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妖刀鬼神丸〜蛇骨長屋戦闘記

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妖刀鬼神丸〜蛇骨長屋戦闘記

64 - 第64話弁慶は判官贔屓?

2025年10月16日

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弁慶は判官贔屓?

弁慶は判官贔屓?


「ルナ、大丈夫?」

少し前を歩くルナの背中に声をかけた。

「ワタシ、イキニンギョウトオナジ・・・?」

「生き人形?」

奥山で見た『生き人形』は生々しかった。顔料や胡粉で質感を表現し、まるで本物の人間と見紛うほどだった。

その中に、『異人』と称する人形があった。『異人』、つまりルナのような外国人の事で、日米和親条約が締結されたとは言え、江戸の庶民は外国人を目にする機会など皆無だ。そこで、噂や書物などを基にして想像上の『異人』を作り出したのである。異常に手や足が長かったり、腹に穴が空いていてそこに棒を通して担がれていたりと、同じ人間とは思えない異様なものだ。外国人に対する不安や興味がこの様なものを生み出したのだろう。

ルナはそれを見てショックを受けている様子だった。それが、ここに来て現実のものとなったのだ。碧い眼の自分は、あの生き人形と同じ不安や興味の対象として見せ物にされようとしたのである。

「違う、ルナは生き人形と同じなんかじゃない!」

「シマ・・・」

「日本人はまだ世界を知らないだけ、いずれ当たり前に人間として付き合える時が来るわ。今はまだその途中なのよ、あいつらはそれに乗じて悪辣な金儲けを企んでいただけ。私はルナが大好き、絶対にルナを見せ物なんかにさせたりしない!」

「シマ、アリガト。シマワタシタスケテクレタ、シマワタシノカミサマ」

ルナがニッコリ笑って振り返った。

志麻は思わずルナを抱きしめる。涙が伝ってルナの頬を濡らした。

「無事で良かった・・・」


*******


その頃、猿若町にある市村座では、勧進帳最大の見せ場に差し掛かっていた。

「なぁベアトさんよ、せっかく松金屋が二階の桟敷席を取ってくれたってのに、なんで舞台下の枡席で観なきゃなんねぇんだ?」

ベアトは、あろう事かローラと慈心を桟敷席に残して自分だけ枡席に降りようとしたのである。

皆で止めたが頑として聞こうとしない。そこで仕方なく一刀斎が付き合ったのだった。

「ノンノンノン、イットサイワカッテナイ!ツウハ、ハナミチガヨクミエルマスセキデミルネ!」

「通って、お前ぇ歌舞伎観た事があるのかい?」

「イエス!イゼンナガサキ二イタトキ、タビヤクシャノコウギョウキタネ」

「なんでぇ、観てんじゃねぇか」

「ソノトキカラ、イチドエドカブキミタカッタ、ヤッパリホンバハチガイマス!」

「ふ〜ん、じゃあこんなのは知ってるかい?」

「ナニ?」

「歌舞伎役者の隈取くまどりの意味さ」

「イミ・・・イイエシリマセン?」

「アレは血管を表しているのさ、感情が表に現れると血管が浮き出るだろ」

「ホウ・・・?」

「他に青い隈取や、茶色の隈取もある」

「ソレゾレニイミガアルノデスカ?」

「青は悪、茶色は妖怪だ」

「デハ、アカハ?」

「正義の印だよ!」

「オオ、ジャスティス!!」

「な、なんだ?」

「ジャスティス、ニホンゴデセイギトイウイミデ〜ス!」

「そ、そうか・・・」

その時、ベアトが舞台を指差した。

「アッ!ナニカハジマリマス!」

十三代中村屋が舞台袖で金剛杖を突き立てた。サッと舞台の幕が閉じ花道の上には弁慶だけが残される。『よっ中村屋!』と客席から声が飛んだ。

一人になった弁慶は、たっぷりと間合いを取って舞台上の冨樫が立っていたと思しき方向に向かってゆっくりと頭を下げる。感謝と安堵の表情が混じり合う。

それから急に花道の先を見据えると、先に行った義経の背中をどこまでも追うと言うように眦まなじりを決した。

頭をグルリと回して大きく見得を切る。眼が寄って飛び出しそうに見えた。

囃子方が、初めはゆっくりと、それから徐々に早く、楽器を奏でる。

中村屋は、調子に合わせて六方に手を振りながら金剛杖を脇に挟み込み、ダン!ダン!と交互に足を踏み鳴らして豪快に花道を退場して行く。飛び六方がピタリと決まって客席の興奮が最高潮に達した。

