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#シクフォニ
たむ
1,541
コンクリートとガラスで覆われた高層ビル群。その隙間を、魔力を帯びた光ファイバーの粒子が青く煌めきながら走っている。現代日本の都市風景に、異質な魔法技術が融解した魔道科学都市——それが、久しぶりに足を踏み入れた人間界の姿だった。(……相変わらず、胸がクソ悪くなるほどの人工美だな)
魔界の要塞化された重苦しい空気とはまるで違う、軽薄で煌びやかな街並み。
そして、その中央を歩く俺の存在は、嫌になるほど浮いていた。
魔族の血を引く端正すぎる顔立ちと、ドブネズミの裏社会で培われた異質な威圧感。黒の外套を羽織り、人混みを避けるように路地裏の影を歩いているというのに、行き交う人間の視線が執拗に突き刺さる。
「ねぇ君! ちょっと待ってよ! 凄く雰囲気あるね! うちで読者モデルやってみない!?」
「いやいや、僕の芸能事務所の役者枠だよ! 主演級のダークヒーロー役にピッタリだ!」
「待ってください! うちのアイドル事務所で次世代のビジュアル担当としてデビューしませんか!?」
突然、路地裏の出口を塞ぐように群がってきた三人のスカウトマンども。名刺やパンフレットを押し付けながら、俺の腕を掴もうと不躾に手を伸ばしてくる。
「……鬱陶しい」
俺は盛大に本日何度目かわからない欠伸を噛み殺すと、外套の内側へ静かに手を伸ばした。
ポケットの奥で触れる、冷え切った消音拳銃(サイレンサー)の重み。
人間界の法律も、芸能界のルールも知ったことか。コンマ01秒で三人の膝小僧を撃ち抜き、二度と歩けない体にして路地裏のゴミ箱へ放り込んでやる——そう思い、指先を引き金にかけた、その時だった。
「ちょっとそこ! 嫌がってる人に強引な勧誘は感心しないな!」
凛とした、どこか鈴の鳴るような澄んだ声が路地裏に響き渡った。
スカウトマンどもが一斉に振り向く。
そこに立っていたのは、魔法科学都市の制服らしきジャケットに身を包んだ、一人の少女だった。
艶やかな髪を揺らし、その瞳には強い意志の光が宿っている。手には最新型の魔導端末(デバイス)が握られており、彼女の周囲の大気がかすかに青い電気を帯びて励起していた。
「あ、アニ・サンダーライト……! 名門・サンダーライト機関の特務生……!?」
スカウトマンたちが青ざめて一歩退がる。
アニと呼ばれた少女は、物怖じひとつせずにスカウトマンどもと俺の間に立ち塞がると、胸を張って彼らを睨みつけた。
「街頭での強引なスカウト行為は、都市魔道法第12条の違法勧誘に該当するよ! これ以上つきまとうなら、警邏隊に通報するから!」
少女の毅然とした態度に怖気尽いたのか、スカウトマンどもは「ちっ、なんだよ」「行こうぜ」と捨て台詞を残し、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
静まり返った路地裏。
「ふぅ……間一髪だったね! 大丈夫だった、お兄さん?」
アニはくるりと振り返り、弾けるような笑顔を俺に向けた。
……どうやら、俺が懐の消音拳銃で奴らの膝小僧を吹き飛ばそうとしていた『本当の危険』には気づいていないらしい。
「……別に、余計なお世話だ」
俺は引き金から指を離し、不快そうに外套の襟を立てた。
「ええ~っ!? 助けてあげたのに『余計なお世話』はひどくない!?」
不満そうに口を尖らせるアニ・サンダーライト。
地下最奥の【古代魔導核】の過熱事故を起こした人間界の特務機関——その中枢に関わる『サンダーライト』の名を持つ少女との思いがけない遭遇に、俺は心の中で冷ややかな笑みを深めた。
(……ほう。人間界のバカどもをお片付けする前に、面白い『案内人』が向こうから転がり込んできたわけだ)
俺は消音拳銃を深くポケットに収めると、不敵に口角を上げ、目の前の騒々しい人間の少女を見下ろした。
『待って、このお兄さん……もしかして魔界の新しい魔王、あの暗殺魔王クロードじゃない!?』
『マジ!? 180倍のオッズ叩き潰して、東西連合軍を請求書一枚で破産させたっていう例の!?』
『髪型と雰囲気が完全に一致してて草。マジでご本人降臨???』
