レコーディングが終わった夜。
最後のテイクを録り終えた滉斗は、妙な胸のざわつきを抑えきれず、スタジオの片隅に立っていた元貴のもとへと歩いていった。
「なぁ、元貴」
「ん?」
「……あの夜さ。打ち上げのあと、車で送ってくれたとき……」
元貴の目線がゆっくりとこちらに向けられる。
「……俺、あのとき…やっぱり何かされたのかな」
一瞬、空気が止まった気がした。
「……何もしてないよ」
すぐに返されたその声は、落ち着いているようで、どこか浅かった。
「……ウソだ。朝起きたらさ、シャツのボタンが一つ外れてた。俺、自分じゃ絶対そんなとこまで外さない」
言った瞬間、元貴の視線が、わずかに逸れた。
「最初から外れてたんじゃない?酔ってたし、そこまで覚えてないんでしょ?」
淡々と返すその声音に、滉斗の中にある何かが引っかかった。
「じゃあ……もし俺に、ほんとに何かされてたとしたら。お前はどうするの?」
「……聞いただけだろ。別に本気で疑ってるわけじゃ」
「何?逆に、そういうこと俺にされたいの?」
元貴の言葉に、滉斗は明らかに動揺した。
「は?……まさかそんなわけないだろ。やめろよ、そういうの」
「……冷たいなぁ。俺、あの夜お前のこと介抱してあげたのに」
「……はぁ?もういいよ、そういう言い方。だったら、涼ちゃんに介抱してもらう方がマシだったわ」
ーーその瞬間、元貴の中で、何かがプツンと音を立てて切れた。
「……それ、本気で言ってんの?」
いつの間にか、元貴の声が低く沈み、空気が一変していた。
「…………」
言葉を失った滉斗の手首が引かれるようにして、スタジオの隅へ追いやられる。
背中が壁に当たり、逃げ道をふさがれた。
「……お前、そういうこと言うと、どうなるか分かってる?」
いつもは静かなその瞳が、今は怒りと悲しみで濡れていた。
元貴の手が、滉斗の胸ぐらを掴む。
「……やめろよ、元貴」
「……何でさ。何で“涼ちゃん”なんて名前が出てくるの。関係ないだろ……!」
声が震えていた。
打ち上げの席で、滉斗と涼架が笑い合っていた姿が頭をよぎる。
自分の隣にはいなかった滉斗。
ずっと涼架のほうを見ていた滉斗。
「……俺、あの時、ちゃんと黙ってたじゃん。お前が酔ってて、無防備で……それでも、最後の一線は越えなかったのに」
「元貴……」
「……ねぇ、俺だけ見ててよ……」
その言葉と同時に、元貴の唇が滉斗の口元を塞いだ。
乱暴で、苦しいくらいに深いキス。
それは怒りでも、悲しみでもなく、ただただ募らせた愛しさの形だった。
唇を重ねたまま、元貴の指先が滉斗の背中をぎゅっと抱きしめた。
「誰にも渡したくない」
その想いが、すべての行動ににじんでいた。
to be continued…
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