[一夜にして変わった世界]
涼架side
魔法の光が消え、僕が人間になったのは、街の明かりが灯り始めた頃だった。
人間になった喜びはあったが、それよりも大きな不安が涼架を襲った。
自分には、帰る場所も身分を証明するものもない。
このままでは、彼に会うこともできないだろう。
ましてや、彼のそばにいたいという願いを叶えることなど、不可能だ。
涼架は途方に暮れ、ベンチに座り込んでしまった。
夜風が肌を刺し、猫だった頃の温かい毛皮が懐かしく思えた。
そのとき、ふと彼が戻ってくるのが見えた。
ギターケースを背負い、きょろきょろと辺りを見回している。
若井は、涼架が猫だった時に、いつも隠れていた茂みの方を心配そうに見ていた。
若井は、涼架が人間になったことなど知らない
彼は、自分が助けた猫がそこにいるはずだと感じているようだった。
「あれ?ねぇ、君、大丈夫?」
「こんなところでどうしたの?」
僕は、はっとして顔をあげた。
そこには、心配そうな顔をした彼が立っていた。
あの雨の日と同じように。
「…大丈夫じゃないんです」
僕は、正直に答えた。
若井はベンチの隣に座り、涼架の顔を覗き込む
僕は、自分の腕に巻き付いている青いバンダナを彼に見られないように、そっと袖で隠した。
「何かあったの?家、遠いとか?」
僕は言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた
自分には、身寄りがないこと、そして行く場所がないことを伝えた。
若井は涼架の話を静かに聞いていた。
その瞳は、雨の日に僕の脚を心配してくれた時と同じ、優しい光を宿していた。
「そっか…。それは大変だな」
若井は少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「…あのさ、もしよかったら、うち来るか?」
涼架は、一瞬何を言われたのか分からず、若井の顔を凝視した。
「俺、一人暮らしだし、一緒に暮らす人がいると心強いからさ」
僕は信じられない気持ちで彼を見つめた。
ついさっきまで、絶望の淵にいたというのに
若井は、まるで当たり前のように、涼架の絶望を打ち砕く言葉をかけてくれた。
「…本当に、いいんですか?」
「もちろん。…俺、なんだか君のこと、放って おけないんだよ。
…不思議と昔から知ってる気がするんだ」
僕は、心臓が高鳴るのを感じた。
それは、嬉しさだけではなかった。
彼が、自分を猫だと知っているのではないかと少しだけ疑ってしまったからだ。
しかし、彼の笑顔は何ひとつ疑いの目なんてないようだった。
僕は、涙ぐみながら深く頭を下げた。
「…ありがとうございます!」
「俺、若井滉斗」
「僕は、涼架です」
「涼架、これからよろしくな!」
若井は、涼架の頭にそっと手を置いた。
その温かい手は、あの雨の日に僕の頭を撫でてくれた手と同じだった。
こうして、僕の秘密の共同生活は、若井の優しさによって、幕を開けたのだった。
次回予告
[染み付いた猫の習性]
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