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第20話:都に忍び寄る、名もなき病
新しい軟膏の調合に没頭していた午後だった。
本日は、薬物の培養集で特にやることもなく、備品の手入れや乳鉢の中で乾いた薬草をすり潰すなどして過ごしていた。ありふれた単調なひと時。
その平穏を破ったのは、けたたましいノックだった。転がり込むように現れたのは、見覚えのない下働きの女だった。
「薬師様……! お願いします、妹の家族を、どうか……!」
お篠というらしい下女は、がばりと床に頭をこすりつけた。
「顔を上げてください。話が見えません。……順を追って教えてもらえますか。いつから、どのような症状が出ていますか」
「四日前です。最初はただの風邪だと思っていたんです。でも、次の日には熱がひどくなって、体中に赤い発疹が……。今日なんて、呼びかけても目を開けるだけで、まともに口も利けなくて……!」
「発疹の形状は? 水ぶくれのようなものですか、それとも平らな斑点ですか」
「へ、平らな……いえ、少し盛り上がっているような……」
「熱の高さは。異様に熱かったですか、それとも汗ばむ程度でしたか」
「燃えるように熱くて……でも、なぜか汗はほとんどかいていなくて……。お医者様も匙を投げてしまって……」
発熱、発疹、意識障害、それに乏汗。
「……ただの風邪の悪化にしては症状が急すぎますね。それに、町医者が匙を投げるほどというのも解せません。単なる伝染病というより……」
「た、助けていただけるのでしょうか……?」
「妹君のお宅は、城下のどのあたりですか。それと、他に同じ症状の方はいますか」
「東の水路沿いです……! 隣の家も、その隣の家も、もう何人も倒れていて……!」
単一の家系ではない。感染性か、それとも何らかの共通した原因への曝露か。話を聞くうちに、私の目つきは同情ではなく、未知の症例に対する分析的な集中の色に変わっていった。
「分かりました。詳しい話、ありがとうございます」
「どうか、よろしくお願い致します」
お篠は何度も頭を下げて去っていった。
数日のうちに、事態は静かに、しかし確実な速さで広がっていった。皇城の廊下でも、女官たちがこの話題を囁くようになる。
「聞いた? 東の水路沿いだけじゃなくて、もう南の市場のほうにも広がっているらしいわよ」
「恐ろしいわ……。うちの実家も心配。それにしても、どうしてこんな急に」
「……ねえ、これって、もしかして」
「もしかしてって、何?」
「神獣様のご加護が、乱れているんじゃないかって。ほら、陛下があの……半妖のお妃をお迎えになってから、なんだか宮中の空気がおかしいって、皆言っているじゃない」
「やだ、それを言うの? でも、確かに……あんな化物が妃だなんて。人ならざるものをお側に置いていたら、神獣様だってお怒りになるかもしれないわね」
「しっ、聞かれたら大事よ」
回廊の陰では、貴族の従者らしき男が同僚にこう漏らしていた。
「陛下も陛下だ。忌み子などを寵愛するから、こういう天罰が下るんだ。……本当に、いい迷惑だ」
噂は日を追うごとに、隠す気配すら失っていった。
研究棟へ向かう渡り廊下で、前方を歩く女官たちの会話が耳に入る。
「本当、陛下があんな方を側に置くから、神獣様の加護が……」
女官たちが私に気づき、ぎょっとして口をつぐんだ。
「し、失礼いたしました……!」
逃げるように去っていく後ろ姿を、私は一瞥しただけで歩みを止めなかった。因果が逆だと分かっていない。奇病が先に流行り、それを説明する物語として「忌み子」が都合よく使われているだけだ。
「……くだらない迷信ですね」
誰にともなく呟き、そのまま研究棟へと歩を進める。ただし、その足取りはいつもよりわずかに速かった。噂への苛立ちからではない。一刻も早く症例の共通点を洗い出したいという、逸る気持ちが抑えられなかった。
〇
その夜、早速記録を見返していると、乱暴に扉が開けられた。
「……ちっ。どいつもこいつも、口を割らん」
「お帰りなさいませ。今日も収穫なしですか」
「噂の出所だ。誰が言い出したのか調べさせているが、尻尾を出さん。……腹立たしい」
私が忌み子と罵られること自体には、正直どうでもいいと思っているはず。腹が立っている主因は、私を経由して、誰かが陛下ご自身の判断に喧嘩を売っていると感じるからだろう。
「落ち着いてください。貶められているのはあくまで私で、陛下ではございません。そこまで躍起になって犯人探しをしても徒労ですよ」
「……知るか。お前がどう思おうと、俺の気に入らないものは気に入らない」
(本当に分かりやすい。所有物ですら勝手に貶められて黙っていられるほど、寛容な性分ではないということですか)
「ところで陛下。この奇病、症状がなかなか興味深いのです。高熱、発疹、意識障害、それに乏汗――どうも、ただの流行り風邪とは思えません」
「……お前、まさか」
「ええ。一度、現場をこの目で見てみたいと思っています」
「……勝手なことをするなよ」
「善処します」
「その返事が一番信用ならん」
私は答えず、ただ小さく口の端を上げた。窓の外では、王都の明かりが、いつになく不穏に瞬いていた。
コメント
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第20話読んだわ! まずお篠の訴えから始まる緊迫感、めっちゃ引き込まれた。「ただの風邪の悪化にしては急すぎる」って薬師がすぐ現場見に行こうとするの、さすが仕事できる女だわ。 それと「忌み子だから神獣の加護が乱れてる」って迷信が広がってく流れ、読んでて「くそっ…!」ってなった。因果逆だしな。その中で薬師が「くだらない迷信ですね」って呟くのが、もう最高にクール。 陛下も「勝手なことするなよ」「善処します」「その返事が一番信用ならん」、この掛け合い良いなァ。 あと最後の「王都の明かりが不穏に瞬く」で次回への期待が爆上がり。 続き、早く読みてェ🔥