画面端のホログラムディスプレイに、尋常じゃない速さで流れる鋭すぎる考察コメント。
現代のネット民(人間ども)の情報収集能力と、暇を持て余した観察眼をすっかり舐めていた。
「えっ……!? クロードお兄さん、本当に魔王様なの……!?」
隣でアニが目を丸くし、浮遊カメラと俺の顔を交互に見比べて絶句している。
「……チッ」
マイクに拾われないギリギリの音量で舌打ちを漏らす。
ここで肯定すれば、特務機関の警報が鳴り響いてIDスコアどころではなくなる。だが、完全にシラを切るにはコメント欄の勢いが凄まじすぎる。
俺は盛大に本日何度目かわからない欠欠伸を噛み殺すと、冷え切った缶コーヒーの底をデスクにコトンと置き、咄嗟に口を開いた。
「……ハッ。魔王? 暗殺者? バカバカしい。俺はただの……**『ロード』**だ」
一瞬の静寂。
そして、画面越しのコメント欄が爆発した。
『ロードwwwwwwww』
『安直すぎて草草草草草草草wwwwww』
『クロードから「ク」を抜いただけやんけ!!!』
『偽名の雑さレベル100wwwwwwww』
『隠す気ゼロで爆笑したwwwwww』
『ロードお兄さんwwwwwwwww』
「あははははッ! ロードって! お兄さん、流石にその偽名は安直すぎるよーっ!!」
アニまでお腹を抱えて爆笑し始める始末だ。
画面埋め尽くす「wwwww」の文字と、画面の向こうから聞こえてくるような阿呆どもと少女の嘲笑。
ドブネズミの裏社会で冷酷に生き抜いてきた俺のプライドと、新魔王としての神経が、プツンと音を立てて切れ落ちた。
「……笑うな」
俺は外套の内側から、愛用の**【消音拳銃(サイレンサー)】**を迷いなく引き抜いた。
**ポスッ――チュドォンッ!!**
「きゃあぁぁぁっ!?」
アニの悲悲鳴と共に、部屋の隅で能天気にプカプカ浮かんでいた『浮遊型高精細配信カメラ』のレンズが、コンマ01秒で粉砕された。
さらに弾丸は背後の防音壁を撃ち抜き、過熱した魔導配線を破壊して室内の照明が一斉にスパークして弾け飛ぶ。
薄暗くなったスタジオに、硝煙の匂いと乾いた放電音が立ち込める。
「な、何やってるのお兄さん……じゃなくてロードさん! 配信機器壊したらIDスコアが——!」
「うるさい」
俺は黒煙を吹く消音拳銃の銃口をゆっくりと下げ、冷ややかな視線でレンズの割れた予備カメラ(まだギリギリ生きている映像端末)を見下ろした。
画面の向こうのコメント欄は、一瞬にして静まり返っていた。
『え』
『マジで拳銃ぶっぱなした……?』
『今の効果音じゃないよね……?』
『本物の銃声と消音器の音なんですが』
『本物のアサシンじゃねーか!!!』
『ヒィッっっっっっっ』
「……画面の前のバカどもに告げる」
俺は壊れたカメラの前に歩み寄ると、銃口の硝煙を気怠げに吹き消し、氷のように冷たい声で言い放った。
「次に俺の偽名を笑った奴は……その薄っぺらい画面の向こうまで、この特殊麻痺弾をぶち込む。IPアドレスの特定なんて、ハンスの端末を使えばコンマ5秒だ」
コメント欄が一転して『す、すみませんでしたぁぁぁ!!』『ロード様カッコいいです!!』『命だけは助けて!!』という平伏の嵐で埋め尽くされる。
「……ふぅ」
俺は消音拳銃を外套のホルスターに収めると、呆然と固まっているアニの肩を雑に叩いた。
「おい、アニ。……カメラの弁償代はハンスの口座から落とせ。これでIDスコアとやらが上がったなら、さっさと特務機関の最奥へ案内しろ」
「ひ、はいぃっ!! すぐ準備しますロード様ぁぁっ!!」
半泣きでペコペコ頭を下げるアニ。
配信は修羅場と化したものの、視聴者数と『危険度IDスコア』は一瞬でカンスト(最大値)まで跳ね上がっていた。
(……やれやれ。人間のバカどもの思考回路は、やっぱり理解できんな)
俺は冷めきった缶コーヒーを飲み干すと、不敵に口角を上げ、最奥の【古代魔導核】へと繋がる暗闇の通路へと足を踏み入れた。
**【Side:アニ・サンダーライト】**
特務機関の最奥エリアへと続く暗い廊下を、私は冷や汗を流しながら歩いていた。
少し前まで、目の前で起きていた光景を思い出しては、心臓がバクバクと高鳴る。
——まさか、本当に配信カメラを銃で撃ち抜くなんて思わないじゃない!
