<瞳>
この場で凌太と松本ふみ子との関係を言葉として聞くのは正直言って、気分の良い物ではないがその事実も受け止めないといけないことだ。
本人のいない謝罪はちょっと間の抜けた感じもするが、ここに松本ふみ子がいたとしてもあの日、私に憎悪の感情をぶつけてきた姿を思い出すと、いなくてよかったとも思える。
謝罪の申し出を受けた時には誓約書にサインをしてもらうことに決めていた為、すでに用意していた。
この場に来る前に凌太の方はすでに示談で話を進めていてサインが書かれた誓約書をチラリと見るとその文字は定規を使って書いたような神経質というより怖いという印象を受けた。
「もう二度と私に関わらない事を約束してくだされば、そしてご両親でしっかり彼女をみてあげてください。正直に言うと、アイスピックの時も、マンションでのことも今も思い出すと怖いです」
そう伝えると松本ふみ子の両親は深々と頭をさげ「ご厚意をありがとうございました」と言いながら涙をこぼした。
両親は娘の異常性に気が付いていなかったのだろうか?
関心が無かったのか
気づかないふりをしていたのか
松本ふみ子が仮面を上手に使い分けていたんだろうか
誓約書にサインをした後は弁護士を通して戻してもらうことにして、今後は松本ふみ子にもその両親にも会わないことになった。
ただし、ネットへの書き込みも含めて二度とないことをしっかりと伝えた。
肩を落として歩いていく両親の後ろ姿を見て、正人の時や凌太の母親の時に両親が私を守るために動いてくれた事を思い出す。
松本ふみ子に両親のこの姿を見せたいと思ったが、頭を振って松本ふみ子の事は頭の中から振り落とした。
弁護士の先生を見送って二人で店に残った。
お昼には遅く、夕食には早すぎる。
アフタヌーンティーにもちょっと早い中途半端な時間になっていた。
「この後、どうしようか?ドライブでもする?」
今からどこかに行くのも面倒で、凌太の部屋でダラダラしていたい気分だけどそのために必要なものがそろっていない。
「じゃあ、ショッピングしよう!鍋とかフライパンとか食器とかキッチンでつかう色々なもの」
「わかった。おすすめのお店は?」
「凌太と違って私は庶民だから、それでもいい?」
「瞳と一緒につかうものだから、瞳が使いやすいものでいい」
そう言ってマンションに向かって歩いていく凌太のシャツをつかんで立ち止まらせると「どうした?」と言って振り向いた。
「ここからすぐの所に大きめの無印良品があるらしいんだ。そこで買おう」
「わかった」と言った凌太の腕に自分の腕を絡ませると丁度、目の前の歩行者信号が青に変わって二人で歩き出した。
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