「スバラシ〜!!!!」

思わずベアトが立ち上がって拍手をした。一刀斎が慌てて制したが間に合わなかった。

「おい座れ!見えねぇだろうが!」隣の枡席の男が怒号を発した。

「でかい図体しやがって、どこの田舎もんだ!」連れが加勢する。

「ここは天下の市村座だ!侍ぇだからって勝手なことするんじゃねぇ!なあみんな!そうだろ!」

そうだそうだと声が上がる。案の定、近くの客が騒ぎ出した。

「ほら、言わんこっちゃねぇ・・・」

一刀斎が立ち上がって観客を宥なだめにかかるが、一度膨れ上がった怒号の嵐はなかなか納まる気配を見せなかった。

「一刀斎!そいつらは相撲小屋にいた奴だ!」

二階桟敷から慈心が叫んでいる。

「なに!こいつら松金屋を襲ったやつの仲間か!他の客を扇動しやがったな!」

ハメられた事は分かったがどうしたら良いのか分からない、小屋の中にいる全員が今やベアトの敵になったと言って良い。

「おう、みんな、この侍ぇの頭巾をひっぺがせ!」

「そうだそうだ!侍ぇに俺たちの楽しみを邪魔させんじゃねぇ!」隣の枡席の男が言った。

絶体絶命の危機である。

その時、突如花道の奥から唄いの声が聞こえてきた。

〽︎ 旅の衣はスズカケの、旅の衣はスズカケの、露けき袖やしおるらん、時しもころは如月の、如月の夜、月の都を立ち出でて〽︎

朗々と声を響かせながら、さっき退場したばかりの姿で再び弁慶が登場した。

あれほど騒いでいた観客たちがいっぺんに静かになった。

〽︎これやこの、行くも帰るも別れては、知るも知らぬも逢坂の、山隠す霞ぞ春はゆかしける、浪路はるかに行く船の、海津の浦に着きにけり〽︎

「あっ!中村屋だ!」

「中村屋が現れたぞ!」

場内が騒然となった。

「あいや暫くお待ちくだされ・・・」

歌舞伎の台詞そのままに十三代中村屋が語り出した。

「このハレの日に、野暮な喧嘩はおやめなせぇ、切った張ったは舞台の上でこそ粋な仕儀でもござんしょうが、現うつつを抜かせば野暮滑稽の謗そしりを免ぬこと間違いなし」

「だがよ中村屋、この侍ぇはせっかくの舞台を台無しにしやがったんだぜ!」

「はて、あたしの芸も安く見積もられたもんだねぇ、あれっぽっちの事で台無しになる様じゃあたしの精進努力が足りないってことでござんすか?」

「い、いや、そうは言っちゃいねぇ・・・」

「そ、そうだよ、天下の中村屋にそんなこと言えるやつなんざぁいねえよ・・・」

今までの勢いはどこへやら、観客達はすっかり毒気を抜かれてしまった様子だ。

「馬鹿野郎!早くそいつの頭巾をひっぺがさねぇか!」

最初に観客を扇動した男が怒鳴った。

「け、けどよぅ・・・」

「野郎!俺がお前ぇにいくら払ったと思ってるんだ!」

「なに!お前ぇら金もらってやってたのか!」

「あっ、しまった!」

「ふてぇ野郎だ、みんなこいつらを叩き出せ!」

怒りの矛先が変わって、男達が一目散に逃げ出した。あちこちで小突き回されながら木戸口の方へと駆けて行く。

「さあ、お侍さん手を・・・」中村屋がベアトに手を差し伸べた。

ベアトを花道に引き上げると、一刀斎にも目で合図を送ってきた。一刀斎は慌てて花道に登る。

「これにて一件落着ぅ!」

そう言うと中村屋は、ベアトと一刀斎を連れて、堂々と花道を出て行った。

小屋の観客は呆然と見送りながらも、新しい芝居を見せられたような余韻に浸っていた。


*******


ここは市村座が従える大茶屋の一つ『桝屋』の二階座敷である。あれから中村屋はベアトと一刀斎を楽屋に連れて行き、座の若い者に命じてローラと慈心を呼びに行かせた。それから四人をここに案内したのだ。すっかり化粧を落として着替えを済ませた弁慶は、男でも惚れ惚れするような美形だった。ローラは夫の前にも関わらず、うっとりと見惚れている。

