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夜明け前の薄暗い部屋。窓の外はまだ青く、静まり返っていた。
俺――夢魔は、ソファに座ったまま、佐藤の寝顔を見下ろしていた。
両腕に抱きかかえるようにして眠る佐藤は、本当に、信じられないくらい穏やかで。
長いこと、あんな顔見たことなかった。
泣きそうなくらい、静かで、可愛い寝顔だった。
「……可愛いな、ほんと。」
思わずそう呟いてしまう。誰に聞かれるわけでもないのに。
ゆっくりと指先で、佐藤の頬をなぞる。柔らかくて、あたたかくて。
それだけで、心がやっと落ち着いた気がした。
6ヶ月……いや、それ以上かもしれない。
ずっと、張り詰めたままだったものが、やっとほどけたような気分だった。
俺はそっと佐藤の髪を撫でる。
「……ちゃんと寝れてる?」
問いかけたところで、返事なんて返ってこない。
でも、その静かな寝息が答えだった。
•
しばらく、そんな時間が流れていた。
けれど――
「……ん……」
小さな声が聞こえた。
俺は反射的に顔を上げた。
目を細めて、佐藤がこちらを見ている。
眠たそうに目を擦りながら、ぼんやりとした声で、ぽつりと言った。
「……ギュー……して……?」
その声は甘えていて、まだ寝起きのまま、柔らかくて。
俺はすぐに佐藤をそっと抱き寄せた。
「おいで。……もう、大丈夫だから。」
胸元に顔を埋める佐藤の頭を優しく撫でながら、静かに囁く。
「無理させたのは、俺たちの方だったかもしれないな。」
佐藤は小さく首を振って、今度は少し笑った。
「……あ。」
「ん?」
「……隈、無くなってる。」
その言葉に、一瞬だけ俺は黙った。
自分の顔なんて、ちゃんと見ていなかったから。
けれど、佐藤は俺の目元をそっと指で触れて、もう一度小さく言った。
「……良かった。」
その声に、俺はまた胸が詰まりそうになった。
「……お前がちゃんと戻ってきたからだよ。」
「……そっか。」
佐藤は俺の胸に額を預けるようにして、小さく微笑む。
俺はただその頭を撫で続けた。
「もう、無理すんなよ。俺も、すかーも……お前が元気でいてくれれば、それだけでいいんだから。」
「うん……」
佐藤の声は小さく、また眠たそうで。
俺はそのまま静かに、ぎゅっと抱きしめ続けた。
もう何も言わなくても、あたたかさだけで十分だった。
窓の外、まだ朝焼けが残る時間。
俺――夢魔は、すかーと並んでソファに座りながら、静かに佐藤の姿を見守っていた。
目の前では、佐藤がゆっくりと立ち上がり、何も言わずにふわりとカーテンを開ける。
その細い背中が、少しだけ光を浴びて、透けるように白く見えた。
「……またベランダか。」
俺がぼそりと呟くと、すかーも同じように目を細めた。
でも、無理には止めない。
もうそれが佐藤の日課みたいになっていたから。
しばらくして、佐藤がベランダから戻ってきた。
目を細めたまま、ゆっくりとリビングを横切り、キッチンへ。
「……」
いつものように、無言で俺たちのためだけにご飯を作り始める。
その手つきは本当に穏やかで、慣れたものだった。
――なのに、相変わらず、自分の分は作らない。
俺はそれが引っかかっていた。
でも、無理に食べさせようとすると、逆に距離を取られるから。
•
「……起きて。」
佐藤が静かに声をかけてくれる。
すかーが目を開け、「ん……おはよ」と言った。
俺もゆっくり体を起こす。
「……ご飯か。」
2人でテーブルにつき、佐藤がよそってくれた料理を食べる。
あたたかくて、優しい味。
俺たちはふと目を合わせて、佐藤に声をかけた。
「佐藤も食べたら?」
けれど、佐藤はゆっくりと首を横に振っただけだった。
その表情は穏やかで――けど、どこか、触れたら壊れそうな危うさも残していた。
•
食べ終わったあと、佐藤がふっと笑って手を伸ばしてくる。
「散歩行こう。」
その声もやわらかくて、俺もすかーも何も言わずに立ち上がった。
佐藤は自然に俺たちの手を引いて、玄関へ向かう。
細くて、白い手。
けど、その指先は確かに俺たちをしっかり掴んでいた。
•
外は気持ちいいくらいの天気だった。
「草、伸びてきたな。」
すかーがぼそっと言うと、佐藤は「うん」とだけ返す。
色とりどりの花が咲いている道を歩きながら、俺たちは特に意味のない話をした。
それでも、それが心地よかった。
何よりも――佐藤が時折、ふっと笑う顔を見るたびに、胸の奥があたたかくなった。
•
家に帰ったあとは、また他愛もないじゃれ合い。
ソファに座ったり、テレビをつけたり。
笑い声が戻ってきた家の中。
昼になれば、また佐藤がご飯を作ってくれる。
俺たちはそれを食べて、佐藤は相変わらず食べない。
けれど、何も言わずに、ベランダへ向かう。
•
そして夜――
「ごちそうさま。」
すかーが食べ終わって、俺も箸を置いた。
佐藤はそのまま俺たちの顔を覗き込み、目元に手を伸ばした。
「……隈、無くなってる。」
その小さな声が、なんだか泣きそうなくらい嬉しそうで。
俺も、すかーも、何も言えなくなった。
•
そのまま、佐藤は携帯を手に取った。
しばらく画面を眺めたあと、小さく「会社……」と呟いて、ゆっくりと連絡を入れていた。
指先が少し震えていたけど、その表情はいつもの、あの穏やかな佐藤だった。
ただただ――
甘えてきたあの日と同じように。
手を繋いで、抱きしめ合って、静かに、穏やかに日常が戻ってきている。