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美希みなみ
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「雨の降る街で君と」
そのタイトルの「雨の降る街」と言うのが気に入っていた。
栞里は、雨が好きだ。
もちろん、いろいろな行事など雨より晴れていた方がいいに決まっているし、世間一般の人々が晴れを好むことも百も承知だった。
でも、栞里は雨の音、匂い、雰囲気が好きだった。
内容はよく知らなかったが、雨の降る街で君とどうなるんだろうと言う単純な好奇心と、なんとなく覚えている映画の予告で見た、社会人2年目の女性の主人公と相手である男性が雨の中ずぶ濡れで見つめ合うシーンが高校生の栞里に、大人の恋愛を彷彿させドキドキした事だけは覚えていた。
支払いを済ませ、袋の中に入れられるその本を見ながら栞里はラストが気になった。
栞里は性格上、物語に最後がどうしても気になってしまう。
せっかく映画に行くのだから、結末は見ないと決めてもどうしても結末を先にネットで調べてしまう。そして悲しいラストだと映画館から足が遠のいてそのまま見ない……そんなことも良くあった。
「お客さま!」
ぼんやりとしていた栞里はその店員の声にハッとして、慌てて緑色の袋を受け取り踵を返した。
「おつり!」
「すみません……!」
栞里は急いでおつりを受け取ると、俯いて小走りに店の外に向かった。
そして、店の外でまたハッとして足を止めた。
「待っていてごめん」
寒そうに肩をすくめながら、少し申し訳なさそうに言った拓海に栞里はドキっと心臓が跳ねた。
初めて拓海の全身が目に映り、高い身長に整った顔を改めて認識した。
「謝るなら待っていなければいいじゃないですか?こんな寒いのに」
少し言い方が悪かったかと栞里は内心焦っていたが、そんな事を気にする様子もなく拓海は笑って1歩栞里の方に歩
み寄った。
「まあ、そうなんだけど、偶然ってなんか運命みたいだし」
臆面もなくそう言った拓海に何故か、栞里の方が恥ずかしくなり顔が熱くなった。
「偶然は偶然だと思いますよ」
栞里は照れ隠しの様に、少し本に目を落とした。
(偶然は偶然でしかないでしょ。この世に運命なんてある訳がないよ)
「ねえ、えーと?」
そんな栞里に構うことなく少し考える様にいった拓海に、小さくため息をつくと栞里は観念して呟くように答えた。
「栞里です。阿部栞里」
そんな栞里を気にすることもなく、拓海は周りを見渡すと栞里に声を掛ける。往来の激しいそれも店のドアの前という事もあり、
「栞里ちゃん、とりあえずここじゃなんだから……」
本来、初めて話した人に警戒すべき所だろうが、もう何か月も店で会っていたせいか、栞里は初対面のような気がしていなかった。
(この人、なんか憎めないな)
「はい。寒いですね。……どこかに入りますか?」
栞里は少し恥ずかしくなり俯いた。自分から言った言葉に自分自身で驚いていた。
しかし栞里の意外な提案に、拓海は驚いたように目を見開いた後満面の笑みを見せた。
「ほんと!いいの?やった!」
子供の様に笑った拓海に、「お友達ですよ!」栞里は喜ぶ拓海を見て念を押した。
「もちろん!それで十分。友達でもお茶するよね?」
栞里に同意を求める様に、少し上目づかいで聞いた拓海がおかしく栞里は頷いた。
そして2人は栞里が働く喫茶店とは違う、若者が集うカフェにいた。
拓海が行ってみたかったと言って連れてきたのは、パンケーキの有名な店だった。周りを見ると、若い女の子がほとんどと言っていいほど、パンケーキを食べていた。
大きな黄色いパンケーキに、これでもかと生クリームが飾られ色とりどりのフルーツが皿の上を彩っていた。