あの瞬間、冷酷な銃声と硝煙の匂い、そして画面の向こうのリスナーを一発で沈黙させたあの圧倒的な殺気。普通の人間なら、恐怖で足がすくんで泣き出しているところだ。
なのに……。
(……なんで私、あの人の配信、あんなにハラハラして面白かったんだろ……)
こっそり端末のログを確認して、私は思わず自分の頬を両手でパチンと叩いた。
配信が荒れかけた瞬間からの、あの低音ボイスでの一喝。そして「ロード」というあまりにも雑な偽名に対するリスナーのツッコミと、キレ気味に放たれた実弾のインパクト。
暴力沙汰(?)としては大問題だし、特務機関のコンプライアンス的には一発レッドカード(あるいは逮捕)間違いなしのガチ犯罪スレスレの映像だった。
だけど、視聴者数と同時接続の伸び率は、これまでの人生で見たこともないような右肩上がりを記録していた。コメント欄の熱狂も、あの塩対応と毒舌、そして「ガチの修羅場感」がスパイスになって、狂ったような盛り上がりを見せていたのだ。
(ぶっきらぼうで、不愛想で、すぐに銃を抜こうとする危なっかしい人だけど……)
前を歩く黒の外套の背中を、私はそっと盗み見た。
彼は今、人間界の危機を救うため(あるいは面倒な用事をさっさと終わらせるため)、特務機関の最奥にある【古代魔導核】を目指して進んでいる。口では「面倒だ」「バカども」と吐き捨てながらも、私の前で不法侵入の手引きをさせているのは、結果的に私を巻き込んで危険な目に遭わせないための配慮……な、わけないか。あのお兄さんはきっと、ただ効率だけを考えているだけだ。
それでも。
(……もったいないな、あんなキレッキレの毒舌と圧倒的なカリスマ性があるなら、このまま引退させるのは絶対惜しいよ!)
素質しかない。新米配信者にしては、ルックス、声の良さ、圧倒的なスパダリ感、そしてガチの修羅場を笑いに変える(変えてないけど)スター性がいやというほど高すぎる。
特務機関の用事が済んだら、人間界のトップストリーマーとしてスカウトし直してやろうかしら――なんて、緊張感のない不謹慎な考えが頭をよぎる。
「おい、アニ。……そこ、道が二手に分かれているが、最奥へ続くのはどっちだ?」
突然振り返ったクロードの冷ややかな視線に射抜かれ、私は「ひゃっ!?」と変な声を上げて背筋をピンと伸ばした。
「こ、こっち! 右の通路だよロード様!」
「……そのふざけた偽名で呼ぶな」
不機嫌そうに舌打ちをしながらも、すたすたと右の通路へ歩いていく彼の背中を見送りながら、私は小さく息をついた。
(……とりあえず、この特務機関のトラブルを無事に切り抜けられたら……今度はどんな企画で配信してもらおうかな!)
危険な裏社会の空気と、妙に浮世離れしたお兄さんとのドタバタな道中。
ハラハラするのにどこかワクワクしてしまう奇妙な密航劇は、まだ始まったばかりだった。
コメント
1件
読み終わりました!いやー、今回も最高でしたね。冒頭のスカウトマンどもを「鬱陶しい」の一言で片付けようとするクロードのヤバさと、それを静止するアニの純粋さの対比がたまらない。そして「ロード」の偽名であっさりバレて、カメラぶっ放す展開には笑いました。暴力沙汰なのに何故か応援したくなる――この危うい魅力がこの作品の真骨頂ですね。アニの視点で「もったいない!スカウトしたい!」って思うのも分かります。