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京の追加報告によると、日頃から雷は、“法雨のアレソレの好み”を、己の助手に問うているらしい。
「――あ、因みに。――今日のこの和菓子も、こないだ俺が、“コレ、姐さんが好きなヤツなんですよ~”って言ったから買ったんだと思いますよ」
法雨は、そのさらなる経緯報告を受け、困惑を深めながら問う。
「え? ――このお菓子って、――雷さんがどこかに行かれた時のお土産とかじゃないの?」
「――………………」
― Drop.017『 JUSTICE:U〈Ⅱ〉』―
(一体、どういう事なの……?)
京が雷について紡げば紡ぐほど、法雨の心内では疑問の糸が絡まり合ってゆく。
どうやら雷は、ぱったりと店に顔を出さなくなった割に、京には随分と法雨の話をしている上、まさに執心と云えるほど、法雨の事を知ろうとしている様である。
(アタシはてっきり、雷さんに避けられているものだと思ってたのに……。――アタシの好みを知ろうとまでしてくださってるという事は、悪い印象を抱いてるわけでもないのよね。――なら、どうしてお店を避けていらっしゃるのかしら……)
法雨は、黙したまま首を傾げる。
――“特定の誰かの好みを知ろうとする”。
それは、特に――“その特定の誰かを好きになってしまった時”には、必ずと云ってよいほど、恋する者のほとんどがとる行動であろう。
(――でも……、――もし、とんでもなく自意識過剰に考えて、初恋の相手がアタシだったとしても……、――やっぱり、おかしいのよね……。――だって、アタシは有名人でもないし、既に婚約者や恋人が居るわけでもないし、年齢だって、雷さんとは大して離れてもいないし……、――だから、アタシは、“恋をしてはいけない相手”にはならないわ……)
そして、法雨は、京の様な仕事仲間でもなければ、――一度は雷に救われた身ではあるが、一度だって“依頼人”になった事はない。
(――それに、アタシは“あんな事”があっても、身体の関わりに関しては一切のトラウマを抱えたりもしていないし、その事は、以前、雷さんにもちゃんとお伝えしてあるもの……。――だから、雷さんが、アタシに恋をしてはいけない理由なんて、見当もつかな……)
「――………………」
法雨は、そうして延々と思考を巡らせる中、雷との事を様々と思い出しながら、これまでの日々の記憶をひたすらに手繰っていった。
そして――、ついに、雷が紡いだ、とある言葉に辿り着くと、――法雨は、思わず、心内でも黙した。
――貴方は、“オオカミ”が、お嫌いなんですか……。
(――………………………………。――アタシは……)
「――姐さん? ――さっきから黙ったままっすけど、――どうかしたんですか?」
その京の声で我に返ると、法雨は咄嗟に笑む。
「え? ――あ、あぁ。――ちょっと、雷さんの初恋相手の謎について、改めて情報を整理してただけよ」
「――あぁ、なるほど。――いや~、それにしても、――マジで誰なんすかねぇ……。――雷さんが、“恋をしちゃいけなかった”――初恋相手」
――えぇ……嫌いよ。
朝日のみが照らす、薄暗い倉庫の中――、法雨は確かに、雷にそう言った。
そんな法雨が、もしも、その――“大嫌いなオオカミ”に、恋をされたとすれば――。
(――ま、まさかね……。――これは流石に、考えすぎだわ……。――だって、もしアタシが、それほどまでにオオカミを嫌ってたとしたら、京も、雷さんも、お店に入れてないもの……。――だから、これは、アタシの考えすぎ、ね。――それに、もし、それを気にしてるとしたら……)
“あの日”のやりとりを、あまりにも鮮明に思い出してしまったせいか、法雨は、今一度、雷に謝りたい気持ちを抱きながら、――“だからこそ”の結論に至り、苦笑する。
(――そう。――もし、あの事を雷さんが気にしているのだとしたら、――それこそ、アタシに惚れるなんてありえない。――だって、あんな酷い事を言ったんだもの。――嫌われたり、失望されてないのが奇跡なくらいよ。――だからこそ、アタシを好きになるなんて、――それこそ、“絶、対、に、”――ありえないわ)
「――あの……。――姐さん……」
法雨が、そのさらなる結論を確信しながら、雷からの贈り物が佇む美しい紙袋を見つめ、静かに苦笑していると、ふと、京が零すように言った。
「ん?」
それに、法雨が顔を上げると、対する京は、何故だか、少しだけ不安げな表情をしながら、続ける。
