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「太智、ただいま」
確かに、そう聞こえた。
玄関先で、あの優しい声が。
俺の名前を呼ぶ声。仁人の声だ。
玄関の外から響いたそれに、反射的に立ち上がって走る。
体が先に動いた。間違えるわけがない。仁人の声を聞き間違えるなんてこと、あるわけがない。
だって、どれだけの時間を一緒に過ごしてきたと思ってるんだ。
ガラッと玄関のドアを開ける。
そこには、いつもの仁人がいた。
白いTシャツに、ちょっとくたびれたジーンズ。 手にはコンビニの袋。
疲れてるはずなのに、俺を見るとふわっと笑って、「ただいま」と、もう一度。
「……おかえり」
気づけば、言葉が漏れていた。
嬉しくて、夢みたいで、でも間違いなくそこにいる仁人に向かって、俺は手を伸ばす。
一歩、また一歩と近づき、そして──
「……っ!」
思い切り、抱きしめた。
強く、強く。
もう二度と離れないように。
あの日、手から零れ落ちてしまった体温を、今度こそ二度と手放さないように。
「仁人……っ、もう……どこにも行かんといて……っ」
震える声でそう呟いた。
頬に仁人の肩が触れる。あたたかい。懐かしい匂い 、この体温。その全部が確かに俺が知ってる仁人やった。
でも──。
目が覚めた。
頬に触れていたのは、柔らかな毛布だった。
腕の中にいたはずの仁人の姿は、どこにもなかった。
夢やったん?
あんなにあたたかかったのに、あんなにリアルやったのに。
「……っ……うそ、やろ……」
涙が、堰を切ったように溢れ出す。
抱きしめていた毛布には、仁人の匂いがまだうっすらと残っている。
最後に洗った日から、もう何日経ったっけ。
「っ……じんちゃん……」
喉が張り裂けそうなほど叫んだ名前は、誰にも届かない。
毛布を抱きしめながら、俺は声が枯れるまで泣き続けた。
帰ってくるわけがないって、頭ではわかってた。
でも、心が、体が、叫ぶんだ。
あの日、ちゃんと「行かんといて」って言えばよかった。
あの日、もっと強く抱きしめとけばよかった。
あの日、死なせんって、無理矢理にでも止めとけばよかった。
後悔の波が、押し寄せては俺を飲み込んでいく。
「……もう1回だけ、もう1回だけでええから……」
目を閉じ、 せめて夢でいいから、もう一度、君に会わせてくれと願いながら 俺は、また静かに眠りに落ちていった。