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「ここは……殺人現場だわ」
「やはりそうか……」
「雪ちゃん知ってたの?」
雪は、歩美の声に虚ろな目で見つめ返した。
「そこ、CIA諜報員だった夏畑海が殺された場所。アイツが死んだ場所だ」
歩美はその言葉を聞いた瞬間、胸が締め付けられるような気分になった。雪がよく言っている、あいつというのが誰なのかが分かったような気がしたからだ。
「あたしらはすぐそっちに行く。どうやら裏口も開いてるみたいだしな」
「あ、うん」
歩美は立ち上がり、雪の方へついていった。
そんな3人の様子を見ていたのは、前に体育館に居たあの二人だった。
「ほらやっぱり来た。あの人の言ったとおりね」
「いつか来るとは思ってましたが……前に居た探偵と一緒とは……」
陽人がそう言うと、女の方は返す。
「厄介ね。クライアントかしら?」
「おそらく……」
女は裏口の方へ向かう。陽人はそれに着いていく。
「いた!あそこに」
「おい、フロワ。あまり行きすぎたら痛い目に……」
陽人は、彼女の方を見ながら言った。彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「……分かってる。でも、あんまり私に逆らわない方がいいわよ。痛い目に遭うから」
フロワの余裕の表情に陽人は青ざめていく。今、月奈を人質に取られているのだ。
「うるせえな。何とかする」
フロワ、彼女のコードネームだ。
フロワとは、フランス語で冷酷という意味。組織内で、冷酷無慈悲な様子から、その名が付いた。
「言っとくけど、私はアンタだろうがアンタの彼女だろうが、友人だろうが殺すからね」
「……ああ。もちろん分かってるさ。それより早く行かないとヤバいんじゃないのか?」
フロワは静かに頷いた。
雪と歩美は紗季のいる部屋へたどり着いた。
「紗季ちゃん。これって……」
「ええ、ちょうど1年経った部屋みたい。それにしても……だいぶ広いね」
「懐かしいなあ。しかし、ほんと何も変わってない……」
雪は部屋の中で柱やら壁やらを触っている。
その様子を二人は不審に思う。
「ねえ、やっぱり何か……」
その声に振り向いた雪はすぐにその場から離れた。
「……!」
雪の後を目で追うと、後ろには前に体育館で会った女だった。
「久しぶり、ブラックスノー。いやあ驚かされたわ、まさかこの探偵と一緒にいるとはね」
「驚かされたのはこっち……と言いたいところだが、分かってたよお前らが来ることも」
フロワは雪の方を見て言う。
「サプライズだね。余裕ぶってられるのも今の内。CIAはもう辞めたの?」
「CIA?」
歩美は目の前に立つ雪を見上げる。
「ああ。あんな仕事やってらんねえ」
雪は制服の内ポケットから拳銃を取り出した。
「……!」
「まさかこっちが何にも用意せず来てると思ったか?」
歩美はそんな彼女の姿をしたから見上げる。
「拳銃の腕が上がったんだよ。忘れた?」
フロワは雪の持つ拳銃に狙いを定めて、引き金を引いた。
ドンッ。
ゴトッ。
拳銃は手から滑り落ち、フロワの元へ滑っていった。
フロワはその拳銃を手に取ると、紗季の方に向けた。
雪は小馬鹿にしたように笑うと、両手を挙げた。
「あー分かったよ。降参だ、死んでやる。でも、探偵とその助手には手を出すなよ」
「そんなの耳にタコができるほど聞いた。また依頼でボコボコにしたんでしょ。そんな仕事も飽き飽きなんじゃない?」
「いや全然。むしろ楽しみが増えたよ」
フロワはそのまま雪に向けた拳銃の引き金を引いた。
「……」
「雪ちゃん」
歩美の言葉にフロワが引き金を引こうとした指を止める。
「……アンタさ……」
フロワは、不思議そうな顔をすると、顔を傾けた。
歩美は、続ける。
「死にたいの?」
「アンタ、てっきり防弾ジャケット着てるからそんな余裕なのかと思ったら、着用してないの?」
「……死にたかったらなんだ?」
雪の声が一気に低くなる。その声色に部屋にいる全員が息を呑む。
「お前が蒔いた種だろ?まさかここまで目が育ってるなんて思わなかったか?」
雪は未だに余裕そうな顔を張り付けたままだった。
「アンタ、CIAの時から思ってたけど、やっぱ、人間じゃないわ」
「……」
フロワは絶望したような、衝撃を受けた表情をした。
「人の心がないって?そうだな。あたしは自分が死ぬ分には何とも思わない」
「馬鹿なクソ野郎。死んだら何も残らないってのに」
「残らないことない。皆の記憶の中で生きてる」
フロワは口を切り裂いたような顔をして雪を見た。
「じゃあ、私達が殺した海もアンタの記憶の中で生きてるってこと?」
「……そう言う事だ。もう良いだろ」
「じゃあ、まだ生きてるじゃな……」
フロワがそう言おうとした時、雪が物凄いスピードで近づいていった。
パチンッ!
