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きまずい空気が流れつつも、オリオンとのダンスが始まった。
この旋律は、ゆったりとした三拍子が特徴的でダンスに適した楽曲だ。
クラッセル子爵が練習で弾いていたのを覚えている。
「ぼーっとしてらっしゃいますね」
旋律に集中していたからか、ステップが疎かになっていた。
腕をオリオンに引かれ、私は本来のステップに戻る。
(踊りやすい……)
オリオンとのダンスで抱いた感想はそれだった。
彼が出す足に合わせて自分の足を前や後ろに出すだけ。
それだけでダンスとして成り立っているのには驚きだ。
「僕も、貴方のような美しい人と踊っていて内心浮かれているのですよ」
「美しい……、そんなこと初めて言われました」
「お世辞ではありません。本当のことです」
少ししたら、会話する余裕も出てきた。
何を話すのかと思いきや、突然、私の容姿について『美しい』と言ってきた。
胸がドキッとするも、ここで目を丸くしたり、頬を赤くしてはオリオンに気があると思われてしまう。
私は顔面に力を込め、平静を装った。
「緑色の瞳は宝石のように輝いていて、頬はほんのり赤くて、唇は艶やかで……」
お世辞だと私が言ったら、オリオンは私の顔について細かく評価する。
耳元で囁かれる声は、先ほどの優しい声音とは違って、意中の女性を誘惑するような魅力的な声音だった。
「僕は父上から、貴方のことを聞かされました。クラッセル家の令嬢と身分を隠していた頃から」
「……」
「賢く物静かな女性だと聞いていました。でも、演奏会で初めて正装姿のあなたを見たとき、見惚れました」
いつから私のことを聞いていたのだろう。
クラッセル家の養女として、と言っていたから長くても六年前か。
私が演奏家に出始めたのは、十二歳から十五歳までの三年間。
私はマリアンヌとドレスを着て、演奏会に出ていた。
まだ経験が浅かったから、マリアンヌと違って入賞は出来なかったけど、皆の前で練習した成果を披露するのは達成感があった。
「僕はあなたを妻に迎えられること、心から嬉しく思います」
「婚約者のこと……、ライドエクス侯爵家では確定事項、なのですね」
「父上からは、陛下がローズマリ―さまのことを公表すると同時に発表なさると言われてたのですが」
「私が頼んで、婚約を延ばして頂いているのです」
うぬぼれではない。オリオンは私に惚れている。
父親であるカズンから、婚約者になる私の事を聞いていたこと、演奏会で私の姿を見ていたこともあって、私が公の場に出るこの日を楽しみに待っていたらしい。
(やはり、カズンさまは私を出世の道具として見ている)
オリオンの言葉に偽りはないと思う。
数年前から婚約者の話を聞き、私に好意と憧れを抱いたに違いない。
オリオンの父親カズンは違う。
カズンは爵位を上げる、アンドレウスに近づく手段として私を利用しようとしている。
「オリオンさまは、私と三つ年齢が離れているでしょう? 結婚するまでまだ長いと思いまして」
「えっ、何故、ローズマリーさまは私の年齢を?」
「それは――」
それらしい言い訳をオリオンに話したが、彼に指摘をされてしまった。
そこで私は失言をしたことに気づいた。
アンドレウスから婚約者がオリオンであることは聞いていたが、年齢は訊いていない。
年齢についてはルイスが話してくれた昔話で得た情報だ。
「トルメン大学校からフォルテウス城へ移動している間、お父様に訊いたのです」
私は嘘をつくことにした。
アンドレウスと会話した内容をオリオンは真偽を確かめられない。
「そうなのですね」
オリオンは肯定してくれた。
「僕はあなたを口説く男が現れないよう、公表して頂きたかったのですが……、ローズマリーさまがそうおっしゃるのなら、待ちましょう」
「ありがとうございます」
オリオンは私の要求を受け入れてくれた。彼の口ぶりからするに、私に惚れているのは間違いない。私に関心のある男性に敵対心を向けていることから、私とルイスの関係がバレたら大変なことになるだろう。
オリオンにとって、ルイスは三年前の従者。
オリオンの姉であるウィクタールは執心しているが、彼はルイスの事をどう思っているのだろう。
聞いてみたかったけど、ここでルイスの話題を出すのは不自然だ。
いつか昔話として出てくると、待つことにした。
「そろそろ終わりますね」
オリオンの言う通り、曲が終盤へ差し掛かっている。
「僕はもう一曲ローズマリーさまと踊りたいのですが、足の方は大丈夫ですか?」
「……」
「慣れないダンスで疲れましたよね。一度、座りましょうか」
「お気遣いありがとうございます」
オリオンとのダンスは踊りやすかったが、私は一曲踊るだけで疲れてしまった。
足取りだけでそれが分かるとは。
演奏が止まり、音が無くなる。
ダンスの終わりの合図に、ホールから出てゆくもの、そのまま残るものがいた。
私とオリオンはホールから離れ、貴族たちの輪の中に入る。
他の男性貴族が私と踊りたいのか、じっと見つめているものの、オリオンが傍にいるおかげか、前には出てこなかった。
ただ、一人の男性を除いては。
「ローズマリーさま」
「っ!?」
その人がこの場に出てきたことに私は驚いた。
ここはメヘロディ国内で高位な貴族しか招待されていない社交の場。
「俺と一曲、踊っていただけませんか?」
「グレンどうしてあなたが――」
私をダンスに誘ったのは、クラッセル子爵家に居候している、あのグレンだった。