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錬金術師ギルドからお屋敷に急いで戻ると、時間は15時前。
先日受けた依頼……調達局の依頼品を納品する時間だ。
一旦部屋に戻ると、ほっと一息つく間も無く、キャスリーンさんが来客を告げにきた。
キャスリーンさんは昨日、ファーディナンドさんを見て気を失ってしまったが、夜からは仕事に戻っていた。
何度も謝られて取り乱す場面もあったけど、そのときも抱き締めてあげて、事無きを得ていた。
……とりあえず、今は大丈夫かな?
そんなことを思いながら、私は来客の応対へと向かった。
「――アルヴィンさん、いらっしゃいませ。
スリッタさんもお久し振りです」
「……ッ!!
わ、私のことも覚えていてくださったんですね!」
思わず……といった感じで、名前を呼ばれたスリッタさんが嬉しそうに言った。
スリッタさんというのは、調達局に所属している検品担当の青年だ。
前回納品したときも現地検品の作業をしていて、私とはそのときに挨拶を交わしていたのだ。
「ははは、良かったな。
スリッタはどちらかと言うと裏方だから、いつも名前を覚えてもらえないんですよ」
「そうなんですか? あんなに一生懸命、お仕事をされてますのに」
「いやいや! 私なんてそんな大したものではありませんので!
アボット上長官、あまりからかわないでくださいっ!」
「ははは、すまんすまん。
さて、アイナさん。納品の流れは先日と同じでよろしいですか?」
「はい、大丈夫です。
それでは工房の方まで、馬車をお願いしますね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車を工房の横まで入れてもらい、その側に今回納品するものをずらっと並べる。
前回と違って今回は爆弾だけでは無いから、検品する方もなかなか大変だ。
スリッタさんは2人の部下を使って、慌ただしくも丁寧に検品の作業を進めていた。
「――ところでアイナさん。仕事とは関係ない話を、少し良いですか?」
「え? はい、どうぞ?」
「……アイナさんって、彼氏はいますか?」
「ぶはっ!?」
思わぬ質問に、私はつい噴き出してしまう。
「ざ、残念ながらいませんよ? っていうか、まだまだ錬金術の修行中ですし……!」
――という理由にしておこう。
別に異性との付き合いは求めていないし、単純に『いない』と言えば、『それなら』と話が進んでしまうかもしれないし。
「ふむ……、さすがSランクの錬金術師ですね。
色恋沙汰にうつつを抜かしている場合では無い……と。ふむ、感心感心」
私の答えを受けて、アルヴィンさんは納得するように頷いた。
「えぇっと……、どういう意図の質問だったんですか?」
「いえ、なに。スリッタがアイナさんに好意を持っているようなので、合コンなどはいかがかなと思いまして」
「はぁ……」
合コンって、どこの世界にでもあるものなんだね……。
ちなみに元の世界では1回だけ参加したことがあるけど、一次会で早々に帰ったという微妙な思い出しか残っていない。
「もし興味があるようでしたら、調達局の誇る未婚の男性を揃えましょう。
その際はアイナさんも、女性の知り合いに声を掛けて頂いて――」
「お断りします♪」
「そ、そうですか……。それではそのように、スリッタに伝えておきます」
誰か特定の想い人がいるなら、合コンになんて頼らずに直接いけばいいのに――
というのは無慈悲な意見か。みんながみんな、そういう勇気を持ってるわけではないからね。
でもまぁ、どっちにしても今回はごめんなさい、っていうことで。
「――アボット上長官! 現地検品、問題ありません!」
「うむ、了解した」
「アイナさん、今回もすべてがS+級でした!
本当に素晴らしいです……!!」
「ありがとうございます!」
検品を終えたスリッタさんが、満面の笑みを浮かべながら褒めてくれた。
どこか罪悪感を覚えつつも、私は私で笑顔を返す。……何となく、自分のことが悪女のように思えてきた。
スリッタさんの部下たちは、そんな光景を見ながら口元を緩ませているようだった。
ちょっとあなたたち、そんな温かい目で見ないでください。
「そうそう、スリッタ。
アイナさんは先日、ルーンセラフィスの大聖堂で大きな儀式を行ったんだぞ?」
「え? ああー! もしかして『浄化の結界石』の儀式ですか!?