「――その、――今、俺も、雷さんから尋かれた事、色々思い出しながら、ちょっと、思ったんすけど……。――姐さん。――あの、――俺……、――俺、こうやって、ここで、姐さんと話してて……、――姐さんは、本当に大丈夫ですか……?」
「――え? ――どういう事?」
心から不思議そうにする法雨に、苦しそうな表情で眉根を寄せると、京は、静かながらも、落ち着けぬ様子で言った。
「――その………………、――俺たちが、姐さんにした事って、普通なら、赦される事じゃないです……。――だから、俺たちがこうして、普通にしていられるのは、――姐さんが、“何もしないでいてくれた”からです……」
「京……」
“あの日”、“あの密会”について、思い出すタイミングが重なってしまったのは、偶然か――、それとも、運命が用意していた必然か――。
京の云う“俺たち”とは、彼らがまだ、“ごく普通の常連客”になる前の彼らの事だ。
「――俺たちは、あの時、姐さんの優しさに完全に甘えてました……。――でも、それって、“あの時だけじゃないのかも”って、思ったんです……。――もしかしたら、“今もずっと”そうなのかなって……。――正直、“償い”とか言ってますけど、――結局、そんなの言ってるだけで、――俺らは、過去を消したりもできないし、雷さんみたいにはなれないから、――所詮、何かあったら呼んでくださいとか言ってみたり、客として飲み食いするくらいしか、できない……」
酒のせいか――、はたまた、秋という季節が近付いているからか――。
苦しげに言葉を紡ぐ京は、あの当時の面影を纏わせながら、しばらく封じこめていたのかもしれない――あの苦々しい日々の事を紡ぐ。
「――時々、思うんです……。――姐さんは、今もずっと、耐え続けてんのかなって。――俺らの事を、色々考えて、姐さんはわざと、あの時の事を、“忘れた様に振る舞ってくれてる”んじゃないかって……」
そんな京の言葉に、自戒の念から生じたのであろう誤解を解くべく、法雨は“事実”を伝えようとした。
「――み、京。ちょっと待って。――アタシは」
「――“オオカミが嫌い”。――なんすよね……」
「――え……?」
しかし、その法雨の訂正は、京の“復唱”によって、遮られた。
何故、京が、“その台詞”を知っているのか――。
その台詞を知っているのは、雷だけだ――が、――あの雷が、第三者どころか、当事者の京たち相手であっても、わざわざその事を伝えるとは、到底思えない。
また、雷以外に、法雨の“オオカミ嫌い”を知っている人物が居るとすれば、それは、無二の親友――菖蒲くらいだが、――その菖蒲も、京たちとの面識がないため、伝えられるわけもないし、そもそも、そのような事を伝える様な性格ではない。
ならば、――一体何故、京が、“その台詞”を復唱できるのか――。
「――京……。――アナタ……、――どうしてそれを……」
法雨が問うと、京は、手元のグラスを見つめ、ゆるりと撫でると、当時の事を思い出しているのか、ひとつ苦笑しながら、言った。
「――あん時……。――あの倉庫から逃げ出した後、――少ししてから、俺だけ、逃げた窓んトコまで戻ったんです……。――もし、雷さんが警察だったら、俺たち、マジでどうなるか分かんないしと思って……。――だから、俺らが逃げた後、姐さんや雷さんがどうすんのかだけ、どうしても確認しておきたくて……。――なんで、ほんのちょっとだけでしたけど、――窓の向こうで、俺も、二人の会話、聞いてたんです……」
「――………………」
つまり、“あの日”――、投げ捨てるように紡いだ法雨の“その台詞”を――、雷と共に、“もう一人のオオカミ”である京も――、同じくして聞いていたという事だ。
そして、“その台詞を聞いていた”にも関わらず――、それでも、この若オオカミは、ずっと、ずっと、何事もなかったかのように明るく振る舞いながら、法雨を、ただひたすらに慕い続けていた。
「――でも……、――その“嫌いなオオカミ”なのに、――それでも、あんな事までした俺たちを、こうして客として迎え入れてくれて、普通に、接してくれて……、――本当に、ありがとうございます……」
「――そ、そんな、――あの、アタシ」
「――ただ……、姐さん」
口を開こうとする法雨を、京は再び、静かに制するようにすると、次いで顔を上げて言う。
「――もし、そんな姐さんが、今も耐え続けて……、無理をして、俺たちを受け入れてくれてるんだとしたら……、――もう、そんな無理をするのは、これっきりで終わりにしてください。――そうだとしたら、俺たちも、もう絶対に近付かないようにしますから。――俺たちは、姐さんに償いがしたいんです。――だから、そんな俺たちの事で、これ以上、姐さんに無理や我慢をさせるのも、もう、終わりにしたいんです」
