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夜が明ける少し前、父が亡くなった。
安らかに眠る、という言葉があるが、父の死に顔は安らかには見えない。麗は看護師に促されるまま死に水をとった。
当たり前だが遺体の表情は変わらず、眉間に皺を寄せて、最期まで苦しんだようだ。
見ているのが忍びなく、病室の整理等のこまごまとした雑用や手続きをしていると、いつの間にか朝が来ていた。
「麗、少し仮眠をとったらどうだ?」
「平気。逆に目が冴えてんねん。明彦さんこそ寝てて」
明彦は継母に付き合って、というより、継母と麗の代わりに父の遺体についてくれていた。
行き帰りの運転もしてくれたため本当は疲れているだろうに明彦は疲労を見せないよう気を遣ってくれている。
「麗が寝るまで、俺は寝ない」
「すごい脅し文句」
麗は苦笑し、両手を軽く挙げた。
「わかった、ちょっと休む。でも、その前にお母様に声かけるわ」
継母は死亡届を書いているだろうと、麗と明彦が待ち合い室に行くと、ニコニコと継母に手招きをされた。
「麗ちゃん、明彦さん、お疲れ様。二人とも家に帰って休んで」
「お母様も休んでください。後で、葬儀社を探すの手伝いに佐橋の家に行きますね」
麗はスマートフォンで幾つか葬儀社を見つけておいたので、相見積もりを取ろうかと考えていた。
「もう決めたわ」
「え?」
おっとりとした継母の素早すぎる行動に麗は驚いた。
「じゃあ佐橋の家を整えないといけませんね」
麗は実母の寂しい葬儀を思い出した。
葬儀代を出そうとしてくれていた姉に遠慮して値段の安い家族葬にしたため、遺体となった実母がアパートに帰ってきて、二人きりで夜を過ごした時のことだ。
一晩中テレビをつけて、膝を抱えた。そして、現実から目を反らすために、テンション高く便利グッズを売るテレビショッピングを見続けた。
朝になると母の仕事仲間だった人達がチラホラとアパートに来て、香典返しは要らないという言葉とともに、皆が普通より少し高い香典をくれた。
一人残された麗を心配してくれての行動に感謝よりも先に、姉にお金をこれ以上出してもらわずとも、葬儀代をこれで払えると安堵してしまった。
あれは、己の薄情さをまざまざと思い知らされた出来事だった。
「その必要はないわ」
感傷をとりやめ、麗は頷いた。
つい、実母を基準に考えたが、経営者だった父を家族葬で送るわけがなかった。
「葬儀場で行うんですね。何て言うところですか?」
(葬儀場の近くで喪服売ってるところあればいいけど……)
麗の質問に継母はコロコロと笑った。
「いいえ、このまま焼き場に直葬するの。どうせ通夜も葬式も来てくれるような親しい人はいなかったでしょうし、義理で来る人達のためには後で豪華な社葬もするから、もういいでしょ。私、これ以上あの人に煩わされたくないのよ」
やっと自由を得た継母は清々しい顔をしていた。
「……そう、ですね」
継母と同じ気持ちになって然るべきなのに麗が戸惑っていると明彦が割って入ってくれた。
「お義母さん、良かったら家まで送っていきましょうか?」
「ありがとう明彦さん、でも、もうタクシー呼んじゃったの」
「他にお手伝いすることはないですか?」
「大丈夫よ、明日、安置所に送って、明後日が火葬の予定なの。また時間が決まったら連絡するわ」
「では、麗を連れて一旦失礼します」
麗は継母に辞去の挨拶をしたか覚えていない。
明彦に連れられるまま、車に乗り込み、窓の外を見る。
「麗、大丈夫か? お前が葬式をちゃんとしたいなら、お義母さんを説得するし、金も出すから心配するな」
明彦の声が優しい。麗に寄り添おうとしてくれている。
「ええよ、別に。お母様がお決めになったことやし。愛人の子が口を挟むことやないわ」
そういう言い方はやめろと、明彦に捨て鉢な言葉を窘められた。
「麗、立場とかは気にしなくていい。嫌なら俺がどうにかしてやる」
(そりゃ、佐橋家と須藤家なら須藤家の方が上だものね)
「ちゃうよ、嫌やない。ただビックリしただけ。葬式もしたくないくらい、別れの挨拶も必要ないくらいお母様はあの人に興味なかったんやな、って。憎しみさえ抱くほどの価値もなく、ただただ邪魔だったんやな、って思ったの。それだけ」
胸が痛むのは、いい子ぶりたいという自己保身だ。
この考えは、蓋をしなければならない。