テラーノベル
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視線が、絡んだ――その、ほんの一瞬。
いるまの目が、確かにひまなつを捉えた。
驚きにわずかに見開かれた瞳。
息を呑むような、ほんの短い硬直。
いるまは、すぐに目線を逸らした。
まるで、見てはいけないものを見てしまったかのように。
反射的に、逃げるように。
ひまなつの胸が、きゅっと縮む。
(……あ)
気づいてしまった。
見間違いじゃなかった。
ちゃんと、いるまだった。
なのに――逸らされた。
あまりにもあっさりと、切り捨てるみたいに。
喉の奥が、急に熱くなる。
視界の輪郭が、じわりと滲んだ。
笑顔を作ろうとしたのに、うまくいかない。
口角が、ひきつる。
瞬きをしても、滲みは消えてくれなかった。
(なんで……)
頭の中で、言葉にならない問いが渦を巻く。
忘れたかった。
でも、忘れられなかった。
それでも、会えたら――少しは、何か変わる気がしていた。
ほんの一瞬でも、目を合わせてくれるんじゃないか。
懐かしいみたいに、困ったように笑ってくれるんじゃないか。
そんな期待を無意識に抱いていた自分が、痛い。
ひまなつは、グラスを持つ手に力を込めて、必死に感情を押し殺そうとした。
でも、胸の奥からこみ上げてくるものは、どうしても止められなかった。
今にも、泣いてしまいそうな顔だった。
その様子を――
いるまは、視界の端で捉えてしまった。
完全に目を逸らしたはずなのに、どうしても気になって、ほんの一瞬、ちらりと横を見る。
その一瞬で、十分すぎるほどだった。
ひまなつの表情。
揺れる瞳。
必死に堪えようとして、かえって壊れそうな顔。
――泣く。
そう直感した。
胸の奥が、強く締めつけられる。
あんな顔をさせるつもりじゃなかった。
傷つけるために、目を逸らしたわけじゃなかった。
むしろ逆だ。
見てしまえば、抑えてきたものが全部、溢れてしまうと思ったから。
でも。
目を逸らしたせいで、ひまなつを追い詰めてしまった。
その事実が、いるまの中の何かを決定的に壊した。
「……っ」
椅子が、わずかに音を立てる。
「悪い。俺ちょっと用事できた」
同席していた女性たちが、一斉にこちらを見る。
「えー!?なにそれ、急すぎない?」
「今から盛り上がるとこじゃん」
不満の声が飛ぶ。
けれど、いるまの耳には、ほとんど入っていなかった。
テーブルの上に、無造作に紙幣を置く。
「ここまでの分」
それだけ言って、もう振り返らない。
呼び止める声も、驚きの視線も、すべて無視して、一直線に歩く。
目指すのは――ひまなつの席。
ひまなつは、自分の感情を誤魔化すことに必死だった。
同僚の話に曖昧に相槌を打ちながら、視界の端で、立ち上がる影を捉える。
……いるま。
こちらに向かってくる。
一瞬、現実感が追いつかなかった。
まさか、来るなんて思っていなかった。
無視されるまま、終わると思っていた。
心臓が、嫌なほど大きく鳴り始める。
次の瞬間。
ひまなつの腕が、強く掴まれた。
「……っ」
驚いて声が漏れるより先に、引かれる。
「行くぞ」
低く、短い一言。
命令みたいなのに、どこか焦りと切迫感が滲んでいる声だった。
「な、なんで……」
ひまなつは、思わず小さく零す。
意味が分からない。
頭が追いつかない。
嬉しさと戸惑いと不安が、一気に押し寄せる。
いるまは答えない。
代わりに、もう片方の手で、ひまなつの分の金も机に置いた。
「……悪い」
誰に向けた言葉なのか分からないまま。
そのまま、ひまなつの腕を離さず、店の出口へと向かう。
周囲から、ざわめきと視線が飛ぶ。
「え?なにあれ?」
「知り合い?」
「ちょっと大丈夫なの?」
そんな声が背中に刺さる。
けれど、いるまは一切振り返らなかった。
ひまなつも、引かれるままに足を動かすしかなかった。
ドアが開き、冷たい夜風が頬に触れる。
店内の喧騒が、一気に遠ざかる。
二人は、そのまま外へと出た。
腕を掴まれた感触だけが、やけに現実的で、熱を持っていた。
逃げるようで、捕まえるような、そんな力。
何年も離れていたはずなのに。
触れた瞬間、すべてが一気に、現実に戻ってきた。
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