真摯な瞳で、心からの誠意を込めて紡ぐ京に、法雨は、胸がつまるような想いの中、苦笑すると、ゆっくりと紡ぐ。
「――京……。――アタシはね、無理も我慢も、これっぽっちもしてないわよ。――それと……、“オオカミが嫌い”だと言った事……、それを、アナタはずっと抱えていたのに……、アタシを大切に想ってくれて、本当にありがとうね。――そして、――ごめんなさい。――まさか、あの酷い言葉を、アナタにまで聞かせてしまっていたなんて……。――それに気付けず、ずっとそのままにしてしまった事も、本当にごめんなさい」
そして、法雨が静かに頭を下げると、京はそれを慌てながら制し、必死の様子で言った。
「――そ、それは違います……っ!! ――それは、姐さんが謝る様な事じゃないです!! ――だって、ああ言ったもの、そう思わせる様な奴が、姐さんの過去にも居たから」
「いいえ。――謝る事よ。――だって」
法雨は、“オオカミが嫌い”と、確かに言った。
しかし、“法雨が嫌うオオカミ”とは、京の事でもなければ、彼の仲間たちの事でもなく、もちろん、雷の事でもない。
「――だって、アタシは、――“アナタ”の事を、嫌いだと思った事はないもの」
「え……?」
「――そして、――“そうなのに”、――ずっと、あの言葉で、アタシは、雷さんとアナタを傷つけてしまっていたの。――だから、――ごめんなさい、と、言わせてもらったの。――ね。――そういうわけだから、この謝罪は、どうか受け取ってもらえると嬉しいわ」
「――で、でも、俺は」
「えぇ。――正真正銘、“オオカミ”ね。――そして、アタシを“都合の良い餌”にしていた“悪いオオカミ”でもあるわ。――でもね、それは、アタシが“都合の良い餌”になる事を受け入れてしまったからよ。――その事も、本当に、ごめんなさいね。――アナタたちは、きっと、アタシが拒んで、叱り飛ばしてさえいたら、“お利口さんなオオカミ”にもなれていたでしょうに……」
そんな法雨に、京は首を振って言う。
「――そ、そんなの! ――あの時の姐さんには」
「それとね。――京」
「――?」
そんな京を笑顔で制すると、法雨は続ける。
「“アタシが嫌いなオオカミ”は、――別に居るの。――それも、もう縁のない、“遠い遠いトコロ”にね……。――でも、腹立たしい事に、どうにも、そのオオカミの中の一人が、いつまで経っても、アタシの中に色濃く残っててね……。――だから、つい、あんな風に言ってしまったのよ」
京は、その法雨の言葉に、未だ不安げな表情で問う。
「――じゃ、じゃあ……、俺たちは……、――オオカミだったとしても、俺たちは、――こうして、姐さんに会いに来ても……、姐さんを傷つけたり、苦しめたりは、しないって事ですか……?」
法雨は、それに笑顔で応じる。
「えぇ。もちろん」
すると、京は、安堵したように、幼げな笑みを零して言った。
「――そ、そっか……。――なら……、良かったっす……」
そんな京は、そこでまた心からの礼を法雨に贈ると、その後――、いくつものオーダーを重ねながら、心新たな一夜を明かした。
💎
そうして――、妙に穏やかな夜が、その日の役目を終えようとしていた、明け方の事。
その日は特別、酒が回りやすかったのか――、はたまた、気が抜けてしまったからか――、店で一夜を明かした末にカウンター端で眠ってしまった京に、法雨は、そっとブランケットを掛けてやる。
(――京を起こすのは、店仕舞いが済んでからいいかしらね。――それにしても、――考え事は性に合わないタイプでしょうに。――それなのに、アタシの事まで色々考えてくれて、ありがとうね)
穏やかに眠る京に苦笑しつつ、法雨が心の内で礼を告げると――、その背へ、静かな声が言葉を添える。
「――法雨さんを“都合のイイ餌”にできるとか、――ほんと贅沢な犬ッコロですよね」
そう添えたのは、法雨と共に店仕舞いをしていたユキヒョウ族のバーテンダー――桔流であった。
「ふふ。そうねぇ。――まぁ、もう二度とできない贅沢だけど」
法雨は、そんな桔流の言葉に静かに笑う。
法雨が、京たちに“贅沢な思い”をさせてやった“密会”については、彼らが共に雷に救われた後も、その事実がバーの従業員たちに明かされる事はなかった。
そして、それは、法雨の望んだ“理想の未来”でもあった。
――のだが、その望みは、とある晩をきっかけに、法雨を心から大切に想うバーテンダー――桔流に対してだけは、叶わぬものとなったのである。
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