テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
美希みなみ
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「じゃあ、栞里ちゃんのこと少し聞いていい?」
拓海は少し不安そうな瞳を栞里に向けた。
栞里は人の事だけ聞いておいて自分の事を話さないのはフェアじゃない気がした。
元来栞里は真面目な性格だ。別に声を掛けられ相手が自分の事を話したからと言って、自分の事を話す筋合いは本来ないとは思う。
でもそれができなかった。そして、目の前の人に話せない理由が栞里には見つからなかった。
少なからず友人としてという点では、目の前の人を拒否することの方が自分にはおこがましいような気さえした。
「はい、もちろん。私も自己紹介しますね」
栞里は持っていたフォークを一旦置くと話し始めた。
「えーと、阿部栞里です。城西大学の文学部の3年です。えーと、21歳になりました。血液型はO型、誕生日が6月12日です。あと拓海さんと会ったあの喫茶店の常連で、アルバイトを週3日させてもらっています。家はK駅です」
一気に言うと、栞里はペコリと頭を下げた。
「えーと、あと趣味はあまりないですが、いろいろなジャンルの本を読むのが好きです。今から趣味を見つけたいと思っています」
(なんか、就職の面接みたいだな……)
それだけ言って栞里はさっき買った本を思い出した。
にこにこしながら、聞いていた拓海は、
「さっきも、本買っていたよね?どんな本?」
拓海はパンケーキをおいしそうに頬張りながら、ニコッと笑った。
そんな拓海を見て、栞里はなぜが少し恥ずかしくなり俯いた。
「さっきの本は……そんななんか言えるような本じゃないんです」
「え?なんか言えないような内容の本なの?」
相変わらずニコニコと拓海は笑って言ったが少し怪しい雰囲気を含んだ気がして栞里は更に慌てた。
「あ!!そういう如何わしい本じゃないですから、ほらこれ!」
栞里はなぜか必死だった。誤解されるのも嫌だった。カバンの中を漁り、本を手に取ると「雨の降る街で君と」を机の上に置いた。
そして置いてしまってから、栞里は恥ずかしそうに俯いた。
「あの……。なんかこんな純愛物……読むのかと思われるのが恥ずかしくて……。文学部なのに、もっと内容のある話じゃなくてすみません……。太宰治……とか芥川賞とか……そう言う本じゃなかったから……。高校の時に映画の予告みて、なんか気になったのをつい思い出して懐かしくなっちゃって」
言い訳の様にポツポツと栞里は俯いたまま言葉を重ねた。
拓海の視線の先にその本があることがわかった。
表紙に男女2人が雨に濡れている絵が描かれている表紙。
「見てもいい?」
(やっぱり)
断る理由も見つからないが、栞里が羞恥心から声が小さくなった。
拓海は視線をゆっくりと戻すと栞里をみた。
「あっ……。はい。どうぞ。でもこんなの読むんだって思わないでくださいね。女の子はこういうのに憧れるんですよ……」
最後は消え入るように言った栞里をクスクス笑いながら拓海は見た後、そっとその古本を手に取った。
SALEになるだけあり、年期のはいった少し色あせた文庫本。
拓海の綺麗な手がその本のページをゆっくりとめくるのを栞里は見ていた。
【素直になれない。
思いを伝える方法がわからない。
私は臆病ものだ。
こんな方法を取るなんて……。
何もいらない。あなたがいるのなら……。】
栞里はその本の冒頭を思い出していた。
(あなたがいるのなら、何もいらないか……)
そんな乙女の様な内容の本を拓海に読ませてしまっていることに対し、
「ごめんなさい」
呟くように栞里は目線を下げた。
「なんで?なんで謝ったの?」
拓海は訳が分からないと言った顔を向けると『俺も、今度読んでみようかな』と続けた。
「え……っと、そんな読んで頂くほどのお話ではないかも……」
その言葉を遮るように拓海は微笑んだ。
