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「おはよう。」


眠い目を擦りながら、ぼくはリビングの扉を開ける。

目が覚めた時、いつもの景色じゃなくて一瞬戸惑ってしまった。


昨日の夕飯中、若井がふと『エアコンも使わなくなったし、今日から別々に寝る?』と言い出した。

元々、夏に電気代を節約する為にリビングに集まり、布団を並べて寝ていたぼく達。

だけど季節は移り変わり、秋になった今、いつでもテーブルに常駐していたエアコンのリモコンは壁の取り付けられているホルダーに戻され、その役目を終えていた。

きっと三人とも、口に出す事はなかったけど、『いつまで一緒にリビングで寝るんだろう』とは思っていたと思う。

それをついに若井が言葉にし、ぼく達はリビングでおやすみの挨拶を交わすと、それぞれ自分の部屋に入っていった。


久しぶりの自分の部屋。

なんだかそわそわして、昨日の夜は、中々寝付く事が出来なかった。

部屋の中に聞こえるのは、秋の虫の音だけで、布団が擦れる音や、二人の寝息…時々混じる若井の寝言…それらが聞こえないだけで、部屋がとても静かで落ち着かなかった。

何回目かの寝返りの後、(そういえば、自分って、元々寝付きが悪い方だったな)と思い出した。

三人で寝ていた時は、なぜかすぐに眠れる事が出来ていたので、すっかり忘れていた…


と、そんな訳で、寝不足なぼくは、大きな欠伸をひとつしながらリビングに入っていった。

リビングには、涼ちゃんと若井がソファーに座ってくつろいでいて、テレビを見たり、スマホを触ったり、それぞれ好きな事をしていた。

ここから見るこの光景がたった二ヶ月しか経ってないのになんだかとても久しぶりな気持ちになった。




「おはよ〜。」

「おはよ。」


二人とも、ぼくに気が付くと、顔をこちらに向けて挨拶を返してくれた。

今日は日曜日だからか、二人ともいつもよりものんびりした雰囲気だ。

そんな空気につられ、ぼくも若井の隣に腰を下ろすと、特に興味もないテレビをぼーっと眺めた。

画面の中の騒がしさとは対照的に、部屋の中は静かで、ゆるやかに時間が流れていた。


しばらくそれぞれ思い思いのんびり過ごしていると、涼ちゃんが『よし!ご飯にしよ〜!』と立ち上があり、キッチンに向かった。

涼ちゃんが立ち上がるのを見て、暇を持て余していたぼくも、涼ちゃんにくっつくようにしてキッチンへ向かった。




「今日は、ぼくが作ってもいい?」

「うん!じゃあ、ぼくはパン焼くねぇ。」


ぼくは涼ちゃんが冷蔵庫から取り出した卵を受け取り、フライパンに油を敷いた。






「ご飯だよ〜!」


リビングのソファーに寝転がっている若井に、涼ちゃんが声を掛けると、若井は『お腹減ったー。』と言いながらこちらにやって来た。




「あ、今日のは元貴でしょ?」


ダイニングテーブルに並べられた朝食を眺めて、若井はそう言う。




「あはは〜バレちゃったかぁ。」

「分かるよ。だって焦げてないもん。」

「ちょっとぉ!ひどい!」

「あははっ、うそうそ。ごめんって。」


ぼくは、キッチンの中でフライパンを洗いながら、そんな二人のやりとりを眺めていた。

いつも通り。

そう、いつも通りのはずなのに、二人が笑い合っているその様子に、胸の奥が、ほんの少しだけザラつくような感覚がした。




・・・




朝食を食べ終わった後は、それぞれ自由行動。

と言っても、誰も自分の部屋には戻らず、結局、皆リビングに集まったままだ。


ぼくの隣には若井が座っていて、目の前の一人掛けのソファーには涼ちゃん。

二人は、好きな音楽の話でやけに盛り上がっていた。

何曲目かのタイトルが飛び交うあたりで、ぼくはふと目を伏せた。


