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「…ただいま」
そう言って玄関のドアを開けると、母さんが出迎えていた。…だが口から出たのは「おかえり」ではなく
「さっき学校から電話が来たわよ。また喧嘩したんだって?」
…だった。
まぁ、間違ってはいない。俺は人と接するのが下手だから、よくクラスのヤツらと揉めて喧嘩になってしまう。
「…そうだよ。…なんか文句あんのか」
…あぁ、まただ。強く言ってしまった。
「何その言い方。…明日学校言って相手の子に謝りに行くからね。」
「…」
母さんの言葉を無視して自分の部屋に向かう。フラフラと歩き、ベッドに倒れ込む。
「どうして…いつもこうなんだろうな」
毎日毎日変わらない日々。一日最低2人とは話さなきゃいけなくて、でもそれが辛くて辛くて。
「…疲れたな」
夕方、自分の部屋でご飯を食べる。両親とは食べない。…喧嘩になるから。
「ハンバーグ冷た」
すると玄関のチャイムが鳴る。
「あんた出て!」
母さんの声がする。「わかったよ」と適当に返事をし、玄関のドアを開ける。
「あの、どちら様で…」
「こんばんは!特別養護老人ホームキタノの井上と申します!石本さんでお間違いないですか?」
…老人ホーム?どうして急にーーーなどと考えていると後ろから俺を押しのけるように母さんが出てきて
「あ!どうも〜お世話になっております!えぇ、合っていますよ。本日はわざわざありがとうございますぅ〜」
…いつもより母さんの声が高い。
「いえいえとんでもないですー!…えぇと、陽子さんをお引き取りされるとの事で参りました。」
…は?引き取る…?老人ホームの誰を?
よく見ると井上さん?の後ろに隠れるように年寄りの婆さんが立っていた。…どうやら知らない間に老人ホームで生活していた俺の祖母を引き取る事になっていたらしい。
「では、今月分のお代は口座に振り込んで頂ければ大丈夫ですので!」
そう言って井上さんは帰って行った。
「あのぅ…ここがうちなのかい?」
婆さん…いや、おばあちゃんはそう言って俺に話しかけてきた。
「知らねぇよ。」
ぶっきらぼうに答えると、母さんが後ろから
「そうです。…これから陽子さんにはここで生活して貰います。」
と、ため息混じりに言った。するとおばあちゃんは母さんの態度を気にする様子もなく、にこりと笑って
「まぁ、そう。じゃあ、お邪魔しますね…」
そう言って家の中へ入って行った。どこか嬉しそうな、ワクワクしているような感じだったのが気がかりであったが…まぁ、俺には関係ないか。
ーーーその日の夜
深夜2時頃タバコを買いに行こうと思って真っ暗な廊下に出ると、ドアの前におばあちゃんが立っていた。
「うぉあぁぁぁあ!?び、ビビった…なんだババアかよ」
何なんだ…何をしていたんだこのババアは…
「…いないの…」
「あ?なんだって?」
「三郎さんが居ないの。あなた見てない?」
知らない名前だった。少なくともこの家には三郎なんて名前の人間は居ない。
「…知らねぇな。つか誰だよ」
そう言うとおばあちゃんは少し悲しそうな顔をして
「私の旦那さんよ。…あらぁ、どこ行っちゃったのかしら?」
…あぁ、なるほど。母さんに聞いた通りだ。
「知らねぇな。…うんこでもしてんじゃねぇの?…だったらすぐ戻って来んだろ。それよりさっさと寝な」
ーーーおばあちゃんが家に来てすぐ、母さんに
“おばあちゃんは5年以上前から認知症を患っている”
こと、そして健康状態があまり良くなく、医師から
“余命3年”と宣告されている
ことを伝えられた。
「…知ってはいたが、こんなに認知症って残酷なんだな」
ーーーおばあちゃんは次の日もおかしな行動をした。
その日の夜のこと。麦茶を飲もうと台所に行くとおばあちゃんが冷蔵庫を朝っていた。
「何してんの」
と、話しかけるとおばあちゃんはにこりと笑って
「晩御飯を作ろうと思ってね。あなたまだ食べていないでしょう?」
晩御飯はとっくに食べた。それにおばあちゃんも俺の部屋で一緒に食べたはずだ。
「もう食べた。おばあちゃんも一緒に食べただろ」
と言うと
「あらぁそうだったかしら?でももう夕方だし、お腹減ってるでしょう?何か作るからね…」
あぁ、おばあちゃんは時間の感覚も、日にちももう曖昧なのか。
そんな事を考えていると、おばあちゃんが冷蔵庫から卵を取りだし、殻を割ろうとしてーーーー
床に落とした。
パリン。と、卵の割れる音が台所に響く
母さんの部屋から物音がして、起きてくる気配がした。
このままだとおばあちゃんが怒られてしまう。
そう思い床に落ちた卵を急いで
ティッシュで拭く。
「もう寝な。危ないから。」
「そう?でもあなたのご飯が…」
「俺腹減ってないからいい。…ほら、寝よう。」
小さくそう言って、おばあちゃんの背中を押すようにしてリビングへ戻した。
布団を敷いてやると、しばらくおばあちゃんは俺の顔を見上げていた。
「あなた、名前はなんて言うの?」
「…りゅう。…石本 龍だ。」
「そう…」
それから間を置いて、ふわっと笑ってこう言った。
「…龍。あんたは、とてもいい子だねぇ……」
…胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚がした。
そんな事、先生にも、親にも言われた事が無かった。
「なん…で……」
「だってさっきも今も、ちゃんと人の事を見て、考えてるじゃない。
あんたは優しくて、いい子だよ。」
…普通の事だ。何がそんなに凄いのかわからない。
でもその言葉が頭の中で何度も
何度も繰り返されていた。
ーーあんたは、いい子だよ。