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学校に着いて暫(しばら)く待っていると、同じ年に生まれた仲間達が次々と集まり始めた。
教師役の大きな銀鮒がやってくると、その日の授業はいつも通りに始まった。
小さな銀鮒にとって、生きていく為に必要な知識を教えてくれる学校だ。
食べる事が出来る生き物や、食べてはいけない物、冬の過ごし方や暑い夏の日差しの避け方。
この日の授業では、浅瀬に近付く事の危なさや、流れの強い場所からの脱出方法など、いつもと同じく丁寧に教えてくれた。
授業の最後に、教師役の鮒は、もういつもの決まり文句になっている、生徒達からの質問の有無を口にした。
待っていたと言わんばかりに、背鰭を大きく揺らしながら、目いっぱいに胸鰭を高く上げてナッキは言った。
「先生! 教えて欲しい事が有るんですが……」
「ほお、ナッキか? 珍しい事が有るものだ、だが積極的でなかなか良いぞ! 質問は何かな?」
いつも静かで控えめなナッキが質問して来た事が余程嬉しかったのか、教師役の鮒は満面の笑顔でナッキに先を促した。
ナッキは他の鮒達より、少しだけ高い所に浮かび上がると質問を始める。
「はい、実は…… 今日の事なのですが…… いつも食事に使っている場所で、えっとぉ…… 珍しい虫を見付けたのです、赤い虫でした、それで、えっと…… 僕はその虫を…… 食べたのです」
「いいよナッキ、後は俺が話すからさ! 先生、実は今日ナッキが偶然ミミズっていう虫を食べてしまったんですが、近くに居た大きな鮒からミミズは食べると危険だと教えられたんです!」
緊張して上手く話せないナッキを見かねてヒットが助け舟を出し、オーリも続けて口を開いた。
「そうなんです先生、その場で何が危ないのか尋ねたんですが、学校でしっかり教えてもらう方が良いと諭されただけで詳しく教えては貰えなかったんです! それと、その方が仰ってたんですけど、命に関わる事柄だと聞いてしまって…… 私達、特にミミズを食べたナッキは一番、その不安と言うか…… 怖くなってしまったんだと思うんです、ね、ナッキ?」
「うん…… 先生、そうなんです」
ナッキは最後だけ二匹の言葉を肯定すると、サッと皆と同じ高さに戻った。
教師役の鮒は、笑顔のままで聞いていたが、やおら真顔に変わって生徒達に話し始める。
「なるほど、君達はまず、その教えてくれた鮒に感謝しなければならない、という事を言っておこう! これらの非常に繊細な話をするのは、やはり我々教師の仕事なんだと思うからな」
そう言うと、一旦言葉を切って目を閉じ、少しの間思いを巡らした後、再び話しだした。
「まず最初にミミズの事から話しておこう、ナッキ以外にミミズを見た事や、食べた事がある者はいたかな?」
ナッキを除く全員が一様に首を横に振って問い掛けを否定して見せた。
「そうか、結論から言ってしまうが、ミミズと言う虫は我々の食物の中でも最も美味、つまり美味しいと言われている滅多に口に出来ない、まあ、言ってみれば特別なご馳走の事だ! もちろん食べる事で体調が悪くなったり、病気になってしまうような事もない! それ自体には何の危険もないし、特段の注意を払う必要など無いっ! 無いのだが、しかし……」
そこまで話すと、もう一度言葉を切って、生徒達の顔を覗き込む様に声を落として続けた。
「釣りに使われるんだ……」
そう言うと、教師役の鮒は一度身震いをして見せ、厳しい顔で生徒達の反応を待っていた。
若い鮒たちは次第にぼそぼそと互いに囁き合っていたが、暫くすると再び静かになり、それを待って、オーリが代表するように更なる質問を重ねた。
「先生、その釣りっていうのはどんな事なんですか?」
「っ! そ、そうか、皆は釣りを知らんのか? うん、それもそうだな…… 若い君らが知らんのも無理は無い、昔は親が子に最初に教える事が一般的だったんだが…… これも時代の流れと言うものかも知れんな、よろしい、説明しよう! えー、釣りと言うのは、ある生き物が我々魚を捕獲する為に使う非常に残酷な罠の事だ、ミミズの様に我々が好む餌に鋭いかぎ状の針を潜ませ、うっかり食べてしまった魚の口や顔を貫いて傷つけ、抗い苦しみ抜かせた後、水中から引き上げ、息も出来ぬ地上へと連れ去る、卑劣極まる、唾棄(だき)されて然(しか)るべき我ら魚にとっての一番忌むべき災厄、それが釣りなのだ」
若い鮒達は揃って無言になり、初めて聞かされた釣りの恐怖を各々理解していった。