テラーノベル
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雷の初恋が発覚するよりも前の事――、その日もまた、法雨の店で一夜を明かした京であったが、その日の彼は、一睡もせず朝を迎えると、その閉店後の店内で、法雨と雑談をしながら店仕舞いを手伝っていた。
しかし、その日――、深夜中に退勤していた桔流は、その場には居なかった。
そして、そんな――“密会の事実を知る者同士のみ”といった状態は、その日の彼らを、図らずも、“密会当時の事”を振り返らせる状況へと誘ったのであった。
「――俺たち、何をすれば、姐さんへの償いになるのか、度々話し合ったりはしてるんすけど……」
「――その話。――俺も聞いていいですか……」
二人きりであると思っていた店内に、静かな怒りを含んだ様な――桔流の声が、据えられた。
― Drop.018『 JUSTICE:U〈Ⅲ〉』―
「――き、桔流君……。――アナタ、どうして……」
その声に驚きながらも、バックヤードからフロアへと入ってきた桔流に法雨が問うと、彼は、法雨ではなく、“もう一人”を冷たく見据えながら、感情なく答える。
「忘れ物をしてしまったので……、取りに来たんですけど……。――この時間だし、締め作業、手伝おうと思ったんですよ……。――でも……、――俺が居ると、まずかったみたいですね……」
「え、えっと……」
その――普段とはかけ離れた低く抑揚のない声だけでも、桔流がどれほどの憤りを抱いているのか瞬時に理解した法雨は、なんとか桔流を落ち着かせるべく、言葉を紡ぐ。
「き、桔流君。――その、今の話は……」
そんな法雨にも、桔流はやはり一切の目もくれず、一点を冷たく見据えたまま制するようにして言う。
「あぁ、大丈夫ですよ……。お気遣いなく……。――お邪魔みたいなんて、俺はこのまま帰りますから……。――……でも……、――その前に……、――ひとつだけ……、――確認させてもらいますね……」
そして、そう言い切った途端――、桔流は足早に京の方へと歩み寄ると乱暴に胸倉を掴み、近場の壁にその背を叩きつけた。
「――き、桔流君……っ、――ちょっと待って……っ」
法雨はしばし呆気にとられながらも、咄嗟に止めに入ろうとするが、そんな法雨すらも制するような、怒りを含んだ――先ほどよりも低く唸る様な声で、桔流は、壁に押しやった京に問うた。
「今の話は事実か……」
その――酷く威圧的で怒りに満ちた桔流の声は、法雨も初めて聞くほどのものであった。
桔流は、高校生の頃、その凛と整った――美人とも云える外見に見合わず、日々派手な喧嘩に明け暮れていた――という話は法雨も聞いてはいたが、法雨と桔流が出逢ったのは、彼がすっかりと落ち着いた後の事だ。
それゆえ、その荒々しい姿を見る機会も、一切なかった法雨は、眼前の桔流の対応に、思わず迷う。
「――正直に答えろ……。――今の話は……事実なのか……」
その桔流に気圧され、法雨はついに見守る事しかできなくなったが、その中――、胸倉を締め上げられながら問われた京は、“あの当時”の面影を纏わせながら、物怖じする様子もなく、まっすぐに桔流の目を見据えて、言った。
「――……事実だ」
そして、京がはっきりとそう答えると、桔流は、
「そうか」
と、冷たく言い放つなり、間髪入れずに京の胸倉を手荒く引き、彼の身体をフロアの中央へと乱暴に放るようにした。
「き、桔流く」
そして、店仕舞いによってテーブルが寄せられ、ぽっかりと“都合の良い”スペースができていた店内の中央で、乱暴に放られた京は踏みとどまった――が、その京を休ませる間もなく、今度は左手で胸倉を掴み上げ、己の方へと引き寄せると、桔流は、その京の頬を手慣れた動作で一発殴り抜いた。
「――……ッ」
しかし、それでも京は倒れなかった。
ただ、反撃も抵抗もしなかった――。
その静寂の中、京は、次の殴打をも受け入れる意志を示すかのように、ただ、自戒の表情で、桔流をまっすぐに見据えるだけだった。
だが、その次の戒めは訪れず――、代わりに、桔流の――酷く悔しそうな声が、言葉を紡いだ。
「ふざけんな……、クソ野郎……」
京は、そんな桔流が、ただの憎しみや怒りから自身を殴ったのではないという事を悟ってか、また苦しそうな顔をすると、頭を下げて言った。
「……悪い。――もう二度としない」
桔流は、それに一度舌打ちをすると、気持ちを落ち着かせる様にして深呼吸をし、言った。
