テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
夜の街は、まだ人の気配が多かった。
居酒屋の明かり。
笑い声。
車のエンジン音。
そのすべてが、どこか遠い世界の出来事のように感じられる。
いるまは、無言のまま、ひまなつの腕を掴んで歩き続けていた。
強すぎず、弱すぎず。
逃がさない、という意思だけがはっきり伝わる力。
言葉は、ひとつもない。
それなのに、ひまなつの胸は、ひどく騒がしかった。
「……っ」
視界が、滲む。
堪えようとすればするほど、涙は溢れてくる。
ぽろり、ぽろりと、頬を伝って落ちていく。
声を上げて泣くわけでもない。
嗚咽を漏らすわけでもない。
ただ、静かに、止まらない。
(……いるま)
名前を呼びたいのに、喉が詰まって声にならない。
どうして連れ出されたのか。
何を言われるのか。
怒られるのか、突き放されるのか。
不安でいっぱいなのに、それでも――
ひまなつは、抵抗しなかった。
振りほどこうとも、立ち止まろうとも思わなかった。
この手が、まだ自分を掴んでいることが、どこか救いだったから。
離される方が、ずっと怖かった。
少し歩いた先に、小さな公園が見えてきた。
街灯に照らされたブランコ。
誰もいない砂場。
静かに並ぶベンチ。
いるまは、足を止めると、ひまなつをベンチへと導いた。
二人並んで、腰を下ろす。
ようやく、掴まれていた腕が、そっと離される。
その瞬間、ひまなつの胸が、きゅっと締めつけられた。
触れていた温度が、急に消えてしまったみたいで。
ひまなつは、俯いたまま、涙を落とし続けていた。
膝の上に、ぽつぽつと、小さな染みが増えていく。
肩が、かすかに震えている。
いるまは、その様子を、黙って見つめていた。
言葉を探しているように。
触れていいのか迷っているように。
しばらくの沈黙のあと。
いるまは、ゆっくりと手を伸ばした。
指先で、ひまなつの前髪をそっと避ける。
泣いて濡れたまつ毛。
赤くなった目元。
無理に顔を上げさせることはせず、覗き込むように、距離を詰める。
ひまなつは、視線を落としたまま、涙を止められずにいた。
「……っ」
小さく、息が震える。
その姿に、いるまの胸が痛んだ。
「ごめんな」
低く、掠れた声だった。
後悔と、懐かしさと、抑え込んできた感情が、全部混ざった声。
次の瞬間。
いるまは、ひまなつの目元に、そっと口付けた。
涙の跡に触れる、短く、静かなキス。
慰めるように。
確かめるように。
離れなかった想いを、伝えるみたいに。
ひまなつの肩が、ぴくりと揺れる。
驚きと、安堵と、張り詰めていた感情が、一気に緩んだ。
いるまは、そのまま、ひまなつの頭を抱えるように引き寄せた。
腕の中に、すっぽりと包み込む。
逃げ場を塞ぐようでいて、守るような抱き方。
「……っ、ぅ……」
ひまなつの喉から、ようやく、小さな嗚咽が零れた。
堰を切ったように、涙が溢れ出す。
胸元に顔を押し付けながら、ひまなつは声をころして泣いた。
何年分もの寂しさ。
置いていかれた時間。
会えなかった後悔。
それでも消えなかった想い。
全部が、今になって溢れ出してくる。
いるまは、何も言わず、ただ強く抱きしめていた。
離さない、と無言で伝えるみたいに。
夜の公園は、静かだった。
街の音が、遠くに滲み。
二人の呼吸と、ひまなつの小さな泣き声だけが、そこに残っていた。
コメント
1件
はぴえんなのか……、?これからもっといろんな事ありそうだけど…!とりあえず仲違いすることにはならなくてよかったぁ、、! やっぱりこんな神作品が書けるってもうもはや神様ですよねっ、?!(?) 本当に尊敬してますっ!これからも頑張ってください!