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「……ハンス。もう一度言ってみろ」通信端末から聞こえる闇商人の声は、冷や汗で濡れているのが目に見えるようだった。
『ですから魔王様! 勇者陣営の残党が、人間界の特務機関の地下最奥に【古代魔導核】を持ち込んだんです! それも、前魔王の遺産(負の遺産)と同期させて過熱(オーバーヒート)を始めてやがる! 爆発すれば人間界の主要都市が吹き飛ぶどころか、次元の亀裂が走って魔界のこの要塞都市にまで破片が降ってきますぜ!』
「……チッ」
俺は深々と不快な溜息を吐き出し、盛大に本日何度目かわからない欠伸を噛み殺した。
要塞化を終えたばかりの我が城。せっかくセリス、エレナ、シャーロットの脳筋三人組に防衛シミュレーションを叩き込み、静かに苦いコーヒーを味わえる環境が整ったというのに、人間界のバカどもはどこまでも俺の安眠を邪魔してくる。
「……古代魔導核の過熱停止コードは、俺の持つ『前魔王の認証鍵』でしか解除できない。現地に行って直接端末を叩くしかないな」
俺は愛用の消音拳銃のスライドをカチリと引き、予備のマガジンと高圧減圧弾を外套の内ポケットへ滑り込ませた。
「クロード、私も行く……」
影からすっと姿を現したシエルが、風の衣を纏いながら私の袖を引っ張ってきた。澄んだ瞳に、隠しきれない焦りと心配の色が浮かんでいる。
「だめだ、シエル。お前は留守番だ」
「……どうして? シエルの風があれば、どんな敵の罠も——」
「相手は俺の身柄と、お前たちの戦力を分散させる目的でこの事故を引き起こした可能性が高い」
俺はシエルの頭にポンと手を乗せ、乱暴に髪を撫でてやった。
「要塞化したとはいえ、俺が抜けたらこの城の最高防衛権限が空く。セリスたちの突撃癖や、ミサキの罠を統制し、万が一の奇襲からこの『家』を護れるのは、俺の戦術を一番理解しているお前だけだ。……頼めるか、シエル」
シエルは一瞬だけ悔しそうに唇を噛み締めたが、俺の手の温もりを感じ取ると、静かに、しかし強く頷いた。
「……了解。クロードが帰ってくるまで、この城は指一本触れさせない。……だから、絶対に無事で帰ってきて」
「ああ。払戻金の回収と、人間のバカどものお片付けが終わったらすぐに戻る」
俺は城の転移陣へ向かう廊下に出た。
案の定、セリス、エレナ、シャーロットの三人が「あたしたちも行くわ!」「一人で人間界なんて危険すぎる!」と騒ぎ立てて飛び出してきたが、俺は冷ややかに片手をかざして制した。
「静かにしろ。城の防衛指揮はシエルに預けた。お前らはシエルの指示に従って防衛線を死守しろ。……サボったら、戻った後のコーヒーの淹れ直し100回の刑だ」
「うぐっ……! 絶対無事で戻りなさいよバカクロード!」
「人間界の奴らに目にもの見せてやりなさい!」
「お土産は爆発的に美味しいお菓子ねーっ!」
喚くヒロインどもをシエルに任せ、俺は一人、人間界への局所転移ゲートへと足を踏み入れた。
光が収まると、そこは湿っぽく薄暗い、人間界の特務機関地下施設——廃墟と化した冷たい鉄とコンクリートの世界だった。
「……ハッ。相変わらず、人間界の匂いは反吐が出るほど冷めてやがる」
俺は消音拳銃を構え、外套の襟を立てた。
愛用の銃と、泥を啜るドブネズミの戦術。そして城で待つ冷たいコーヒーと騒々しい連中の存在を胸に秘め、俺は単身、人間界の暗闇の中へと静かに滑り込んでいった。
コンクリートとガラスで覆われた高層ビル群。その隙間を、魔力を帯びた光ファイバーの粒子が青く煌めきながら走っている。現代日本の都市風景に、異質な魔法技術が融解した魔道科学都市——それが、久しぶりに足を踏み入れた人間界の姿だった。
(……相変わらず、胸がクソ悪くなるほどの人工美だな)
魔界の要塞化された重苦しい空気とはまるで違う、軽薄で煌びやかな街並み。
