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芹那と連絡を取り合ってある最中、坪井はどんな顔をしていたんだろう。何を思って、画面の向こうにいる人物の表情を思い描いていたんだろう。
ずっと心の中にいた人だ。互いにそれが過去でなくなったなら。
(……なくなっちゃったら、どうなるんだろう)
渦巻く不安をかき消そうと、唇を噛んだ真衣香に坪井は言った。
「優里ちゃんに、伝えといてくれる?」
「わかった……」
力なく答えた真衣香の声に気がついているのか、いないのか。わからないが「それと」と、言葉を続ける坪井。
「優里ちゃんとまだ何も話してないなら、早めにな……って俺が言うのもなんだけど」
「え?」
顔を上げた真衣香の、すぐ目の前に坪井の顔があった。心配そうに影が落ちている。
「お前にそんな顔させてんのって、もちろん大半俺なんだけど。優里ちゃんが何考えてんのかも、気になってるだろ?」
「それは……」
もちろん、と言おうとして、でも声にはならず。
代わりに坪井の声が聞こえた。
「話して……結果、どうにもならなくても、俺が優里ちゃんの分も埋めるから。代わりになれるくらい頑張るからさ」
苦しそうに顔を歪ませながら坪井が言い終えた直後、始業時間である9時を知らせる時計のオルゴール音が鳴り響いた。
「今日、高柳さん朝からいるぞ」
その音に被せて背後から八木の刺々しい声。坪井は「え!?」と、真衣香から離れて声を上げ〝ごめん〟とジャスチャーした後「また昼に連絡する!」と言い残し、急いだ様子で総務のフロアを出て行った。
「なんだ、ありゃ」と、呆れた様子の八木を横目に、真衣香は心が鉛のように重くなっていくのを感じていた。昨日よりも、確実に重く、苦しい。
「ま、座って早く仕事始めろ」
「は、はい……!すみません」
八木の上司らしい台詞に真衣香は一瞬で気を引き締める。
まだ課長である杉田は来ていないが、八木のいる前で坪井と堂々と話し続けてしまうなどあり得ない。
しかも、仕事など全く絡んでいない話を。
もう一度「すみません」を繰り返すと、クスっと喉を鳴らすような笑い声が返ってくる。
「今日のところは何も聞いてないことにしといてやるから」
「……え?」
急いでパソコンを立ち上げる真衣香の頭を八木がポコンと叩いた。
もちろん痛くはない。
「自分で何とかできそうなら、頑張ってみろ。その覚悟であいつのもんになったんだろ」
「……はい」
真衣香は短く答えた。
今は優しささえも、痛いみたいだ。