「助かったぜ、中村屋」一刀斎が礼を言った。「訳あってこちらのお二人は頭巾を取る訳にはいかねぇがな」

「訳ありは今日私が演じました弁慶も同じ事、お気になさらないで下さいまし。それに、松金屋さんには日頃からご贔屓にして頂いておりますので・・・」

「知っていたのか?」

「はい、松金屋さんから急遽桟敷席のご予約を頂いた時から気に掛けておりましたので」

「うむ、さすがは中村屋じゃ、気配りが行き届いておるのぅ」慈心が仕切りに感心している。

「ところで、今日の騒ぎは仕組まれたもののようにお見受けいたしましたが?」

「詳しいことは話せぬが、この二人は松金屋の大切なお客。今日一日江戸見物を楽しもうと言う趣向じゃが、何者かがそれを阻止しようと目論んでおるらしいのじゃ」

「なるほど・・・」中村屋はベアトとローラをチラッと見たが、すぐさま目を戻した。

「これ以上お聞きしますまい、されど、何かお手伝いできる事がござりますれば、何なりとお申し付けくださいまし」

一刀斎と慈心が顔を見合わせた。

「なら一つだけ頼みがある」

「何でございましょう?」

「もうすぐ武家娘と腰元の二人連れが我々を訪ねて『菊屋』にやって来る、その二人を目立たねぇようにここに連れて来ちゃ貰えねぇだろうか?」

「菊屋・・・ああ、最初にご予約頂いた芝居茶屋ですね。お安いご用です、すぐに手配致しましょう」

「すまねぇな」

「他には?」

「いや、それだけで十分だ、迷惑はかけたくねぇ」

「分かりました、ではそれまでここでごゆっくりお過ごしください」

「ありがとよ」

中村屋は丁寧に辞儀をすると、スッと立って座敷を出ていった。

「ルナタチハ、ダイジョウブデショウカ?」

中村屋が出ていった後、ローラが心配そうに尋ねた。

「わからねぇ、だが、菊屋は見張られてるかも知れねぇな」

「ワタシハ、アノヒトヲシンジマス」ベアトが言った。

「万事中村屋が心得ているさ」

「ああ、任せるしかねぇな・・・」


*******


「確かこの辺りだと思ったんだけど・・・」志麻は自信なさげに辺りを見回した。「あっ、あそこだ!」

一町ほど先に菊屋の看板らしきものを見つけて声を上げる。

「シマ、パパトママアソコニイル?」

「そうよ、ここで待ち合わせることになってるの。少し手間取ったから心配しているかもしれないわね」

「ハヤクイキマショウ!」ルナが志麻の手をとった。

「ちょいと待ちねぇ!」

二人が駆け出そうとしたところを後ろから止められた。振り返ると、縦縞の単衣に黒の長羽織を肩に引っ掛けた粋な男が立っている。

「貴方だれ?」

「そんな事より、いま菊屋に近付いちゃいけねぇ」

志麻は仕込み杖を男に向けて身構えた。

「おっと、怪しい者じゃねぇよ」

「いきなりそんなこと言われて、信用出来る筈無いじゃない!」

「そりゃ尤もだが、今は詳しく説明してる暇はねぇんだ。いいかい、菊屋の向かい側をよぅく見てみな」

志麻は男に杖を向けたまま、そっと通りの向こうを振り返った。

「あっ!」

さっきは急いでいて気が付かなかったが、怪しい男たちが筋向の芝居茶屋の暖簾の陰や、通りに置いてある用水桶の後ろから菊屋の入り口を窺っているのが見えた。

「俺は一刀斎ってぇお侍ぇに頼まれてあんた達を迎えに来たんだよ」

「一刀斎が?」

「とにかく一緒に来てくれ、すぐそこの桝屋という茶屋で待っていなさる、お連れさんも一緒だ」

「キットパパタチヨ!」

「俺は十三代中村屋の付人で源次ってんだ」

「分かったわ、信用する」

「ありがてぇ、じゃあ気付かれねぇように付いて来な」

志麻とルナは源次の後に従って、来た道を引き返して行った。



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