なんとなく…

その輪の中に自分の居場所がないような気がして、そっと立ち上がった。

別に、寂しいわけじゃない。

けど、今ここにいる理由も特に見つからなかった。

音楽と笑い声の残るリビングを、ぼくは静かに後にした。




自分の部屋に戻ろうかとも思ったけど、ふと外の空気が吸いたくなり、握り掛けたドアノブから手を離し玄関に向かった。

コンビニに行く時用のサンダルを履くと、庭のいつもの場所に向かう。


最近、気分がもやもやした時は、決まってここに来る。

ハンモックに揺られながら、たまに吹く風や、花壇に植えた金木犀の香りに包まれていると、少しだけ気持ちが落ち着く気がするから。


すぐ横にあるリビングに続く窓の向こうからは、二人の楽しそうな声がかすかに聞こえてくる。

ほんの少し前までなら…

ぼくは、その声をただ嬉しく感じていた。

けれど今は、その気持ちに、ほんの影が差している。




金木犀の香りが、風に乗ってふわりと鼻をくすぐった。

気付けば、目を閉じていた。

ゆっくりと揺れるハンモックの上、まぶたの裏に映るのは、さっきの二人の笑い声。


…胸の奥が、少しだけ、ちくっとした。


涼ちゃんの笑い方が好きだった。

柔らかくて、穏やかで、聴いてるだけで安心する。

若井の笑い声も好きだった。

ちょっとクールで、だけど素直で、真っ直ぐで、一緒にいると自分まで楽しくなる。


そういう『好き』だと思ってた。

いや…思いたかった、のかもしれない。


けど、最近は、涼ちゃんの視線が若井に向いたとき、自分の胸がざわつくことに、うすうす気付いていた。

若井の隣で涼ちゃんが笑うと、なんか、喉の奥が詰まる感じがする。

…それは、涼ちゃんの笑顔に応えるように見せる、若井の笑顔にも。


それがどういう気持ちなのか、考えたくない。

知ってしまったら、きっと、もう今までみたいにいられなくなる気がするから。


だから、ぼくはまだ、気付かないふりをする。

ハンモックの揺れに身を任せながら、遠くに聞こえる二人の声に背を向けるように、静かに目を閉じた。


風が吹いた。

金木犀の香りが、少し強くなった気がした。




・・・




「ここに居たんだ〜。」

「コンビニ行くんだけど、元貴も一緒に行こ。」


声がして目を開けると、涼ちゃんと若井がハンモックに揺られいつの間にか寝ていたぼくを覗き込んでいた。




「んー…。」

「ほら!立てって!」

「ほら、行くよっ!」


誘われても中々動かないぼくを見兼ねて、二人は、同時にぼくの手を掴んで、ぐいっと引っ張った。




「わぁっ、ちょっと!…危ないじゃんっ。」


不安定なハンモックの上から無理やり立たされたせいで、体制を崩しそうになり、ぼくは思わず眉間に皺を寄せた。

けど、実際はそんなに嫌じゃなくて…

むしろ、二人が迎えに来てくれた事が嬉しくて…




「お菓子1個だけ買ってあげるぅ。」

「ほんと?やったー!」

「まじ?じゃあ、おれはねー。 」

「いや、元貴にだけなんで。」

「なんでやねんっ。 」

「元貴は可愛いからねぇ。」

「おれだって可愛いし!」

「いや、可愛くはないでしょ。」

「ちょ、元貴!冷静につっこむなよ!」




気付けば、ぼくは“いつものぼく達”の中に戻っていた。


やっぱりこの感じが好きだ。


三人一緒で。

ぼくの両側には若井と涼ちゃんが居て。

しょうもないことで笑い合って、誰かがふざけて、誰かがそれに突っ込んで。

ただそれだけのことが、たまらなく愛おしい。


少しでも長く、この景色を見ていたい。

そう思ってしまうのは、 やっぱり、それがぼくの一番の願いだからだ…

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