「いいんだよ、俺が興味あるだけだから」
そんな言葉をさらっといった拓海はにこやかな笑みを浮かべ本を閉じた。
大きかったパンケーキも思ったより全然重くなく、2人でペロッと食べてしまった。
「食べられちゃったね」
「そうですね」
2人は顔を見合わせて笑った。
そんな会話をしながら、二人は店を出て駅に向かって歩いていた。
「栞里ちゃん、今日はありがとう。遅くなっちゃってごめんね。送っていい?」
拓海は栞里を見ると、少し寒そうに首元を抑えながら言った。
1月の夜は更に冷える。
「まだ、早いし大丈夫です」
ぶんぶん頭を振った栞里を見て拓海は苦笑した。
「俺は送っていきたいけど……。嫌われたら嫌だし。じゃあ、また連絡していい?友達として」
栞里は俯きながら小さく頷いた。
「ありがとう。寒いからあったかくしてね」
嬉しそうな拓海の笑顔を栞里は見た。
「拓海さんも……。」
素直に零れた自分の言葉に驚いていた。
「雪……降りそうだね。」
拓海は首元を抑えたまま空を見上げた。
拓海につられるように栞里も空を見上げた。
グレーの空は確かに今にも雪が降り出しそうだった。
「雨の降る街だったよね?雪の降る街じゃなくて」
空を見上げながら、拓海が呟くように聞いた。
栞里はその少し低いトーンに驚き拓海を見た。
「……は……い。雨です」
栞里は拓海の綺麗な横顔から目が逸らせず、じっと見上げている拓海の横顔を見据えた。
「そっか。雨だね。俺も本探さなきゃ」
確認するように言った拓海の顔は、さっきまでのにこやかな顔に戻っていた。
(……拓海さん?)
栞里はその表情が頭に焼き付いた。
栞里はいつものように、一人暮らしのマンションに戻り部屋の暖房を一番に付けた。
そして、外の僅かな明かりを頼りに電気をつけた。
(1番に電気っていつも思うのにまたやっちゃった……)
1DKの築10年のマンションは、1日中主人不在だった為、シーンと静まり帰り冷蔵庫の様に冷えている。
栞里はぶるっと身震いし、自分の腕をさする。
(なんで寂しくもないのに、少し悲しい気分に寒いとなるのかな?)
そんな事を思いながら外に出たままのミネラルウォーターを冷蔵庫に戻そうと手を伸ばしたが、冷蔵庫より冷たいような気がして手を止めた。
部屋が温まるまで温かい物をと電気ポットでお湯を沸かし、ルイボスティを入れた。
まだ寒い部屋で定位置のソファーの上にあるひざ掛けを手に取り、ソファーに座るとひざ掛けに丸まるように入りカップを手にした。
そして熱いルイボスティを一口飲むと、胃がカーッと一気に熱くなった。
(すごい温度差……)
足や顔は冷たいのに、胃だけの熱さに栞里の胃はビクッとした。
少し部屋の温度も上がり、胃も落ち着くと栞里はパソコンを開け自分のブログ画面を開いた。
もちろん、偽名でハンドルネームは 雨音
なんとくその時は適当につけた名前だった。
特に何を書いているわけでも、誰かに見て欲しい訳でもなく、毎日の記録の様に栞里は綴っていた。
(文章を書く練習にもなるしね……)
変な言い訳をしつつも、ブログの「書く」のボタンを押した。
誰にも自分が書いているという事がわからないという事は、栞里を自由にさせていた。
どこか、いつも人の目を気にしてしまうような自分が嫌いだったし、自分の意見より人の意見を優先してしまうような自分も好きにはなれなかった。
ブログの中だけは、なぜか素直な気持ちを綴れていた。
1.16
今日は念願の、パンケーキ食べました!
そして、この本もGET。
なぜか、急に昔を思い出して気になって買っちゃいました!
今から少し読み始めようと思います。
可愛い顔文字を入れ、パンケーキの写真と、本の写真をアップした。
しばらくしてメールが来たことを知らす赤い丸がパソコンに浮かび上がった。
(あ!碧唯ちゃんかな?)
栞里はウキウキしながら、メールを開いた。
青空のアイコンと共に碧唯の文字が浮かび上がった。
(やっぱり碧唯ちゃん!)
栞里は嬉しくなり焦る気持ちを押さえてメッセージを開いた。