あれってアイナさんの主催だったんですね……!!」
「そうですね。ちょっと使い道がありまして……。
無事にそれも終わりましたし、今はひと段落っていうところです」
「凄いですね……。でもあの儀式って、確かお金もかなり――
……あっ! し、失礼しました!!」
「いえいえ。実際、結構掛かりましたので」
金貨1000枚というのは個人で出す金額では無いけど、逆に言えば、私はそれだけ錬金術に人生を捧げているということだ。
アルヴィンさんはスリッタさんに、そこら辺を上手く含めて、このあと伝えてくれるのだろう。
……って、そのためにこの話を出したんだよね?
「アイナさんはきっと、国王陛下の夢を叶えてくれるおつもりだ。
うん、アイナさん。しっかりお願いしますよ!」
――違った!!
「ま、まぁ……。あはは……」
少しがっくりしながら、思わず中途半端な返事をしてしまう。
でも『賢者の石』を作るポーズさえ取っていれば、時間は稼げたりするのかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
現地検品が終了すると、アルヴィンさんたちは帰っていった。
不意の色恋話は出てきたものの、それ以外は何の問題もなく終わった感じだ。
まぁ、その色恋話も潰しておいたつもりだけど……。
「――さて、少し暗くなってきたかな?」
時間は17時前。
夕飯の時間を考えると、何をするにも微妙な時間かもしれない。
微妙な時間をどう過ごそうかと考えながらお屋敷に戻ると、キャスリーンさんが玄関に立っていた。
特に、何をしているようにも見えないけど――
「……キャスリーンさん? どうしたの?」
「あの……アイナ様、少しお話をしたくて……。
お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「ちょうど暇になったから大丈夫だけど、仕事は大丈夫?」
何せ今は、夕食の準備をする時間帯だ。
さすがにその時間、持ち場を離れるのはまずいだろう。
「実は……今日はもう、お休みを頂きまして」
「そうなんだ? やっぱり体調がまだ悪いのかな。……倒れたの、昨日だもんね」
「は、はい……!
でもそれより、少しお話をしたいなって思いまして……」
「うん、分かった。それじゃ、お話しよっか。
えっと、場所は――」
「もしよろしければ、アイナ様のお部屋は……ダメでしょうか」
「え? 別に良いけど……」
えーっと……、変な物は出していなかったよね?
いや、あんまり変な物は持ってないけど……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私の部屋でキャスリーンさんに座るように促すと、彼女はベッドにちょこんと座った。
あ、あれ? 椅子があるよ、椅子――
……とは思ったものの、彼女はこういう場合、ベッドに座るように教えられてきたのだろう。
何せ、前の主人が『あの人』だもんね……。
そんな指摘をしても恐縮してしまうだろうから、そこは黙って、私もキャスリーンさんの横に座ってみる。
「ゆっくりしていってね。あ、お茶でも入れようか?」
「あ……。気が付かなくて申し訳ありません! ただいま――」
「いやいや! キャスリーンさんはもうお休み中でしょ?
そこに座って待ってて!」
キャスリーンさんの動きを制して、アイテムボックスからお茶のセットを出して、さっさと準備を始める。
ここら辺はもう手慣れたものだ。
「はい、どうぞ!」
「ありがとうございます……。何も無いところでお茶の準備ができるなんて、凄いですね……!」
「準備はいつもしてあるようなものだからね」
私だって、アイテムボックスが無ければこんな芸当はできないのだ。
……そういえばキャスリーンさんは収納スキルを勉強中なんだっけ?
それならいつか、同じことができるようになるかも――……って、お湯が無理か。あれは錬金術で作っているものだし。
「……すいません、アイナ様。あの、お願いがあるのですが……」
「うん? 何かな?」
「あの……。
私のこと、抱いて頂けませんか……」
「ふぇっ!?」
「あ、あの……。
ダメで……しょうか……」
「え、えーっと……?
私は女の子に、そういうことをする趣味は無いよ? も、もっと自分を大切にしないとダメだよ?」
「え……?
……あっ、ち、違います! そういう意味では無くて……っ!
こう、私が取り乱しているときに、やって頂いたような……」
「あ、ああ……そういう意味ね! あぁ、びっくりした……。
それじゃ、はい」
キャスリーンさんとの間を詰めて座り、両手で抱き締めてあげる。
そういえば確かに、取り乱したときにはいつもこうしてあげてるなぁ。
こんなことで少しでも心に平穏が訪れるなら、それはそれでとっても嬉しいことだけど……。
でもこれ、ご主人様が男性だったら、そういう展開になっちゃうよね……?