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ねじまがりの先で

12 - 5.5(笠木視点)

♥

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2025年04月10日

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<5.5>


★都営新宿線、笹塚方面行き

_________________________


帰りの駅までの道のり、俺たちは同じ電車に揺られることになった。

夜の車両は意外なほど空いていて、俺たちは向かい合うロングシートの端と端に座る。

車内には広告の揺れる音と、レールを走るかすかな軋み音だけ。静かな空間の中で、思い出したように俺は口を開いた。


「なー、秋野くんさ」

「はい?」


少し眠たそうに返事をした秋野くんが、顔を上げてこっちを見る。


「ビジュアル売りって、どう思う?」

「……何ですか急に」


苦笑しながら、秋野くんは目を細めた。俺の“唐突な”質問に、困惑がにじむ。

俺はつり革にぶら下がったまま、ふっと息を吐いて天井を見た。


「さっきの出待ちさ。……ほとんど秋野くん目当てだったよな」


言いながら、なんとなく自分でも言いたくなかったことを口にしてる気がした。

秋野くんは小さく首を傾げ、視線を足元に落とす。


「……まあ、そうかもしれないですけど」


曖昧に笑ったその顔には、照れと、気まずさと、言い返せなさが混ざっていた。

たぶん、彼もそれが“事実”であることを分かってる。けど、どう答えるのが正解なのか分かっていない。

俺だって、分からない。芸人やってりゃ、ある程度“顔ファン”がつくのはよくある話だ。

特に秋野くんみたいにシュッとしてて、清潔感あって、受け答えも礼儀正しい奴には、それが自然と集まってくる。


劇場の最前列に並ぶ子たちの目線、終演後の出待ち、差し入れの袋。

俺も頻繁じゃないけど、たまーにファンの子からそう言った類のものを受け取る。


──だからってその量が多い秋野くんのことが別に、それが羨ましいとか、そういうんじゃなくて。


「……俺たち、コント師じゃん」


そう口にして、少しだけ詰まった。本当に言いたかったのは、きっとその先だった。


「だからさ……なんか、見た目でウケるのって、ちょっと違うっていうか。

もっとネタそのもので勝負したい、みたいな。……古い考えかもしれないけど」


自分で言ってて、ちょっと青臭いと思った。けど、どこかでずっと引っかかっていたのも事実だった。

秋野くんは黙ったまま、電車の窓に映る俺の顔を見ている。その表情は、少しだけ曇っていた。


「……俺、自分の見た目にそんなに自信あるわけじゃないですけど」

「うん」

「でも、最初に自分たちのネタに興味を持ってもらう“入口”が、見た目ってこともあるのかなって思ってて。……きっかけは何でもいいから、まず知ってもらうっていうか」


彼の声は、真面目だった。俺よりずっと大人びて聞こえた。なのに、どこかで距離ができた気がした。


「……それって、最初から“見た目で勝負します”ってこと?」

「違います。最初の引っかかりが顔だったとしても、その後ちゃんと“面白かった”って思ってもらえればいいなって……。だから、ネタで見返すしかないですよね」

「……見返す、か」


俺はつぶやくように繰り返して、視線を斜め下に落とす。

正直、自分でもわからない。何がモヤついているのか、何に引っかかっているのか。

でも、秋野くんが何かの武器を持っていて、それがネタじゃないときに、どこかで自分の存在が薄れていくような、そんな焦りがあった。


「——“顔がいいから売れた”って、言われたら、悔しくない?」


思わず、問い詰めるような言い方になってしまった。秋野くんは、ゆっくりと瞬きをして、考えるように間を置く。


「……言われたこと、あります。昔、オーディションのあとに」

「うん」

「悔しかったです。でも、その時思ったんです。

“見た目のせいで舐められるなら、見た目の分だけ、もっと笑い取らなきゃ”って」


その言葉には、強さがあった。俺には、なかったものだ。電車がゆっくりと次の駅に滑り込み、アナウンスが響く。

俺たちは誰も乗り降りしない車両の中で、変わらない距離を保ったまま揺れていた。


そして、俺の中のある“種火”が、じわじわくすぶり始めていた。

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