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#希望
#感動的
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◇◇◇◇
王城の白壁が、朝の光を受けて静かに輝いていた。
バリスハリス王国の象徴。
帰るべき場所。
その光景を、セレナはしばらくのあいだ見つめていた。
やがて視線を落とす。
石畳の先、城門の向こう。行き交う人影の中に、ヴァルディウス王国へ向かう荷馬車の姿を探す。
だが見つからない。
「探しても無駄だ」
セレナの背後から、レオニスの声が聞こえた。
「ヴァルディウス行きの馬車は、もう出ていない」
振り返る。
「……レオニス様」
そこに立っていたのは、王ではなく、一人の男の顔をしたレオニスだった。
距離を詰めてくる。
「ひとりで行くつもりか」
問いは短い。
「……魔族を、冥界へ送り返します」
セレナは目を逸らさずに答えた。
「どうやって」
「……魔法で、です」
わずかな間。
レオニスの視線が、セレナの奥を覗き込むように細められる。
「その魔法は、ヴァルディウス王国に入れば使えるのか」
踏み込む。
「それとも、魔族と対峙しなければならないのか」
「……」
セレナは口を開けるが、声が出ないと口を閉じる。
答えないことで、答えが露わになる。
「……後者だな。なら、セレナひとりでは無理だ」
セレナの眉がわずかに寄る。
「どうしてですか」
「相手は王妃だ」
視線が鋭くなる。
「王城に入る必要がある。そこまでの道中、何も起きないと思うか?」
現実に不可能だとレオニスが言う。
「魔族が、何もせずに待っているとは思えん」
セレナは、わずかに唇を噛む。
「……レオニス様は知らないでしょうけど。私、魔族とやりあえるくらいには強いんですよ」
レオニスは、ふっと息を吐く。
「無理に強がらなくていい」
一歩、近づく。
「俺も行く。それを伝えに来た」
「ダメです」
食い気味な即答。
「どうしてだ」
「レオニス様は王です。弾除けにするわけにはいきません」
その言葉に、レオニスはわずかに目を細める。
「弾除け、か」
小さく笑う。
「セレナ。お前は、それほどの女だ」
一歩、さらに詰める。
「俺が危険を冒してでも守りたいと思うほどにな」
その言葉は、まっすぐだった。
「それに……」
わずかに口元を歪める。
「簡単なんだろう? 魔族を送り返すのは」
挑発にも似た響き。
セレナの表情が、曇る。
「……できません」
絞り出すような声だった。
空気が変わる。
「一度、命を懸けた」
レオニスは続ける。
「二度も三度も、変わらん」
「ダメです」
セレナは首を横に振る。
「来ないでください」
拒絶。
だが、それは彼を遠ざけるためのものではなかった。
巻き込まないための、必死の線引き。
「俺の持つ国宝、魔剣ディスパテルはな。絶大な脅威から国を守ったとされている」
腰の剣に、軽く触れる。
「俺の剣が、魔族に届くかもしれん」
「……そんな伝承、聞いたことありません」
即座に返す。
だが、その声はわずかに揺れていた。
「セレナ」
名前を呼ぶ。
「お前が生贄になる必要はない」
その言葉に。
セレナの動きが、止まった。
「……知ってたんですか」
驚きに満ちた声。
「顔を見れば分かる」
レオニスは言う。
「恐怖が張り付いている」
隠しきれていなかった。
最初から。
ずっと。
セレナは、ゆっくりと目を伏せる。
「……私は」
言葉を探すように。
「魔族を冥界に送ることから、逃げたんです」
小さく、しかしはっきりと。
「だから、生き残った」
風が吹く。
その音だけが、間を埋める。
「その償いで……人を救ってきました」
瞳に涙を溜める。
「病も、怪我も、呪いも」
すべて。
その罪から目を逸らすために。
レオニスは、何も言わずに聞いていた。
そして。
「……それでも、俺は行く」
短く告げる。
揺るがない声音。
「ダメです」
「もう決めた」
間は置かない。
その言葉と同時に。
レオニスの手が、セレナの腕を引いた。
抵抗する間もなく。
距離が、消える。
そして、
唇が、重なった。
言葉では届かないものを、押し込めるように。
一筋の涙が頬を伝った。