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朝、いつものように朝食をとっていると、途中でミュリエルさんが食堂にやってきた。
給仕は他のメイドさんがやっているから、ミュリエルさんはここでの仕事は無いはずなんだけど――
ついついその場の全員で、ミュリエルさんを見つめてしまう。
「お食事中に申し訳ありません。お客様がお見えなのですが……」
「え? こんなに早く? 誰?」
「大聖堂のレオノーラ様からの、使いの方だそうです。
……それで、エミリアさんに取り次ぎをお願いしたいと」
「えっ、わたしですか!?」
思わぬ指名に、エミリアさんが驚きの声を上げる。
「はい。できるだけ急いで、ということでした」
「うーん……何でしょうね?
すいません、アイナさん。ちょっと行ってきますね」
――5分ほどすると、エミリアさんは少し険しい顔をしながら戻ってきた。
「お帰りなさい。何だったんですか?」
「いえ、時間ができたら大聖堂まですぐ来るように……って。
少しくらい、用件を伝えてくれても良さそうなものですが……」
「そうですね……。
でも使いを寄越すくらいですし、早めに行った方が良いですね」
「朝食が終わったらすぐに行ってみます。
……今日は、アイナさんと遊びたかったのに!」
「あはは、何事も無く終わったら何かして遊びましょう。
ひとまずは心配事を潰しておかないと」
「はい! それとせっかく大聖堂に行くので、今日も少し部屋を片付けてきますね。
戻りは夕方くらいになると思います」
「分かりました。私も、錬金術師ギルドに行ったりとかしてますね」
「テレーゼさんにもよろしくお伝えください!」
エミリアさんも私から話を聞いて、テレーゼさんの心配をかなりしてくれていた。
テレーゼさんも回復してきたから、たまには食事を一緒にしても良いかもしれない。
「そのうちまた、ご飯に行きましょう。
テレーゼさんも、少しずつ良くなってきているので」
「わーい、良いですね! 楽しみにしておきます♪」
「それも伝えておきます! では朝食も、さっさと済ませてしまいましょう」
その後は幾分か口数も減り、いつもより早めに朝食の時間が終わった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつも通り昼前に錬金術師ギルドに行くと、テレーゼさんは倉庫整理の仕事をしていた。
元気が戻ってきたから、身体を動かすような仕事にまわしてくれたのだろう。
書類整理は集中力も要るし、そればかりだと飽きてしまう。
ここら辺で身体を動かす仕事を振るというのは、なかなか良い采配な気がする。
――そんなわけで、以前に美味しい思いをしたこともあるので、倉庫整理は私も手伝うことにした。
今回も雑多にごちゃっとしている倉庫だから、テレーゼさんだけでは大変そうだ。
「……すいません、アイナさん。お給料も出ないのに」
「いえいえ! 良いアイテムが出てきたら優先的に売ってくれるって話ですし、大丈夫ですよ!」
それは、ダグラスさんからの配慮だった。
基本的にはタダ働きだから、それくらいは……ということと、あとはテレーゼさんの面倒をみている件の感謝の意味もあるのだとか。
何か掘り出しものがあれば、値段も多少は安くしてくれるそうだ。
……ちなみに今のところ、めぼしいアイテムは何も見つかっていない。
「ひゃぅっ」
ガシャーンッ!!
突然響いた声と音に驚いて振り返ると、テレーゼさんが豪快に石の入った瓶をぶちまけていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「は、はい……!
あー、でもちょっと擦りむいちゃいました……」
とほほ……、といった感じで切なそうに笑うテレーゼさん。
まぁまぁ、ここはさっさとポーションで治してあげよう。
アイテムボックスから初級ポーションを出して――
「この倉庫もホコリが溜まっていますし、危ないから治しちゃいますね」
「これくらいの傷にポーションだなんて――
……ああ、すいません。ありがとうございます……」
拒否権は認めないので、さっさとポーションを振り掛けてあげる。
擦り傷は柔らかい光に包まれて、見る見るうちに癒されていった。
「いえいえ。しかし、思いっ切りぶちまけましたね……。
これはこれで、床がキラキラしていて綺麗ですけど」
「……自分で片付けなきゃいけないというのが無ければ、私も素直にそう思えたかもしれません……」
確かにそうかもしれない……。
それにしても改めて見てみると、いろいろな感じの石がたくさん散らばっている。
ちゃんと分別しないで、適当に瓶の中に放り込んだんじゃない? ……そんな思いが出てくるほどだ。
となれば、一応は鑑定しておこうかな。
えいっ、全部かんてーっ。
鑑定スキルを使うと、大量の情報が流れ始める。
そんな中、私はひとつの鑑定結果に目が止まった。
──────────────────
【風の封晶石】
風の力を増幅させる結晶体。高度な製造で使用する
──────────────────
「……おぉっ!?」
「え、どうしたんですか!?」
思わず発した私の声に、テレーゼさんが驚いた。
私は『風の封晶石』を床から拾って、テレーゼさんに見せてみる。
「これ、かなり貴重な石なんですけど……。さっきの瓶に入っていたみたいです」
「えー。さっきの瓶、ゴミ扱いだったんですよ!?」
「えぇ……?」
ちょっと、錬金術師ギルドさん! ちゃんと仕事してください!
