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「ほう、我らは召喚主の手によって顕現した『天使翼』によって苦しめられていたのですな」
『天使翼』の聖なる加護によって傷ついた『地獄骸』が、俺の目の前で嫌味っぽくそう呟いた。
さっきまでの畏まった態度は一体どこにいってしまったのか。
しかし今回の件は完全に俺が悪いので、何も言う事ができない。
「そ、それより本当の敵襲が近いんだ。お前たち、防衛体制を取ってくれ。敵はこの世界の文字召喚術師だ。暗黒城への到達はあと十五分、いや十分だと思って行動しろ」
「ぬ、それは急がねばありませんな。しかし、何故そのようなことに?」
さっきの嫌みな態度は、『地獄骸』流の不満の表明だったようで、緊急事態であることを知ると、元の恭しい言葉遣いに戻ってくれた。
よかった。あのまま一生、膨れたままじゃなくて……。
とりあえず、ほっと胸を撫で下ろした俺は『地獄骸』の疑問に答える。
「ここにいるバカがバカなことをしたせいでな……」
「わたし、バカじゃないですよー!」
レーナが頬を膨らませて反論するが、聞き入れずに無視する。今はモンスターたちへの指示出しの方が優先だ。
「敵とはいっても、こいつの知り合いだ。相手が好戦的だったらある程度は仕方がないが、最初は手を出さないでほしい。殺すのは厳禁だ。そこで疲弊しているお前の部下のアンデッドたちにもしっかり伝えておいてくれ」
「了解しました。では、聖なる光の加護も弱まったようなので、暗黒城の防衛にあたるとしましょう」
そう言って、『地獄骸』はいつものように激しい号令をかけながら、配下を従えて颯爽と外に出ていく。本当に頼れる部下である。
「さて、俺たちは暗黒城の上階から相手の様子を見つつ、対話の道を探るぞ」
俺がそう言いながら振り返ると、
「むー」
無視されたレーナは頬を赤らめて、まだ怒っているようだった。怒ったところも可愛い。
「正直、一連の原因であるお前を叱りたいところだが、まあ、可愛いから許そう」
「なっ! そんな言葉でごまかす気ですか!」
「みっちり叱ってもいいんだぞ?」
「うぐぅ……。そ、それは勘弁してくださいぃ~」
涙目になって首を横にふりふりするレーナを見て、俺はため息をつく。
だが、彼女のおバカな振る舞いにも慣れてきた。俺は頭を切り替える。
「ほら、行くぞ。お師匠さまのお迎えはおそらくもうすぐだ」
「……本当に来ますかね」
さっきまで怒っていたのに、すっと不安げな表情を浮かべ、レーナは俺を上目遣いで見上げた。
瞳は若干潤んでいる。惚れる。
じゃなかった。レーナのこの反応から推測するに、彼女の師匠は普段、愛情表現が下手な人間なのだろう。
師匠がレーナを本当に嫌っている可能性もなくはないが、さっき送られてきた文面からして、たぶん違うと思う。
人間関係は難しい。元の世界で仕事している時もよく感じたことだ。
俺たちは螺旋状の階段を上って、暗黒城の五階、つまりは最上階に移動した。
五階は一つの大きな部屋になっていて、巨大な玉座が置かれている。床には高級そうな絨毯が敷かれており、ここだけ見れば本物の城のようだ。
誰を座らせるために、あの玉座があるのかは考えたくないが。
そして、その大部屋には拠点入り口を見下ろせる大窓と外に出ることができるテラスが備えられていた。
アンデッドたちの働きを見守るにはここがちょうどいい。
「行動も王様みたいになってきたな……」
知らないうちに本当に魔王になってそうで怖い。
誰かに止めてほしいが、隣にはレーナしかいないし、多分彼女は魔王の側近とかに率先してなりたがりそうである。バカだし。
「……なんか今、わたしの方を見て、失礼なこと考えませんでした?」
「そんなわけないだろ。レーナは可愛いなぁと思っていたんだよ」
「きゃっ」
真顔で大嘘をついておく。
レーナは両手で真っ赤になった頬を包み込んで、もじもじとしている。
普通に可愛いので、別に嘘でもない気がしてきた。
それはさておき、そろそろ襲撃を警戒しなくてはならない。
レーナの師匠が好戦的であるかどうかはわからないが、いきなり不意打ちを食らって、暗黒城が壊滅したら目も当てられない。
「とりあえず、さらなる戦力をいまのうちに召喚しておくか……」
俺の文字召喚には顕現待ちが存在しないことは検証済みだ。それは『天使翼』のような大型モンスターを召喚し放題ということである。
俺は再び魔法の羊皮紙と万年筆を出現させ、とりあえず強そうな設定を山盛りにしたモンスターを召喚しようとした――が。
「……何も、起きない?」
なぜか先ほどと違って、記述した文字列は光らないし、強力なモンスターが出現する気配もない。
「レーナ、これはどういうことだ?」
俺は首を傾げてレーナに訊ねるが、彼女もふえ? と?マークを頭に浮かべていた。
「さあ? シュウトさまは全てがわたしたちの常識と違うので、何とも言えないですよぉ~~」
「ふむ……俺の文字召喚にも何か条件があるのかもしれないな……」
敵襲が迫る中、原因不明の問題に悩まされ、左手で額に流れる冷や汗を拭おうとした時。
「あれ、シュウトさま? なんですか、その左手首の……紋様?」
「ん?」
レーナに指をさされて、俺は自分の左手首に視線を落とす。
そこには、見覚えのない黒く太い線が走っていた。それはシャツで隠れた内側まで続いている。
まさか、と思って、シャツを乱暴にめくると、そこには黒いバーのようなものが出現していた。
元々は肘の辺りまで伸びていたのか、肘の内側には最大値を示しているかのような縦線が一本。そこから、大幅にバーが減少したのか、現在は手首付近まで短くなった黒いバーがある。
「これはもしや……」
俺は一つの仮説に行き着き、試しに何の能力も持たない『ゴースト』というモンスターを記述する。
すると、羊皮紙は最初と同じく光り出し、目の前には何の役にも立たない『ゴースト』が顕現した。
「ォォォ……!」
なんだか不気味な声を上げるだけの無害な『ゴースト』。
文字召喚に成功した俺は左腕のバーを確認する。すると、
「やっぱりな……」
さっき見た時よりも、ほんの少しだけバーが短くなっていた。
これでこのバーの正体がわかった。
「ォォォ……!」
これは残りどれくらいのモンスターを召喚できるかを表すゲージだ。
ゲージの減る量は、召喚するモンスターの強さに左右される。
顕現待ちがないという圧倒的なチート能力は持ち合わせているものの、その代わりに俺には、召喚できるモンスターの量が決められているというわけだ。
「ォォォ……!!」
よく見ていると、時間経過とともにゲージは徐々に回復している。つまり、一定時間待てば、また強力な文字召喚が可能だということだ。
「ォォォ……!!!」
「だああ!! うるせえ!」
俺が思考している間、隣でずっと唸っていた『ゴースト』を一喝すると、『ゴースト』と、ついでに関係ないレーナまでびくっと身体を震わせる。
俺はため息をついて、優しくフォローを入れておく。
「……大事な考え事の最中だ。大人しくな」
ひとまず、俺はその左腕のゲージを『クリエイトゲージ』と呼ぶことにした。
このゲージの管理が今後の異世界での生活を左右するだろう。