テラーノベル
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地獄の門が半年ぶりに開いた。
明るい満月に突然横一線の切れ目が出来、巨大な両手がその切れ目を上下に無理矢理押し広げた。
その隙間からは、小さな魔物達が奇声を発しながら現れ、次々に地上に降り立つ。
緊急時のサイレンが町全体に鳴り響く。
これは、訓練ではない。
大都市の市民は、誰かの指示もなく地下にある巨大なシェルターに皆避難する。僕達は小さい頃から、読み書きを覚える前に魔物が出現した際の緊急時の対処方法。避難する術を体に教え込まれていた。
運転手を失った車が放置され、あんなに賑わっていた大通りは数分で廃墟のように人がいなくなり、代わりに武装した殺し屋『闇人』だけが静かに魔物達の前に現れた。
『Dレベルが十六体、Cレベルが五体にBが二体。皆さん、いけますか?』
ニューワールドの社員。黒服の女性が無線で闇人達に情報を伝える。それを聞き、無言で頷いた闇人。その八人は、散り散りに別れると魔物の討伐に走り出す。その速度は常人を超え、消えたよう。闇人達の姿を見失い、やっと気づいた時には、自分たちの口に押し込まれる拳銃。破裂音。
小型爆弾で吹き飛ばされる魔物。
そこらじゅうで鳴り響く銃声と爆発音。破壊される車、建物……。ショーウインドウには魔物の臓物が飛び散り、辺りは戦場と化した。
だが、戦況は明らかに人類側に傾いていた。戸惑う魔物達の表情が物語る。闇人達からも笑みがこぼれた。
「………?」
残り数体となった魔物は、示し会わせたように立ち止まると、口を開けた月を見上げ、鼓膜が破れるほどの奇声を発した。
ゴゴゴゴゴゴ……。
すぐに地震のように大地が揺れ動く。焦る闇人達の前に現れたのは、真っ赤な鎧に身を包んだ痩せた巨大な魔物二体。六階建てのビルにも相当するその巨体からは想像出来ない俊敏な動きで、その両手に持った双剣が闇人達を容赦なく襲う。
闇人の一人は背後から胴体を真っ二つにされ、叫び声すら出せずに絶命した。足蹴りされた仲間の下半身を辛うじて避けた闇人の女性。凄まじい速度で正面に立たれた魔物に命乞いをした。
「や、やめっ、助け」
ガビュッ…。
首から上を喰われ、魔物の胃に収まった。
『Aレベルが二体出現っ!!』
数十秒で三人にまで減った闇人。逃げることすら出来ない彼らは、自分たちの死を悟った。
その時ーーー。
なんとも言えない母性を感じる優しい匂い。着物姿の女が彼らの前に現れた。色白で華奢な体。そのおっとりとした姿に不釣り合いな日本刀を左手に携えている。
「もう大丈夫よ。あなた達は、避難しなさい。後ろで社員が待ってます」
「はぃ………助かった…。ありがとうございます、夕月様」
頬笑む女性の頭上から振り下ろされる刃。それを最低限の動き、見もしないで避けた。
「もう~! そんなに焦らなくてもちゃんと相手はしますよ?」
ヒュッ…。
風切音。
背後に立つ魔物の左手を後ろを向いた状態で切断した。
魔物は先端が消えた自分の腕を見ながら、首を傾げる。急に頭に血管が浮かび、再生させた腕で落ちた剣を拾うと握り直す。
先ほどまでの【餌】とは違う。この小さな女を初めて自分たちの敵と認識した魔物は、本気で殺すことを決めた。
二メートル以上ある双剣が女を襲う。それを細腕で操る日本刀が無力化していく。もう一体の魔物も参戦し、四本の凶刃が上下左右、女性を囲むように襲う。それでも女は顔色一つ変えず、その攻撃をかわしていく。
「夕月さん、マジですげぇ!! なんだよ、あの動き。嘘だろ、マジで化け物だって!!!!」
ヨダレを垂らす勢いで興奮している一二三。
「…………すごい」
普段の好き嫌いを忘れ、純粋に姉さんのその実力に感動している望。
部屋に戻るように言われた僕達だったが、誰一人部屋には戻らず、説教覚悟でこの戦場に足を踏み入れていた。もちろん近づき過ぎない、いつでも逃げれる最低限の距離はとっていた。
「そりゃそうだよ。だって彼女は、現ランキング六位。Sクラスの討伐者なんだから」
眠気を圧し殺すように呟く六条院。
「……………」
一二三ではないが、僕も姉さんの戦う姿から目を離せなかった。言い方は変だと思うが、姉さんの戦い方は演舞のように美しかった。洗練された無駄のない動き。映画を観ているような錯覚に襲われた。
僕は時間を忘れ、魅入ってしまっていた。
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