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鷹槻れん

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#極道
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「芽生……ちゃん……?」
痛いぐらいの力で捕まれた左手首に眉をひそめながら声のしたほうを振り向けば、いま芽生が一番会いたくない相手――細波鳴矢が立っていた。
炎に赤く照らされた細波の顔はいつもより不気味で、芽生は無意識に彼から距離を取ろうとした。けれど掴まれた腕のせいで離れることが出来なくて、仕方なく「あの……細波さん、手を……」と抗議の声をあげる。
細波は幽霊でも見ているみたいにそんな芽生のことをじっと食い入るように見詰めてから、ややしてホゥッと吐息を落とした。
「良かった。無事……だったんだね。出火当時、家に電気が付いたままだったって聞いたから僕はてっきり……」
つぶやくなり、感極まったみたいに芽生をギュッと抱き締めてくる。
「――っ!」
突然の細波からの抱擁に、芽生は〝やめて!〟という声すら出せなくて、ただただ身体を固くするしか出来なかった。
引き寄せられ、細波の胸元へグッと鼻先を押し付けられているせいで思わず吸い込んでしまった強すぎる香水のニオイに混ざって、どこかで嗅いだことのある香りが混ざっている気がしたけれど、家が燃える異臭にかき消されて上手く思い出せない。
「あ、あの……さ、ざなみさっ、苦し……っ」
いろんな意味で息苦しくて、やっとの思いでジタバタと身じろぎながら放して欲しいと意思表示すれば、細波がハッとしたように「ごめんね」と言って腕を緩めてくれた。
そのことにホッとして距離を取ったと同時、握られたままだった左手首に加えて、買い物袋を手にしたままの右手首も掴まれて、「ね、芽生ちゃん。家があんなじゃ身を寄せる場所がないよね? とりあえず落ち着き先が決まるまで僕ん家においで?」とか。
芽生は、一瞬何を言われているのか分からなかった。そんなことより手を放して欲しい。
「ね、芽生ちゃん、返事はもちろん『はい』だよね?」
細波越しに見える向こうの方では、芽生が施設を出てからずっと慣れ親しんできた我が家がズタボロになっている真っ最中。
時折パリンッ!と弾けるような鋭い音がするのは、熱に耐えきれなくなった窓ガラスが割れているんだろうか。
芽生の心は九割以上そちらに向いている。まるでその間隙を狙いすかしたみたいに答えを迫られても、芽生は正直上の空だ。
「私の……家……」
細波の質問を無視してポツンとつぶやいたら、「そう! 今燃えてるのは芽生ちゃんの家だよ!? 見たら分かると思うけど、あんなじゃもう住めないよね!? だから僕の家においでって話をしてるんだけど……芽生ちゃん、ちゃんと僕の話を聞いてくれてる!?」と、何故か苛立ったみたいに再度畳み掛けてくる。
分かっていても、酷いことになっているのは自分の家だと改めて他者の口から聞かされるのはものすごいショックだ。芽生は配慮のない細波の言動にいたく傷ついて、信じられないモノを見るみたいに呆然と眼前の男を見詰めた。
「ったく、そんなにぼんやりしてたんじゃ、路頭に迷うの決定じゃないか。ってことで、芽生ちゃん。うちに来るんでいいよね!?」
グイッと掴まれたままの腕を引かれて火災現場から引き離されそうになった芽生は、懸命に足を踏ん張った。
現状はどうあれ、自分があの家の住人である以上、何もしないままにこの場を立ち去るのは違うというのだけはぼんやりした頭でも分かる。
細波はそんな芽生に舌打ちをすると、
「事後処理なら僕がちゃんとやってあげるから……!」
言って、芽生の手をグイグイ引っ張ってくるのだ。
(細波さんは、どうしてそうまでして私をこの場から引き剥がしたいの?)