栞里の喫茶店とは違い、白を基調とした明るい店内は若者の笑い声に溢れ、明るい音楽が流れていた。こんな時間でも学生服の女の子の集団も見受けられた。
そして、みんな一様に携帯でパンケーキをスマホで撮っていた。
きょろきょろしていた栞里に気づいたのか、
「栞里ちゃんも食べてみたら?夕食になるかわからないけど」
拓海はニコニコしてメニューを見た。
「でも……」
「あれ?栞里ちゃんは嫌い?パンケーキ」
拓海は少し驚いたような、それでいて優しい微笑みを湛えていた。
栞里はというと何となく、ほぼ初対面の人といきなりパンケーキを食べるという事が恥ずかしくもあった。
そしてあの大きさもネックになった。
(あんなに食べられるのかな……)
先に心配がきてしまうのが、栞里だ。
「いえ……。そういう訳じゃないんですけど……」
そんな栞里の気持ちを悟ったのか、拓海は、
「じゃあ、俺食べたいから、俺が頼むね。栞里ちゃんも半分手伝ってくれる?」
優しく微笑んだ拓海に栞里はほっとして頷いた。
ぱっと見た感じは少し冷たそうに見える拓海の優しい微笑みが栞里はなぜか嬉しかった。
栞里は安堵すると水に手を伸ばし、そっと拓海を盗み見た。
拓海は今まで栞里の周りにいた男性とは全く違い常に紳士的だった。
常に栞里を気遣い、強引に事を進めるという事が無かった。
周りにいる大学生のノリが若干苦手だった栞里にとって心地の良い空気だった。
「じゃあ、栞里ちゃんどれがいい?」
拓海はメニューを覗き込むと真剣にメニューを見ていた。
その様子が、端正な顔とこの店とアンバランスな感じがしておかしかった。
自分が頼むと言いながらも、相手の好きな物を確認するあたりに、拓海の人柄を表しているようで、いつしか栞里は警戒心や、緊張が薄れていた。
「えーと、えーと」
栞里のそんな問いに「拓海でいいよ」メニューから目は逸らさず、その言葉の意味を理解したのであろう拓海は言った。
「……はい。じゃあ、拓海さんは嫌いなものはありますか?」
「俺ね、マンゴーだけ苦手。なんかさ、味が何とも言えず苦手なの」
「あーなんかわかる気もします」
拓海のしかめっ面を見ながら栞里もメニューに目を落とした。
本当に嫌いなのであろう、顔をしかめた拓海は食べた事を思い出しただけだろうが水を飲んだ。
「あと、パイナップルもなんか、耳の中がかゆくならない?」
拓海は耳に手をやると、身震いしてから栞里を見た。
「それって、アレルギーじゃないんですか?私なりませんよ」
栞里はクスクス笑って答えると自分の耳に触れた。
「そうなのかも。じゃあ、栞里ちゃんは?」
拓海はまだ顔をしかめながら、更に水を一口飲むと栞里に聞いた。
「私は、フルーツ全般好きですよ。」
栞里はメニューを眺めると、チラッと拓海を見たがキウイが苦手という事を言うか悩み言葉を飲み込んだ。
(食べられない事はないし……)
パンケーキは運ばれてくるまでにと、拓海は自己紹介を始めた。
「えーと、神田拓海です。栞里ちゃんが働いている喫茶店 ココットから5分ぐらいのオフィスビルの中のコンサルタント会社に勤めています。歳は25になりました。血液型はA型で誕生日が10月8日。あっ、どうでもいいか……」
そこまで言って拓海はしまったという顔をした。
「興味があるので続けて下さい。誕生日が10月8日ですね」
「そうそう。あと、えーと、あっ、趣味は釣りを少しやります。そして出身は東京生まれで少し名古屋にもいました。今は東京のS駅の近くに住んでいます」
すらすらと言うと、栞里を見た。
「釣りって海?川?どちらですか?」
「よく聞いてくれました。海だよ。海釣り」
少しテンションの上がった拓海の話を栞里は笑顔で聞いていた。
そこへコーヒーとパンケーキが運ばれてくると栞里は目を見開いた。パンケーキも大きく、クリームの量もすごかった。
