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★夜9時頃、新宿丸座前

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人気の引き始めた新宿の路地裏。舞台の熱気が少しずつ夜に吸われていく中で、俺は駅に向かって歩いていた。

ふと視界の端に見慣れたシルエットが見えて、足を止める。


「……秋野くんじゃん」


明かりの少ない路地で、チェスターコートの裾がひるがえった。秋野くんは俺の声に気づき、軽く目を見開く。

ニット帽をかぶった彼の姿は、どこか大人びて見えた。対して俺は、相変わらずの蛍光ウィンドブレーカーにスニーカー。背格好じゃ勝ってるはずなのに、今日の彼のほうが、ずっと“大人”に見えた。


「……笠木さん」


ちょっと戸惑いを混ぜた声。それでも、その目に浮かんだ一瞬の嬉しさを、俺は見逃さなかった。


「お疲れー! いや、マジで今日ウケてたな! よかったよ!」


勢いで肩をぽんと叩くと、秋野くんは少し照れたように笑った。遠慮がちに視線を逸らす仕草が、やっぱりいつもの秋野だ。


「ありがとうございます……笠木さんたちも、すごかったです」

「だろ〜? 田原と気合い、入れてたからな!」


何気ない会話のはずなのに、彼の笑顔の奥に薄い影が差して見えた。

どこかに「スッキリしないもの」が沈んでるような、そんな顔。だから、つい聞いてしまった。


「なぁ……春沢と、なんかあった?」

「えっ?」


秋野くんの肩がわずかに揺れる。図星だったのか、しばらく言葉を選ぶように口を閉ざし、

それから、ためらいがちに口を開いた。


「……なんか、ちょっと拗ねてました」

「春沢が?」

「はい。俺が、笠木さんたちと楽しそうにしてたのが……あんまり、面白くなかったみたいで」


言いながら、秋野くんはポケットに手を突っ込んで、視線を斜め下に落とす。

まるでそれが自分のせいじゃないって、言い訳を探すみたいに。


「……まあ、確かに俺も今日は、ちょっとはしゃいでたかもしれません」


苦笑とため息が同時に漏れる。

俺は空を見上げた。空っぽな夜空に、街灯のオレンジ色がぼんやりとにじんでる。

地面は少し湿っていて、夜の冷気がジーンズ越しに伝わってくる。


「相方ってさ、近い分だけ、めんどくせぇんだよな」

「……めんどくさい、ですか?」

「おう。距離が近いからこそ、言わなくてもわかると思っちまうし、逆に、言わなきゃ伝わんねぇこともあんだよ」


言いながら、自分でも田原とのことを思い出す。

沈黙の時間も、口論した夜も。けど、それら全部が「続けてきた証」だった。

秋野くんも、その言葉を反芻するように、ゆっくりと頷いた。


「……春沢さんは、俺の変化に気づいてたんだと思います。最近、ネタ作りで強く意見を出すようになったことも、今日の舞台で、前に出ようとしてたことも……」


そこでふと、顔を上げて、俺を見る。


「……それで、ちょっとヤキモチ、焼いたのかもしれません」


その表情には、気まずさと、申し訳なさと、ほんの少しの誇らしさが混じっていた。

だから俺は、笑って返すしかなかった。


「それって、悪いことじゃねぇよ」

「……え?」

「お前が変わったことで、春沢も何か感じた。それって、まだ“お前らが続いてる”って証拠だろ」

「……続いてる」

「おう。どうでもよかったら、嫉妬もしねぇし、何も言わねぇんだよ」


秋野くんは、長い時間をかけてその言葉を消化してるようだった。

口を開きかけては閉じ、考え込むようにうつむいたまま歩く。

その沈黙の中にも、確かな変化の気配があった。


「……そう、ですね」


やがて小さくそう言った彼の声は、少しだけ明るかった。


「だろ?」


そのまま二人で歩く。足音と、自動販売機のモーター音だけが静かに響く。

「ま、気まずくなったら、また俺とネタやろう」


軽口のつもりだったけど、言ってから少しだけ後悔した。でも秋野くんは、ふっと笑って肩をすくめる。


「それ、春沢さんに言ったら怒られますよ」

「お、やっぱ怒るかー!」


そう言って笑い合ったその空気が、ほんの少しだけ、夜の冷たさを和らげた気がした。

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