雪はフロワの顔を引っ叩いた。
「……黙れ!」
「……」
雪はそのままフロワに向かって叫んだ。
「お前に何が分かる⁉あんなに優しかった相棒を無くしたあたしの気持ちが!お前は何も分かってない!殺した奴に何が分かる⁉そんなにあたしを馬鹿にして楽しいか⁉」
フロワは崩した体制を立て直した。
「まさか、打つなんて思わなかったじゃない……」
そのまま右手に持った拳銃を雪の眉間に当てる。
「そんなに海に会いたいの?」
「……生きているのが辛いんだ、死んだ方がましさ」
雪は静かに言う。
フロワはその言葉にハッとした。
「なるほど、だから殺生しない主義ね。確かに死ぬのは簡単。じゃあ死んでも何も問題は……」
フロワが言いかけた時、雪はフロワの手首を掴み、左手で肘に攻撃をくらわした。
「くっ……」
「お前に殺されるのは癪に障る。何が冷酷だ。油断大敵だぞ」
雪は目に涙を浮かべた。歩美の方を向きながらその涙をぬぐう。
「ま、待ちなさい‼」
「……あの方にはこう伝えろ。アイツは殺さず、生かしたほうが、辛いだろうってな」
「……」
「聞こえなかったか?分かったら、さっさと帰れ」
雪は振り向きざまにフロワを睨みつけた。フロワは拳銃を3丁拾うとその場から去った。
雪は歩美の方へと近づいた。そのあと、ゆっくり手を伸ばしてきたので、驚いて目を瞑った。恐る恐る目を開くと、手を差し伸べているだけだった。
「……大丈夫か?」
「えっ……ああ」
歩美は雪の手をそっと握った。
「巻き込んで悪かった」
雪は両手を前に合わせ謝った。
「……ねえ、さっきの殺生しない主義って何?」
「ただの……約束」
そう言う雪は何か不自然な表情をしていた。
「約束って何?」
「1年前、海と約束した、最後の約束」
3月24日。この日は米秀小学校の卒業式だった。
「海、今日最後の任務だろ?」
「そうだね」
海と雪は、その日もCIAの任務だった。
「……悪かったよ、あたしが、あの時向こうにCIAだってバレなきゃ、こんな事にはならなかったのに……」
「君のせいじゃないよ。悪いのは、手下だよ」
その当時、雪はCIA諜報員として、ラトレイアーに潜入していたのだが、手下のミスにより、雪がCIAだとバレてしまったのだ。
「それに卒業すれば、日秀学園に行くんだし、眩ませられるよ」
「そう……だな……」
海は太陽のように明るい笑顔で言った。
その明るい笑顔に雪の目が眩みそうだった。
「じゃあ、あたし、もう行くよ。じゃあね」
「うん」
雪はそう言って部屋から出て言った。部屋の外は少し肌寒かった。
「……寒いな……」
しかし雪は寒さに強いので、そのまま任務に向かおうとした。
ただ、手袋なしだと、やはりどうにも寒い。しょうがないので手袋を取りに帰ろうと、部屋へ戻っていった。
「海ー?」
しかしドアを開けると、先ほどの海はいなかった。目の前には肩から血を流して倒れている海の姿だった。
「え?海?な、何、してんだ?」
「ゆ、雪……」
海がこちらを向いた瞬間、雪はどうしようもない絶望感にさいなまれ、体全体で叫びたくなった。
「あああああああ!」
雪は、海の身体を起こした。
「雪。そんな、顔しないでよ。僕が死んでも、僕を殺した奴を殺さないで……」
「どうして?」
「……もし、CIAを辞めても、人は殺さないで」
海は雪に言った。
「僕が居なくなっても、代わりの相棒を見つけてね」
涙は流れなかった。腹の底から自分を責め立てた。
「ッチ……」
守り切れなかったやるせない気持ちが、人間に対する不信感へと変わっていった。
雪は、いまだにこの記憶が忘れられないでいる。