モンスターチルドレンは全員、固有魔法というものを使うことができる。
もちろん他の魔法も使用できるが、その個体だけが使用できる強力な魔法……それが固有魔法だ。
シオリ(白髪ロングの獣人《ネコ》)の場合だと。
「それじゃあ、始めるよー」
「おう、頼む」
「固有魔法『重力操作《グラビティコントロール》』!!」
右手で触れたものを重く、左手で触れたものを軽くできる魔法を使うことができる。
ただし、一度も触ったことがないものの重力を操作することはできない。
今回、浮かせたのは俺たちが住んでいるアパートだ。
「ミサキ、まだ我慢できそうか?」
「しょ、正直かなりきついけど……頑張る……よ」
「まったく、こんなになるまで放置するなよ。次からはもう少し早めに言えよ?」
「う、うん、分かった。ご、ご主人……お、お願い。手、握って。あと、できれば背中を……さすって」
「分かった。よしよし、俺はここにいるぞ」
「はぁ……はぁ……あ、ありがとう。少しだけ……楽になったよ」
「そうか。それは良かった」
アパートはミサキ(巨大な亀型モンスターの外装)の甲羅から離れ、頭部に向かう。
今日は特に強い風は吹いていない。
絶好の脱皮びよりだ。
「シオリ。ゆっくりでいいから頑張って移動させてくれ」
「今のところ順調だよ。今のところは……」
今なんかフラグが立ったような……。
気のせい……だといいな。
気のせい、だよな?
「あっ、そういえば今日は風の妖精たちがこのあたりを飛び回る日でした」
俺の頭からひょっこり頭を出したチエミ(体長十五センチほどの妖精)がそれを告げた直後、突風がアパートを揺らした。
「そ、そういうことはもっと早く言えー!」
「す、すみませーん! 忘れてましたー!」
まずい! これは非常にまずい!!
シオリ、大丈夫かな?
「きつい……けど、もう少しだから……頑張る」
「いいぞ! シオリ! その調子だ!」
「ご、ご主人……僕を……ギュッてして」
「ああ、いいぞ。よーしよし、あともう少しの辛抱だ。頑張れー」
「う、うん……」
ミサキはもう限界が近い。
頭部まではあと少し。
あと少しでたどり着く。
ミサキ! それまで耐えてくれ!
「シオリ! あと少しだ! いけそうか!」
「ナ、ナオ兄成分が足りない。ナオ兄、お願い。こっちまで来て」
「分かった! 今、行く!」
こんなこともあろうかと、お茶の間にみんなを集めておいた。
それにしても脱皮って、こんなに危険なんだな。
俺がミサキ(巨大な亀型モンスターの本体)を連れてシオリの元までやってくるとシオリは俺の左耳を甘噛みした。
「なっ! ちょ、シオリ! そこは!」
「ナオ兄、今は非常事態だよ。我慢して」
「そ、そんなこと言われても……うっ!」
左耳は……俺の弱点。
そこを弄《いじ》られると力が抜けてしまう。
だが、今は非常事態。
何をされても我慢しなければならない。
「よし、チャージ完了。ここからは一気に行くよー!」
シオリが目を見開くとアパートの飛行速度が上がった。
ジョグからアップになったような感じだ。
「いいぞ! シオリ! このまま行けー!」
アパートがミサキの外装の頭部に到着するのと同時に俺はミサキの本体に合図を出した。
「ミサキー! 準備は整ったー! やれー!」
「りょ、了解……。くっ! あっ! ああああああああああああああああああ!!」
ミサキの外装の甲羅が勢いよくパージした直後、新しい甲羅が出現した。
なるほど、歯が生え変わるのと同じようなものか。
「ミサキ、よく頑張ったな」
「う、うん……ありがとう、ご主人。はぁ……疲れた」
「ミサキ、今日はもう休め」
「う、うん……そうさせてもらう……よ」
ミサキはそう言うと、スウスウと寝息を立て始めた。よしよし、よく頑張ったな。
俺がミサキの頭を撫でてやると、シオリがスススーッと俺のそばまでやってきて頭を突き出した。
「はいはい、シオリもよく頑張ったな」
「えへへへ、ナオ兄に褒められちゃった」
それからしばらくの間、俺は二人の頭を撫でていた。
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