明は意を決したようにアリスを見つめた、やっと目線を合わせてくれてアリスは嬉しくなった
「み・・・みんな・・・ぼっ僕を・・バカだと思っている、ぼ・・僕が・・う・・上手くしゃべれないからっっ・・・で・・でも・・・ほ・・北斗は・・・僕はバカじゃないと言った・・」
「もちろんよ、7歳でそんな難しい本を読んだり、住所も名前も漢字で書ける子がバカなはずないわ」
ここの土地の住民達は吃音症に対して、あまり理解がないのかもしれない、アリスはふとそう思った
「ほ・・・北斗が・・・時には・・・しゃべるより・・・書くほうが・・・ら・・楽だと・・・字を・・・書けば・・いいって・・ 」
これほど自分の事を隠し立てなく、心を開いて話してくれる明に今のアリスは慰めを抱いた
「アキ君のこと凄く考えてくれているのね優しい人だね 」
「う・・・うん・・・ 」
明は自分のことより、北斗が褒められてとても嬉しそうだった
本当に北斗さんはこの子が可愛いのね、そしてアキ君もそれを十分わかっている
ドクン・・・・あっ!
アリスは明をじっと見つめた、そして口元に両手を持って行った
呼吸が止まる
『兄貴はしゃべるより書く方が楽なんだよ』
『僕と・・・北斗は・・・同じだから・・・』
『兄貴はべらべらしゃべる人間ではない』
直哉と明の言葉が、交互にアリスの頭の中にこだまする
アリスは上流階級の人間関係に、幼い頃から揉まれ、人の表面的なものと潜在的なものを区別できる脳がある。その脳が今、謎解きにあたっている
北斗の立場に立って、どんな人生を歩んで来たのか、どう行動してきたのか、今ある断片をどう組み立てることができるかを考える
そして胸が締め付けられた
『み・・みんな・・僕が上手くしゃべれないから・・バカだと思っている・・・』
『寡黙なのを無関心だと誤解しないでほしい』
『ほ・・・北斗が・・字を書けばいいって』
そうだったのか・・・・
アリスはようやく納得した
ここにきてから彼が自分に対する態度・・・嫌われていると思っていた
全体を形作る今までの彼の行動、仕草の断片をひとつずつ切り取って、パズルのピースのように前に並べていく
そして頭の中ではっきり答えが出た
たった今・・初めて心の底から夫を理解した
完全に理解した
夫は吃音症で・・・・
そしてそれを自分に言えないでいるのだ
..:。:.::
.*゜:.
アリスは母屋のテラスの、階段の一番上に体育座りで座っていた
ミルクを飲み終えたトラ猫母さん達は、また日向ぼっこが出来る日当たりの良い場所へ、遊牧民のように移動して行った
成宮牧場で日当たりの良い場所なら彼女達に聞けばいいだろう
硬筆師範のアリスの手には、便箋とクリーム色の封筒があった
自分は彼を良く知る前にどういう人か勝手に見た目の印象で決めつけてしまっていた
明がおすそ分けしてくれた、コップに半分ほど残っている搾りたての牛乳を一口飲む
ほんのり甘くてとても美味しい
明に書くものが欲しいとお願いして、持ってきてくれたのはレトロな丸ペンとインク壺だった
また牛乳を一口飲み、ペン先をインクにつけて便箋に走らせた
北斗さんへ・・・先ほどの事は反省しています・・・
そう便箋に綴って首を振り、くしゃくしゃにして横のゴミ箱へポイッと捨てた
これじゃいたずらをした生徒の反省文だ
馬の事も大事だが、もっと根本的な事を自分達は理解し合わなければいけない
あの時の彼の顔を思い出してみる。あれは自分に怒っているのではなかったのだ
次にどれほど自分が彼を好きだと思っているかを、書き連ねようかと思った、でもそれも一方通行だ
自分の事より彼の事が知りたい
鬼神のように馬を走らせる北斗さん・・・ピアノを弾ける北斗さん・・・あんなに上手に薔薇を育てられる北斗さん・・・私を美しいと思ってくれている北斗さん・・・
そして・・・先ほどの、私に何か言いたそうだったのに顔をゆがめて、悲しそうにする北斗さん・・・
ううん・・・言えなかった北斗さん・・・
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