思考の鈍った頭でそんなことを思っていたら、細波のすぐ後ろに大きな人影が立った。
こんなに人だかりが出来ているというのに、みんなその長身の男を恐れるみたいに、彼の周りだけ不自然に空間が空いていく。
「せっかくの申し出だがなぁ、その必要はねぇよ」
そんなに声を張り上げたわけではないのに、ガヤガヤと騒がしい喧噪の中にあって、その男の声は不思議とよく響いた。
「京ちゃ……」
京介の登場に、細波が芽生の腕を握る力が一瞬だけ弱まって……芽生はずっと会いたくて仕方なかった京介の名を呼ぶと、倒れ込むみたいに京介の腕の中へ飛び込んだ。
「芽生。遅くなってすまなかったな」
片腕で、今にも崩れ落ちそうな芽生の身体をグッと支えるように抱き留めてくれると、京介が申し訳なさそうに空いた方の手で芽生の背中を優しく撫でてくれる。その温もりを感じた途端、芽生は張りつめていた糸が切れたみたいにポロポロと涙をこぼして泣いてしまっていた。
「京ちゃ……、どうしよぉ……。私の……家、が……っ」
わざわざ伝えなくても見れば一目瞭然だ。そう分かっていても、芽生は大好きな京介に、家がなくなってしまったことを言わずにはいられなかった。
京介は上手く言葉に出来ない芽生の気持ちが分かっているみたいに、ただ静かに背中をトントンとあやすように撫でながら、途切れ途切れにしか紡げない芽生のつたない言葉を何も言わずに受け止めてくれる。
先程、細波は芽生の感情なんてお構いなしに自分の言いたいことばかりをぶつけてきた。対して京介は口調こそ荒っぽいけれど、いつもこんな風に芽生の気持ちを一番に汲んだ対応をしてくれる。そういうところが好きで好きでたまらないと実感させられて、緊急事態だというのに胸がキュンと高鳴った。
***
「千崎、悪ぃーんだけどな、細波を安全なところまで送り届けてやってくんねぇか」
京介の腕の中で聞く大好きな人の声は、押し付けたままのおでこを伝わって、幽かな振動とともに芽生の中へじんわりと伝わってくる。
芽生を抱きしめたまま京介が告げた言葉に、「かしこまりました」と落ち着いた声音が返って、芽生は(あれ? 京ちゃん、誰と話してるの?)と今更ながらに思う。
そこでやっと京介が今言った言葉をぼんやりした頭の中でコロコロと転がして、ややして「千崎さっ!?」と相手の名に思い至るなり慌てて京介から離れようとした。
パニック状態のせいで京介しか見えていなかったけれど、今の感じからすると自分たちのすぐそばにはいつも京介を補佐している秘書のような存在の千崎雄二が控えていて、芽生が泣きじゃくりながらわけの分からないことを京介に訴えて縋りついている様も、しっかり見られていたということではないだろうか?
千崎の年齢は恐らく京介より十以上は上だ。だからかも知れないが、仕えているはずの京介のことも、しょっちゅう歯に衣着せぬ物言いで窘めているのを見かけるし、それはしばしば芽生に対する京介の言動に対しても発動される。孤児の芽生には経験がないけれど、お父さんがいたらきっとこんな感じなんだろうな? と思う反面、芽生はそんな千崎のことがちょっぴり怖かったりもする。
そんなこともあって、(このままではまた京ちゃんが千崎さんに叱られちゃう!)と気が付いて、京介から慌てて離れようとした芽生だったのだけれど、背中に添えられた京介の手が何故かそれを許してくれない。
「あ、あの、京ちゃ……?」
仕方なく京介の腕の中でもじもじと身じろぎながら彼を見上げたら、「バカ娘。足、まだふらついてんだろーが。遠慮せず俺に引っ付いとけ」と保護者の顔で言い切られてしまう。
こういう過保護モードな状態に入った時の京介は、何を言っても聞いてくれないのだ。
長い付き合いでそれを知っている芽生は、京介と密着しているのをいいことに心の中で千崎に『ごめんなさい』と謝りながら、京介から離れるのを早々に諦めた。だってこうやって京介の胸元に顔を埋めていれば、千崎の怖い顔を見なくても済むのだから。
千崎が「放せよ! 僕は一人で帰れる!」と抵抗する細波を数人掛かりで連れ去る気配が遠ざかると、
「子ヤギ、ちぃーとしんどいかも知んねぇが、消防の方へ説明できるか?」
京介が芽生を見下ろしてそう問いかけてきた。
もちろん、それはしなければならないことだと芽生も思っていたけれど、何故無関係のはずの京介がこんなに申し訳なさそうな顔をするんだろう?
「あ、あの……京ちゃん、私……」
――それは自分の責務だし、確かにつらいけれど頑張れるよ?
