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◇◇◇◇
ヴァルディウス王城、謁見の間。
かつて王が国を見渡していたその場所は、いまや別の気配に塗り替えられていた。
高い天井。大理石の柱は清潔を保っているはずなのに、その奥に沈む空気は濁り、淀み、呼吸すら重くする。
玉座に腰掛けているのは、王ではない。
王妃アメリア。
その小柄な身体は深く背もたれに沈み込みながらも、どこか支配する側の余裕を漂わせていた。肘掛けに置かれた指先が、退屈そうに、しかし規則正しく音を鳴らしていた。
乾いた音が、広い空間に不自然に響く。
その正面。
鎖の音が、かすかに鳴る。
星篝の魔女、リースペイト。
両手首には重い拘束具。魔力を封じるそれは、彼女の存在そのものを押さえつけるように鈍く光っていた。垂れた鎖が床に触れ、わずかに擦れるたび、耳障りな余韻を残す。
それでも、彼女の瞳は死んでいない。
まっすぐに、玉座を見据えていた。
「星篝の魔女」
アメリアが、ゆっくりと口を開く。
その声音は柔らかい。だが、温度はなかった。
「貴女はここにいる」
わずかに首を傾げる。
「なら、どうして『朝月のカーテン』が空に敷かれているのかしら?」
問いかけというより、確かめるような声音。
リースペイトは肩をすくめた。
「さあ」
乾いた返答。
「私は魔法を封じられて、牢に押し込められていたのよ。外のことなんて知るはずないでしょう」
視線は逸らさない。
あくまで対等であるかのように。
アメリアは、ふっと小さく笑った。
「そうね」
興味を失ったように、指先がまた肘掛けをなぞる。
「ああ、そういえば」
リースペイトが、不意に言葉を差し込む。
何気ない調子だった。
「あの魔法、ただの演出じゃないの」
アメリアの瞳が、わずかに細まる。
「魔族の存在を知らせるためのものでもあるって、お師匠様に聞いたことがあるわ」
鎖が、かすかに鳴る。
「だから、さっさとこの国から出た方がいいんじゃない?」
軽い忠告。
リースペイトの言葉にアメリアは沈黙する。
一拍。
そして。
「知らせて、どうするの?」
声音が変わる。
わずかに、口角が上がる。
「周りの国の魔女たちに伝える? 魔族がいますよって?」
くす、と笑う。
その笑いは、ひどく軽い。
「今の魔女たちが、何人集まったところで、意味があるとは思えないわ」
足を組み替える。
布が擦れる音が、やけに大きく響いた。
「浄化も満足にできない半端者ばかり」
吐き捨てるように。
「そんな連中が、魔族に勝てると本気で思っているの?」
視線が鋭くなる。
「私が、それを知らないとでも?」
「今は魔女以外にも、浄化の手段はあるわ」
「ええ、知ってる」
即答すると、
「ヴァルディウスにはいないけどね。浄化専門の魔術師」
522
#希望
#感動的
肩をすくめる。
「でも、それでどうするの?」
ゆっくりと言葉を刻む。
「その魔術師が周辺の国から集まっても、国中に広がる瘴気を浄化するのに、何年。いや何十年かかるのかしら」
唇が、ゆるやかに歪む。
「ましてや、魔族が生み出す瘴気を?」
試すような間。
「……やってみないと分からないわね」
その言葉は、ほとんど結論だった。
リースペイトの指先が、わずかに動く。
「お師匠様たちが来れば……」
言いかけた言葉を。
アメリアの笑いが、遮った。
「ああ、怖い怖い」
芝居がかった声。
「来ないわよ」
「……は?」
空気が止まる。
リースペイトの眉が寄った。
「魔女はね」
アメリアはゆっくりと身体を前に持ってくる。
「瘴気の中では戦わない生き物なの」
断言した。
「貴女の言うお師匠様って、二代目でしょう?」
わずかに顎を上げる。
「彼女は知っているはずよ。一代目と魔族の戦いを」
その記憶が意味するものを、含ませるように。
「なら、分かるでしょう?」
微笑む。
「この国に足を踏み入れることが、どういうことか」
静かに言い切る。
「馬鹿じゃない限り、来ない」
重い言葉だった。
「せいぜい、外側で結界でも張って、瘴気が広がらないようにするのが関の山」
興味を失ったように、視線を逸らす。
「残念だったわね」
その響きは、どこか愉悦に近い。
「貴女はここで生きるのよ。私の飲み物として」
空気が凍る。
アメリアの舌が、唇をなぞった。
「魔女はね……美味しいの」
その一言に、理性の仮面の奥が覗く。
リースペイトは、一瞬だけ目を伏せ、
次の瞬間には、いつもの軽さを取り戻していた。
「……せめて、美味しい料理とワインくらいは用意してほしいわね」
皮肉。
だが、折れない声音。
「いいわよ」
あっさりと返る。
興味はすでに別に移っている。
「連れていきなさい」
アメリアが命令すると、左右に控えていた兵が動いた。
虚ろな瞳。
意思のない足取り。
鎖が引かれ、リースペイトの身体が引きずられるように動く。
乾いた音が、遠ざかっていく。
やがて、扉が閉じた。
重い音が、空間を断ち切る。
静寂。
広い謁見の間に、アメリアだけが残された。
「……そう」
ぽつりと。
誰に向けるでもなく。
「馬鹿じゃなければ、ね」
その言葉とは裏腹に。
胸の奥が、ざわめいていた。