実際に見たパンケーキにやや栞里は圧倒された。
元々シェアする人が多いのだろう、取り分け用のフォークとナイフ、取り皿が一緒に運ばれてきた。
「言っても名古屋に住んでいたのは2年ぐらいだけどね。あっ、栞里ちゃんも撮る?」
拓海は写真を撮る構えをして、栞里に尋ねた。
「いいですか?」
「もちろん。今ってみんな写真を撮るよね。その写真ってどうするの?」
「うーん、どうですかね?インスタとかSNSに投稿したり、ブログを書いたり……」
栞里はカバンから携帯を出すと、その大きくてイチゴのたっぷりのったパンケーキを何枚か写真に収めた。
「そっか、ネット社会だもんね。ユーチューバーなんて職業できるなんて思ってなかったよ。栞里ちゃんはどうするの?」
満足げに携帯を置いた栞里を見て、拓海は聞いた。
「私は…思い出してみたりします。美味しかったなとか……」
栞里は、自分もブログを書くことは言い出せずにいた。
拓海は『へー記念写真みたいだね』とだけ言うと器用にお皿に取り分け、コトンと栞里の前に置いた。
「栞里ちゃんにはイチゴ大量サービスね」
いたずらっ子の様な瞳を向けて拓海は言うと自分の更にも取り分けた。
「ありがとうございます」
こういう所がスマートで大人だな……。そう思うと拓海をちらっと見た。
少し癖のある黒い髪に、キリッとした漆黒の瞳。整った顔だちに加え、身長も高くスーツを綺麗に着こなしていた拓海に周りの女の子もチラチラ見ていた。
そんな視線を感じてか、
「ごめんね、やっぱり女の子ばかりの店で、男が嬉しそうにパンケーキを食べていると目立っちゃうね」
この人って自分の評価が極端に低いのか、それとも謙遜かどっちなんだろ……。栞里はそんな事を思った。
「……違うと思いますよ」
(拓海さんをみんな見ているんですよ)
その言葉は口には出さずフォークを手に取った。
「え?」
拓海は本当に見られている理由がわからないようで怪我な顔をした。
栞里はそんな拓海をみてクスっと笑うと、
『いただきます』と言ってパチンと手を合わせるとパンケーキを口に入れた。
甘くふわっとしたパンケーキはすぐに口の中でとけた。
「なにこれ!うーん!!美味しい!ずっと食べたかったから!」
栞里は興奮気味に言ってしまって、慌てて口を押えた。
そんな栞里をきょとんとした顔で拓海は見た。
「それはよかった」
拓海も器用にパンケーキを切り分けると笑顔でパンケーキを口に運んだ。
「ホントだ!美味い」
拓海は続けざまにいちごも口に入れると、「酸味と甘みのバランスがいいな」そんなプロの評論家の様な拓海の言葉に、栞里はじっと拓海を見た。
「もしかして拓海さん、お料理も好きなんですか?」
「うん。作るのも食べるのも好きかな。あんまり凝ったものはできないけど作るのは好きだよ。それに甘いものも全般も大丈夫。マンゴー意外ね」
子供の様に笑ってそう言うと、コーヒーを綺麗で少し骨ばった手で持つと口に運んだ。
そのギャップのある様子を栞里はボーっと見ていたが我に返り拓海に声を掛けた。
「得意料理ってなんですか?」
「随分突っ込むね?そうだな……。定番だけど和食だと筑前煮とか茄子の煮びたしとか……あとは煮込み料理も好きかな」
「え!!」
栞里の驚いた声に拓海は言葉を止めた。
「どうしたの?」
「いや……。あまりにも本格的な料理で……。私より絶対上手ですよね。きっと」
女のプライドなどもともと持ち合わせていない栞里だったが、筑前煮や煮びたしという難易度の高そうな料理を作る男の人に少し焦りを感じた。
「どうかな?ただ単純に必要に迫られたから作っているだけだからね」
拓海は屈託なく答えると、綺麗な口にいちごを入れた。
「私、必要に迫られていますけど、対してできませんよ……」
少し落ち込んだ栞里に「これから上達すればいいよ」と拓海は微笑んだ。