でも聴かれている。
メヘロディ王国に莫大な利益を出した子爵貴族として、彼らは覚えているはずだ。
「昔は栄えていたが、今はヴァイオリンの演奏と領地のわずかな収益で過ごしている子爵貴族だろう?」
「タッカード公爵家の娘があそこの当主と駆け落ちしたらしいが、難病で先立たれたらしいな」
「所詮、ピストレイが気まぐれで育てた養息だ。娘が母親のようなピアノの才があるようだが、期待は出来んよ」
ひそひそと貴族たちが話しているように、クラッセル子爵家が栄えていたのはピストレイの代。
義父の代は落ちぶれている。
庶民の出であることと加えて、マリアンヌの母親、タッカード公爵家の令嬢と駆け落ちした話が際立つ。
無茶をして結婚したにも関わらず、難病で若くして亡くなった故クラッセル夫人。
残ったのは莫大な治療費。
それを支払うために、ピストレイが遺した遺産や思い出の品々を手放したらしい。
「陛下の話が本当なら、ローズマリーさまを保護したことで、謝礼金が貰えるかもしれないな」
「爵位が上がるかもしれない」
「あそこに取り入るのも悪くないな」
義父の悪口を終えたかと思いきや、今度は取り入る算段を付けている。
気味が悪い。
あの貴族たちには近づきたくないと私は思った。
もしかしたら嫌悪感が顔に出ているかもしれない。
「今後、ローズマリーは第一王女として教育を受け、トルメン大学校の第二学年として学園生活を送る」
アンドレウスの発言に私は冷や汗をかいた。
私のことをペラペラと話してもいいのだろうか。
トルメン大学校は全寮制で、裕福な家の平民と貴族が共に生活している。
私がその学校に通うことが分かれば、私の事を快く思っていない者たちに命を狙われるのではないかと不安になる。
「娘はヴァイオリン奏者として、音楽科の卒業を望んでいる。在校生の者たちは娘を支えてやって欲しい」
果たして、私に協力してくれる貴族はどれくらいいるのだろうか。
「我の話は以上だ。引き続き、宴を楽しんでくれ」
アンドレウスの話が終わった。
再び音楽が鳴り、ホールの中央では男女一組となってダンスを踊っている。
(ダンス……、素敵だなあ)
私はアンドレウスの傍を離れず、視線をホール中央へ向けた。
視線の先には、色鮮やかなドレスを着た女性と、黒い正装姿の男性が身体を密着させて踊っている。
(ルイスと踊りたいな)
自分とルイスが躍る姿を想像する。
正装姿で髪を整えたルイスはとても魅力的だろう。
ルイスと腕を組んで、エスコートしてもらって、手を重ねて、音楽に合わせて踊る。
「……マリーさま」
「えっ!? あ、す、すみません……、私のこと呼びましたか?」
「初めまして。僕はオリオン・アキ・ライドエクスと申します」
妄想を浮かべている間に、男性に声をかけられた。
私はすぐに現実へ意識を戻し、声をかけた男性を見る。
彼は私と近しい年齢の少年で、背は私より少し高いくらい。
灰色の髪を一つに結わえ、前髪を真ん中で分けている。
丸くくりっとした黒い瞳は、人懐っこさを感じさせた。
「オリオン……、さま?」
「はい。よろしくお願いします。ローズマリー王女」
この人が私の婚約者。
ルイスはこの人に三年間仕えていた。
「視線がホールの方へ向いていましたよね、ダンスに興味がおありですか?」
「……」
挨拶を終えたオリオンは、私に雑談を持ち掛けた。
「いいえ」
「そんなことはないでしょう。ダンスのお相手をお探しでしたら、僕がお相手しますよ」
「その、私は――」
「いいじゃないか、ローズマリー。オリオン殿と一曲踊ってきたらどうだい?」
私が中央ホールに視線を向けていたのは、ルイスと踊りたいなあと妄想していただけ。
口に出せない私は、オリオンの誘いを断った。
断ったというのに、オリオンはぐいぐいと強引に誘ってくる。
再度断ろうとしたら、傍にいたアンドレウスが私の背を押した。
「お願い……、します」
逃げ場が無くなった私は、オリオンの手を掴み、彼のエスコートの元、ホールの周りに立つ。
流れていた曲が終わり、私とオリオンはその中へ入っていった。
「ローズマリーさまが踊るらしいぞ」
「相手は……、ライドエクス侯爵家のオリオン殿だ」
当然、皆は私の相手を見る。
相手がオリオンだと分かると、皆は黙った。
私が公の場で初めて踊る。その相手は王女の身分に並ぶ人物ではないといけない。
きっと、ルイスが相手だったら、彼らは悪態をついていただろう。
「あの……、オリオンさま」
オリオンの腰に手を添えたとき、彼だけに聞こえる小さな声で話しかけた。
「私、ダンスはお……、クラッセル子爵としか踊ったことが無いのです」
「心配なさらないでください。僕がリードしますから」
ホール中央に私とオリオンは立った。
この会で私は主賓。当然の配置である。
所定の位置に立ち、次の曲を待っている所で、私は不安をオリオンに打ち明けた。
ダンスを踊りたくなかったのは、私の相手をするオリオンが注目されるのと、ダンスの経験が乏しかったからだ。
オリオンは優しい言葉で、私の不安を和らげる。
ふと見上げると、オリオンの顔が近い。
(あっ……)
少し顔を近づけたら、キスされるのではないかと思うほどに。
私はすぐにオリオンから顔を背けた。