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***


どれくらい、時間が経っただろう。

その日の会計を締めるべく、きっちりと仕事を終えてから、大倉さんはいつもやって来るので、5番の座席で横になり、ぼーっとしながら待っていた。

酒の酔いも手伝って、ウトウトしかけた時――目の前に誰かが、覆いかぶさる影が見えたと思ったら、唇が強く合わせられる。

次の瞬間、口の中に酸っぱい液体が、勢いよく流れ込んできた。


「んぅっ!?」


目を白黒しながら一生懸命全部飲み干すと、やっと唇が解放される。


「なんちゅ~起こし方するんだ。いつもより酸っぱかったぞ、レモネード」

「そう、酸っぱかったか。レインくん忙しくて、疲れているんじゃないの?」


その言葉に、眉間にシワを寄せて睨んでやった。


「……疲れてねぇし。大倉さんがワザと、レモンをたくさん入れたんだろ」


この人のストレス発散は、こういうみみっちぃことをやることによって、スカッとするらしい。特に俺が何かやらかした時に限っては、好きな物に何か仕込んでくる。


「なぁ俺ってば、何かしたっけ?」


恐るおそる訊ねてみると、手に持っていたグラスをテーブルに置いて、はーっと深いため息をついた。


「自覚……ないんだ?」

「あったら聞かねぇし。何を疑ってるのか知らねぇけどさ、俺が好きなのは、アンタだけなんだぞ。信じてくれよ」

「最近、穂高さんと仲がいいよね。何かあったら、ちょこちょこ話してるし」


原因はアイツか――アイツにはすっげぇ弱みを握られてるせいで、 目が離せないだけなんだ。


「前いた新人と違って仕事ができるし、それにパラダイスで伝説のナンバーワンだった人だろ。見習わなきゃいけないトコ、たくさんあるし、それで――」

「それで迫ったんだ、レインくん」

「はぁ!?」


ワケわかんねぇぞ。何がいったいどうして、そんな話になってんだ?

傍にいる大倉さんの瞳に、愕然とした自分の顔が映っていた。


「迫ったって、誰がそんなことを」

「穂高さんが言ったんだ。意味深なこと言って、レインくんが迫ってきたって」


アイツめ……何の恨みか知らねぇけど余計なことを、大倉さんに言いやがって!


「俺は、アイツに迫ったりしてない。命を賭けてもいい、誓うから!!」

「命を賭けられても、ねぇ。そんな言葉では全然、誠意が感じられない」

「じゃあ、どうすれば分かってくれるんだ?」


慌てふためく俺の顔を見やり、テーブルに置かれているそれを、ハイと手渡された。


「これ全部、飲み干したら許してあげる」


――ジョッキに入った、酸っぱすぎると予測されるレモネード!!


いつの間に、こんな物を用意したんだ? さっき手にしていたのは、小ぶりなグラスだったはずなのに。


「飲めないの? やっぱ飲めないよね。やましいことを堂々としている君には、無理すぎるのかなぁ?」


飲んでも飲まなくても、胃が痛い……。


「飲めるよ。大好きなアンタが、わざわざ作ってくれた物だからな。一気飲みしてやるっ!」


ジョッキを掴み、目をつぶって一気に煽る。体の中が酸で、ドロドロに溶かされていくみたいだ。


「……ウエッ……の、飲んだぞ。だから信じてくれ、たの――」


胃のあたりを押さえながら頼もうとした矢先に、塞がれてしまった唇。割って入ってくる熱い舌に、じっとりと自分の舌を絡ませた。

絡めた刹那、しゅっと引っ込んだ大倉さんの舌。


「うっ……酸っぱ……」


(――自分で作っておいて、よく言うよ)


「大倉さんの愛の味だよ。俺は好きだけどね」

「言ってくれたね、もうガマンしない」


そう言って、手荒に俺の躰をソファに押し倒した。


「ここでするの、あまり好きじゃないんだけど」

「しょうがないだろ、レインくんが全部悪いんだから」


俺の苦情を無視して、手早くシャツのボタンを外していく。あ~あ……何を言ってもダメだな。


「アイツの言葉にまんまと騙されて、バカだなホント」

「レインくんが、モテモテなのがいけないんだよ。冷や冷やしている、俺の気持ちを分かってほしいけどね」


それは、こっちのセリフだ――人当たりの良さのお陰で、男女問わずに人気があるっていうのに。本人、自分がモテていることを自覚していないんだからな。


「しなくていいヤキモチ妬いて、忙しそうだな」


クスクス笑ってみせると、胸の尖りを力任せに、ガリッと噛む。


「いっ、痛っ!!」

「そんなことを言うレインくんには、徹底的に躰に叩き込んであげなきゃね」


ナニを叩き込むんだか――


「是非とも、優しくしてくださいね。大倉さん」

「分かってるよ、敏感なレインくん。愛してる……」


甘い囁きと一緒に、キスが落とされていく。

知らぬが仏というけれど、この人には俺の気持ちの全部を知っていてほしい。そうすればこんなふうに、くだらないケンカすることもなくなるというのにさ。

呆れつつも、大きな背中にそっと腕を回して、愛おしさを噛みしめながら、その身を預けたのだった。


めでたし めでたし

エゴイストな男の扱い方 レモネード色の恋

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