そして、その中央を歩く俺の存在は、嫌になるほど浮いていた。
魔族の血を引く端正すぎる顔立ちと、ドブネズミの裏社会で培われた異質な威圧感。黒の外套を羽織り、人混みを避けるように路地裏の影を歩いているというのに、行き交う人間の視線が執拗に突き刺さる。
「ねぇ君! ちょっと待ってよ! 凄く雰囲気あるね! うちで読者モデルやってみない!?」
「いやいや、僕の芸能事務所の役者枠だよ! 主演級のダークヒーロー役にピッタリだ!」
「待ってください! うちのアイドル事務所で次世代のビジュアル担当としてデビューしませんか!?」
突然、路地裏の出口を塞ぐように群がってきた三人のスカウトマンども。名刺やパンフレットを押し付けながら、俺の腕を掴もうと不躾に手を伸ばしてくる。
「……鬱陶しい」
俺は盛大に本日何度目かわからない欠伸を噛み殺すと、外套の内側へ静かに手を伸ばした。
ポケットの奥で触れる、冷え切った消音拳銃(サイレンサー)の重み。
人間界の法律も、芸能界のルールも知ったことか。コンマ01秒で三人の膝小僧を撃ち抜き、二度と歩けない体にして路地裏のゴミ箱へ放り込んでやる——そう思い、指先を引き金にかけた、その時だった。
「ちょっとそこ! 嫌がってる人に強引な勧誘は感心しないな!」
凛とした、どこか鈴の鳴るような澄んだ声が路地裏に響き渡った。
スカウトマンどもが一斉に振り向く。
そこに立っていたのは、魔法科学都市の制服らしきジャケットに身を包んだ、一人の少女だった。
艶やかな髪を揺らし、その瞳には強い意志の光が宿っている。手には最新型の魔導端末(デバイス)が握られており、彼女の周囲の大気がかすかに青い電気を帯びて励起していた。
「あ、アニ・サンダーライト……! 名門・サンダーライト機関の特務生……!?」
スカウトマンたちが青ざめて一歩退がる。
アニと呼ばれた少女は、物怖じひとつせずにスカウトマンどもと俺の間に立ち塞がると、胸を張って彼らを睨みつけた。
「街頭での強引なスカウト行為は、都市魔道法第12条の違法勧誘に該当するよ! これ以上つきまとうなら、警邏隊に通報するから!」
少女の毅然とした態度に怖気尽いたのか、スカウトマンどもは「ちっ、なんだよ」「行こうぜ」と捨て台詞を残し、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
静まり返った路地裏。
「ふぅ……間一髪だったね! 大丈夫だった、お兄さん?」
アニはくるりと振り返り、弾けるような笑顔を俺に向けた。
……どうやら、俺が懐の消音拳銃で奴らの膝小僧を吹き飛ばそうとしていた『本当の危険』には気づいていないらしい。
「……別に、余計なお世話だ」
俺は引き金から指を離し、不快そうに外套の襟を立てた。
「ええ~っ!? 助けてあげたのに『余計なお世話』はひどくない!?」
不満そうに口を尖らせるアニ・サンダーライト。
地下最奥の【古代魔導核】の過熱事故を起こした人間界の特務機関——その中枢に関わる『サンダーライト』の名を持つ少女との思いがけない遭遇に、俺は心の中で冷ややかな笑みを深めた。
(……ほう。人間界のバカどもをお片付けする前に、面白い『案内人』が向こうから転がり込んできたわけだ)
俺は消音拳銃を深くポケットに収めると、不敵に口角を上げ、目の前の騒々しい人間の少女を見下ろした。
コメント
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魔王なのに消音拳銃とドブネズミ戦術ってギャップに思わずニヤリとしました。シエルに城を託すやり取りは静かな信頼が滲んでいて、「絶対無事で帰ってきて」にじんわりきますね。そしてスカウト軍団の珍事から、サンダーライト機関のアニ登場! 彼女がどう絡んでくるのか、次が気になりすぎます。
ルル
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