「でもゴミだっていうなら、こっそりもらっちゃえば良いんじゃないですか?
私、黙ってますよ」
「嫌ですよー!
こういうのはちゃんと、お金を払って手に入れないとダメです!」
「真面目ですね!」
「真面目ですとも!」
そのあと、『風の封晶石』はダグラスさんに報告をして、金貨90枚で買い取ることができた。
これで4属性……光・火・水・風が揃ったことになる。あとは闇と土だね!
……まぁ全部を揃えたところで何を作るとかは無いんだけど、ここはコレクター心理というやつかな。
それに『火の封晶石』はレオノーラさんからもらったものだから、作るにしても自分用の何かを作りたいしね。
例えば六属性を全部揃えて、それをふんだんにあしらったアクセサリとかでも……って、さすがにそれは無駄遣いが過ぎるか。
……あれ? もしかして『火の封晶石』も、今回と同じくらいの値段だったのかな……?
レオノーラさん、私のプレゼントに奮発しすぎじゃないですかね……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
倉庫整理が終わったころには、すでに夕方になっていた。
家路について、一人で夕暮れの綺麗な赤い空を見上げて歩く。
これを見ているだけで、今日一日の疲れが取れていくような気がする――
「――貴女、アイナさんよね?」
「え?」
耳元で突然聞こえた声に反応すると、少し年上の、とても美しい女性が私に話し掛けていた。
「ふぅん……?
こうして見ると、何ともすっとぼけたお顔をしているのね」
――は?
いやいや、確かにそういうあなたは綺麗だし、高貴な雰囲気はあるし、近寄りがたい雰囲気もあるけど――
いやいや、それにしても初対面の人に『すっとぼけたお顔』は無いでしょう!?
「えぇっと……、どこかでお会いしたことは、ありましたっけ……?」
記憶を辿ってみるも、こんな人には会ったことがない。
いや……でも何だか、どこかで見たような記憶が……あるような、ないような。
「ふん。あのとき目が合ったと思っていたけど、記憶力も悪いのかしら?」
その女性は、私を蔑むような目で見てきた。
ああもう、このパターンはどうせどこかの偉い人なんだろうけど――
「記憶力は人並みのつもりですよ!!」
――こちらもついつい、言葉に不快感が混じってしまう。
「あらあら、そんなに興奮なさらないで? 度量も狭いのね。それでSランクの錬金術師だなんて――
……ハッ! 錬金術師ギルドも、ずいぶんと頼りなくなったものねぇ?」
「何なんですか、あなたは。あんまりからかわないでもらえますか?」
「これはごめんなさい。レオノーラがいつも世話になっている、って聞いていてね」
「……レオノーラさん?」
思わず出てきた名前に驚く。
もしかして、レオノーラさんの知り合い――
「オティーリエ」
「……え?」
「私の名前は、オティーリエ・アルナ・トゥール・フォンセ・ヴェルダクレス――
記憶力が悪いのなら、最初だけ覚えてもらえば構わないわ。
レオノーラの知り合いだし、普通に呼ぶことを許してあげる」
「オティーリエ……、さん? あなたが――」
それは王都に来て以来、何度も聞いてきた名前。
エミリアさんの苦手な人。レオノーラさんが慕っている人。そして、『王族に伝わる試練』を受けに王都を離れていた人。
オティーリエさんは、私の視界に1回だけ入ったことがある。
王様に謁見したとき、その場にいたたくさんの王族の中の一人――
「ふふふ、やっぱり知っているわよね? それじゃ、今後とも末永くよろしく。
……そうそう、貴女に言っておかなきゃいけないことがあるの」
「え?」
私に言うこと? 今まで何の関係も無かったのに、私に言うことなんて――
「――貴女の頼れる騎士様。貴女にはもったいないわ。何より、あの方が可哀想……。
だからね……ルーク様は、私が必ず奪ってあげるから……ッ!!」
静かでいながら、強い怒りを秘めた目で睨みつけられる。
私はそれに怯んでしまったが、それを確認すると、オティーリエさんは清々しい表情を残して私の前から去っていった。
「なん……なの……?」
私の身体から力が一気に抜ける。あわや、その場に崩れ落ちてしまうところだ。
そして初対面で植え付けられた、大きな苦手意識……。
……ふと空を見上げてみると、血のような赤い夕焼けが一面に広がっていた。
それは見ているだけで、何とも心を締め付けてくるような――