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第一章 戦場の向こうの声戦場では、声だけが届く。
顔は見えない。
表情も分からない。
互いの存在を知るのは、無機質な通信回線の向こうだけだった。
「敵影確認。方位〇九〇。数四」
『了解。こちらで捕捉しました』
「助かる」
短い会話。
必要最低限のやり取り。
それだけだった。
ユウは試作カタフラクト部隊の隊長として最前線を飛んでいた。
毎日が死と隣り合わせだった。
空を裂く砲火。
爆発。
炎。
帰還できる保証などどこにもない。
そんな戦場で、いつも耳に届く声があった。
『帰投ルートを送信します』
落ち着いた声。
優しい声。
不思議と耳に残る声だった。
軍統合管制オペレーター。
名前は知らない。
顔も知らない。
知る必要もなかった。
本来なら。
ある日、作戦終了後。
珍しく静かな夜だった。
基地の外では雪が降っていた。
通信回線はまだ繋がっている。
ユウは格納庫の天井を見上げながら呟いた。
「雪か」
しばらくして返事が来る。
『そちらもですか』
「そちらも?」
『こちらも降っています』
少しだけ沈黙。
「昔を思い出すな」
今度は返事が遅れた。
『……私もです』
それだけの会話だった。
だが不思議と記憶に残った。
それからだった。
少しずつ会話が増えたのは。
「今日は静かだな」
『珍しいですね』
「戦争も休暇を取ればいいのに」
通信の向こうで小さな笑い声が聞こえた。
『それができるなら苦労しません』
ユウも少し笑う。
その声を聞くのは初めてだった。
気付けば。
作戦報告の後に数分話すことが当たり前になっていた。
花の話。
天気の話。
食事の話。
どうでもいい話。
それが少しだけ楽しかった。
第二章 同じ空の下
ある日の帰投後だった。
戦闘は激しかった。
味方機も何機か失われた。
生き残っただけでも幸運な日だった。
「花は好きか」
ユウは何となく聞いた。
『突然ですね』
「悪い」
少し笑う。
「夢を見たんだ」
沈黙。
「白い花が咲く丘だった」
通信の向こうが静かになる。
『……白い花ですか』
「ああ」
『綺麗でしたか』
「綺麗だった」
長い沈黙。
そして。
『私も知っています』
小さな声だった。
『白い花の丘』
ユウは眉をひそめた。
「本当に?」
『はい』
何故だろう。
胸がざわつく。
「果樹園はあったか」
『ありました』
「丘の下に」
『川が流れていました』
ユウが立ち上がる。
「待て」
鼓動が速くなる。
「星祭りは」
『夏の終わりでした』
「広場に灯りを並べる」
『みんなで歌うんです』
そこで二人とも黙った。
あり得ない。
同じだった。
全部。
白い花の丘。
果樹園。
星祭り。
川。
風。
失われた故郷。
「もしかして」
『同じ場所かもしれませんね』
声が少し震えていた。
ユウも言葉を失う。
名前は知らない。
顔も知らない。
それでも。
同じ景色を見て育った人間が、
今この戦場のどこかにいる。
それだけで胸が温かくなった。
それから二人は時々故郷の話をした。
春になると咲く花。
森の果実。
丘を吹く風。
子供の頃の記憶。
失われた景色。
そしていつしか。
ユウは通信回線が開く時間を待つようになった。
『お疲れ様です』
その声を聞くと安心した。
天音も同じだった。
試作カタフラクト部隊との通信だけは違う。
戦争を忘れられる。
故郷を思い出せる。
ほんの少しだけ。
自分が軍の歌姫でも。
戦争の道具でもなく。
一人の人間に戻れる。
コメント
1件
うわあ、第3話、じんわり沁みました……。戦場の無機質な通信越しに、少しずつ心の距離が縮まっていく描写、すごく繊細で美しかったです。特に「白い花の丘」「星祭り」と、故郷の記憶がぴったり重なったあの瞬間、鳥肌が立ちました。顔も名前も知らない相手なのに、同じ景色を見てきたというだけでこんなに胸が温かくなるんですね。二人にとって、その声が戦争を忘れさせてくれる“人間らしさ”そのものなんだなあと。続きがすごく気になります……!