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第19話:毒は舐めずとも、一目でわかります
数日前に届いた招待状の差出人は、柊木家(ひいらぎけ)。保守派貴族の中でも、殊更に格式と伝統を重んじる家だと聞いている。案内された座敷は、紅葉と菊を生けた花器、香炉から立ち上る白檀の香、床の間には歌仙を描いた掛け軸と、秋を意識した室礼が整えられていた。招かれた令嬢は、私を含めて七、八名。
私が足を踏み入れた瞬間、和やかだったはずの空気に、わずかな緊張が走った。主催格らしい令嬢が、扇を口元に添えながら歩み寄ってくる。
「まあ、月白様。本当にいらしてくださるとは思いませんでしたわ。……陛下があのようなご気性ですもの、皆様それは心配しておりましたのよ。あんな恐ろしい方のお側で、よくぞ平然としていられる、と」
彼女の名は桔梗というらしい。私は淡々と応じた。
「ご心配、痛み入ります。ですが幸い、陛下の刃に当たられたところで大した傷にはなりませんので」
令嬢たちの間に、微妙などよめきが走る。桔梗は扇の下で頬をひくつかせながらも、笑みを保った。
「……ふふ、変わったご冗談をおっしゃる方ね。さ、どうぞお掛けになって。今日は皆で、心ゆくまで歌を楽しみましょう」
冗談のつもりはないのだが、まあいい。勧められるまま円座に腰を下ろす。
「お招きいただき光栄です。……そちらの香炉、白檀にしては少し焦げ臭い気がしますが、特殊な炭でも使っているのですか?」
一同が、唐突な話題転換に一瞬言葉を失う。
「え、ええ……よくお気づきになりましたわね。少し珍しい炭を、使っておりますの」
その返答の間の悪さだけで、何かを誤魔化そうとしているのは察せられたが、追及するほどの興味もない。
歌遊びが一段落した頃、私の前にだけ、他の令嬢たちのものとは明らかに意匠の異なる、上質な茶器が据えられた。
「月白様のために、特別に用意させていただいたのですよ。西部から取り寄せた、大変貴重な香茶ですの。……どうぞ、お口に合うと良いのですけれど」
「そちらの練り切りも、滅多に手に入らない品を使っておりますのよ。ぜひ召し上がってみて」
別の令嬢が、畳みかけるように口添えする。周囲では、扇の陰に隠れた視線がいくつも交錯していた。
「……本当に飲むかしら」
「飲まなければ、それはそれで無作法を咎める口実になるもの」
そんな囁きが、扇の陰から漏れ聞こえてくる。私は茶碗を両手で持ち上げ、まず目の高さにかざして色を確かめた。
「……随分と手の込んだお茶ですね」
「ええ、それはもう。当家自慢の逸品ですわ」
声が、ほんのわずかに上ずっていた。
私は口をつけることなく、鼻先をそっと近づける。立ち上る湯気の中に、微かだが確かな異物の気配が混じっていた。
「……ほう。これは烏頭(うず)の毒ですね」
目を細め、独り言つように呟く。
「それも、市中に出回るものより純度が高い。西部……もしや、雲海地方の高地でしか採れない品種では?」
「……な、何を仰るのか分かりかねますわ」
桔梗の顔が、目に見えて強張った。
「隠さずとも結構です。色の沈み方と、この独特の青臭さ。素人目には香茶にしか見えないよう、随分と丁寧に調合されています。……失礼、これは褒め言葉です。並の毒師では、ここまで自然な発色は出せません」
座敷が、完全に凍りついた。私は構わず、練り切りの皿にも手を伸ばし、匂いを嗅ぎ、指先で表面をそっと撫でる。
「ふむ、こちらは附子(ぶし)ですか。烏頭とは違う個体から精製したものを、あえて二種混ぜていますね。単体で使うより発症の見極めが難しくなる、なかなか凝った仕込みです」
思わず目を輝かせ、身を乗り出す。
「大変貴重な調合技術です。あの……もしよろしければ、後学のためにこちらの茶葉と練り切り、少し分けていただけませんか? できれば調合済みの残りも。もちろん、相応の対価はお支払いします」
「た、対価って……」
誰かが、震える声を漏らした。
「ああ、ご安心を。ちなみに致死量の計算は、少々甘いようです。この分量、私のような身体には効きませんが、普通の方には少々多すぎるかと。今度からはもう少し慎重に調合されることをお勧めします」
穏やかな微笑みのまま告げられたその一言に、座敷の空気が完全に凍りついた。誰も声を出せない。
一通り話し終えると、座敷の空気が凍り付いていることに気づいた。誰もが気まずそうに扇で口元を隠している。
そんな時、
凍りついた空気を裂くように、廊下の向こうから足音が近づいてきた。
荒らしく、迷いのない歩みだ。
令嬢たちが一斉にそちらへ視線を向ける。
足音が座敷の前で止まり――
襖が荒々しく開け放たれた。
「随分と楽しそうな会だな。……何の匂いだ、これは」
姿を現したのは、剣呑な瞳の焔だった。入室した瞬間から、独特の青臭い匂いに気づいたらしく、目を細めている。
「ちょうど良いところに。烏頭と附子を混ぜた、なかなか手の込んだ毒を出してもらったところです。私の分はもう頂戴しましたので、残りは陛下がご確認になっては?」
金色の瞳が瞬く間に殺気を帯び、座敷中の令嬢たちを一人ずつ睨み付ける。
「……俺の女に毒を盛るとは、いい度胸だ」
焔が腰の鞘を親指でカチリと鳴らす。それだけで、令嬢たちは一斉に悲鳴を上げて平伏した。
「へ、陛下……! そ、それは、その、決してそのような……!」
「言い訳は聞かん。この会は今をもって解散だ。……次に同じ真似をしたら、分かっているな?」
誰も答えられない。焔は震える令嬢たちを一瞥し、私の手首を掴んで踵を返した。
「陛下、乱暴にしないでください。せっかく分けていただいた毒がこぼれます」
「……お前、脅されたことより毒の心配が先か」
「当然です。あれほど質の良い烏頭は滅多に手に入りませんので」
「…………相変わらず、頭のネジが飛んでるな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
傾きかけた秋の陽が、庭園の紅葉を燃え立たせるように照らしていた。懐で微かに鳴る薬瓶と茶葉の包みの音を聞きながら、私は今日という日の収穫に、ひそかに満足していた。
コメント
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やっと最新話まで追いついたよ!今回の茶会の場面、めっちゃ緊張感あってドキドキした…!主人公が毒の調合を見抜いて「稀代の逸品ですね!」って感激しちゃうとことか、もう最高すぎるでしょ(笑)敵に回したら怖いのに、この狂った冷静さが癖になるわ。焔が乱入して「俺の女に毒を盛るとは?」ってキレるギャップも良き。次はどんな狂人ムーブ見せてくれるのか楽しみ!