そう告げようとした芽生だったのだけれど。
「もちろん一人で行けとは言わねぇ。頼りねぇかも知んねぇが、俺も付いてってやるから」
予期せぬことを言われて、芽生は思わず「えっ?」とつぶやいて京介をじっと見上げた。泣きまくった目元はこすりすぎたのか、火災現場から吹き付ける熱風にさらされて、ピリピリと痛んだ。
そんな芽生の頬を優しく労うように撫でてくれてから、京介が続けるのだ。
「お前、俺に助け求めてくれてたのに気付くの遅れちまったからな? そのせいで変な男にも絡まれちまったし、心細かったろ」
ポンポンと頭に載せられた大きな手は、小さい頃から慣れ親しんだ感触だ。
芽生は昔からどんなにつらいことがあっても、不思議と京介に撫でられると、しんどい気持ちがふんわりと軽くなっていた。好きな男性の癒し効果はそのくらいに絶大なのだ。
「大丈夫。だって……京ちゃん、ちゃんと来てくれたもの」
芽生がポツンとつぶやいてニッコリ笑ってみせると、京介が「それにしても、だ。――俺が来るまでこんなちっこい身体でよく頑張ったな?」と褒めてくれるから。芽生は京介から『もう肩ひじなんか張らず、俺に寄り掛かってもいいんだぞ?』と甘やかしてもらえているように感じた。
***
消防隊員への説明の後、警察にもほぼ同じ内容――氏名、年齢、生年月日、中に他の人は残っていないか、建物の構造――などを話して……。流れで出火原因の心当たりなども聞かれた芽生は、火災発生時、家にいなかったので分かりません、と伝えるしかなかった。
照明をつけたまま出掛けたのは確かなので、その辺りからの漏電などもあったのかもしれないけれど、帰宅後は手を洗ったくらいで火を使うようなことはしなかったことなども話した。
別に事情を淡々と聞かれただけで責められたわけではなかったけれど、解放された頃にはへとへとだった。
この上、今夜寝るところの確保までしなくちゃいけないのか……と芽生が吐息を落としたと同時、京介から「うちに来い」と誘われたのだ。
「……いいの?」
「いいも何も。そうしてもらわにゃ俺が不安なんだよ」
「けど、その……め、迷惑じゃ、ない……?」
今まで京介が芽生の家や職場まで迎えに来てくれて、食事などへ連れて行ってもらうことはあっても、京介の家へ行ったことなんて一度もなかった。その家に招待されたのだ。不安に思わないわけがない。
「は? なんで迷惑?」
「だって……」
芽生はモゴモゴと口ごもってから、言いにくそうにぼそぼそと理由を述べた。
「きょ、京ちゃんも、その……お、大人の男性だし。ほら……か、彼女さんと同棲しているとか、実はもう結婚してて、奥様やお子さんが家で待っているとか、そういうのだったりしないかな? って」
芽生は子供の頃からずっと京介のことが大好きで、彼以外の男性に目を向けたことはなかった。現に、養護施設から独り立ちした時、無謀にも京介に『私が三〇歳になっても独身だったらお嫁さんにしてね』と【婚姻届】を渡したことさえある。京介はそれを苦笑しながらも受け取ってくれたけど、きっと子供が駄々をこねているくらいにしか思わなかったに違いない。
あの時は京介がすでに妻帯者かもしれないとか、恋人がいるかも知れないとか、そんな可能性にさえ思い至る事も出来ないくらい考え方が稚拙だったけれど、京介ほどの男に女性の影がないこと自体あり得ないではないか。
そもそも芽生にとって京介は憧れの男性で、恋愛対象だけれど、京介はきっと違う。芽生のことは良くて妹、悪くて娘くらいにしか思っていないはずだ。
何より京介は惚れた弱みという欲目を差し引いてもかなりかっこいいし、きっと女性が放っておかないだろう。
そんなのは分かっていても考えたくなくて、頭の中から追い出すようにしてきた芽生である。でも、今回だけはそこをスルーするわけにはいかなくて……芽生は、あえて目を逸らしていたことを思い切って京介にぶつけてみたのだ。
だが、芽生が不安に駆られて瞳を揺らせた途端、京介がブハッと吹き出して「バーカ。そんなんいたら、こんなにお前に構ってられるかよ」と一蹴されてしまう。
「本当?」
「残念ながら本当だ。……男の一人暮らしの家はイヤか?」
どうやら今まで京介が家に誘ってくれなかったのは、それが理由らしい。
「俺はお前を娘みてぇーに思ってっけど……そうは言っても他人の、しかも男だからな。ひょっとして俺の家に来るのは怖ーか?」
(娘……)
芽生がそこにショックを受けて何も言えずにいると、「お前がどうしても不安だってんならホテルを手配することも出来るが」と続けられて、芽生は慌てて首を振る。
「わ、私っ京ちゃんの家に行きたい! 京ちゃんと一緒がいい!」
家が燃えたお陰で憧れの人と一緒に住める! って喜ぶのは、罰当たりだろうか?
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みぅ🤍🥀です。 第3話、読み終わりました……。芽生ちゃんの家が燃えてしまって、しかもあの細波さんが執拗に絡んでくる展開、すごく胸が苦しかったです。でもそんな中、京介さんが颯爽と現れて「遅くなってすまなかった」って抱きしめてくれるシーン、本当に救われました。「娘みてぇーに思ってる」って言われてショック受ける芽生ちゃんの気持ち、めっちゃ分かる……。憧れの人と一緒に住める喜びと罰当たり感の葛藤、続きが気になります!🥀