「――当たり前だ。大馬鹿野郎。――次なんてあってみろよ。――そん時はお前を存分に痛めつけた後に殺してやる」
京は、それに、――恐らくは本気で、
「あぁ。――そうしてくれ……」
と、言い、静かに唇の端の血を拭った。
そして、その京をしばし見据え、一時の沈黙を挟むと、桔流は次に、未だ視線は合わせぬまま、法雨へと静かに紡ぐ。
「法雨さんも……、――“そんな事”……、――もう、二度としないでください……」
「――桔流君……」
足元に視線を落としたままの――その桔流の表情は、悔しさを滲ませていた。
それに、彼の深い想いを感じた法雨は、次いで謝罪を述べようとするが、先に、桔流が続けた。
「――法雨さんが、俺たちスタッフの事を大切に想ってくれてる事は、俺も、よく分かってます……。――でも、――だからって、“そんな事”までして護られても……、――少なくとも、俺は、――全然嬉しくないですし、寧ろ、嫌です。――法雨さんが俺らを護るために、そんな風にされるくらいだったら、――いっそ、俺がそいつらにマワされた方が、何倍もいいです」
「桔流君……」
その桔流の名を、法雨が今一度呼ぶと、彼はさらに紡ぐ。
「――だから、法雨さん……。――コイツとの事は、もう解決したみたいですけど……、――今後は、もう二度と、“そんな事”、絶対に赦さないでください。――俺も、法雨さんに救われた身ですから、――そんな法雨さんは、俺にとっても、すごく大事な人なんです」
法雨は、その真っ直ぐな言葉に、胸が温かくなるのを感じながら、紡がれる言葉たちを静かに受け取るに徹する。
「――法雨さんからしたら、きっと、俺はまだまだガキに見えてるんだと思います。――でも、それなりにでかくなったガキなんで……、――今後、“そういう事”があった時は、最初じゃなくてもいいんで、俺の事も、ちゃんと頼ってください……。――法雨さんも、法雨さんの身体も、誰かの欲望を満たさせてやるための道具じゃないんです……。――そら、自分から望んでしてる事なら、余計な口出しはしませんけど……。――そうじゃないなら、自分を“使わせる”ような事は、例え誰が相手でも、させないでください……。――これは、俺からの、何よりもの願いです。――どうか……、お願いします……」
そうして言葉を紡ぎ切った桔流は、未だ視線を落としたまま、一度黙した。
法雨は、そんな桔流の言葉をすべて大切に受け取ると、ゆっくりと歩み寄り、少しばかり赤くなっている彼の手を両手で包むと、言った。
「――桔流君……。――今回の事、――アナタに黙っていた上、心配までかけてしまって、本当にごめんなさい。――そして、本当にありがとう。――桔流君にそう言ってもらえて、アタシ、すごく心強いわ。――だから、次なんてないと思うけど、今後、何かあった時は、頼らせてもらうわね」
桔流は、それに、未だ視線を落としたままではあったが、先ほどよりもしばし穏やかな声色で言った。
「――はい……。――そうしてもらえると、嬉しいです……」
法雨は、それに頷くと、次いで、そんな桔流の――今しがた京を戒めたばかりのその手を優しく擦りながら、頬笑む。
「――それにしても、――桔流君の強いトコ、初めて見たけれど……、――やっぱり、イケメンは“こういう時”も、絵になるわねぇ。――まるで、ドラマを観てるみたいだったわ」
そんな言葉に、桔流は、しばし顔を背けるようにして言った。
「――なんか……、――この流れで言われると、恥ずかしいんで、できれば忘れてください……」
法雨は、それに楽しげに笑う。
「――アラアラ。――すっかり、いつもの可愛い桔流君に戻っちゃったわねぇ。――ケンカ盛りの桔流君は、もうおしましかしら?」
「はい。――おしまいです」
卒業したはずの“ヤンチャ”な姿を見せてしまった事も恥ずかしかったのか、桔流はそう言うと、法雨の優しい両手から己の手をやんわりと引き抜くと、しばし黙した。
そんな桔流を愛らしく想いながら笑んだ法雨は、次いで、すっかりと落ち込み、同じくフロアの床を見つめていた京に言う。
「――それで? ――京は大丈夫だったかしら? ――桔流君の拳で顎外れてない?」
すると、京は、しばし動揺しながら言った。
「え、あ、――は、はい……。大丈夫です……。――そんなヤワじゃないんで……」
法雨は、それに安堵したよに笑うと、カウンターの方へ向かいながら、二人に言う。
「――ふふ。それは良かったわ。――それにしても、――まさか殴るなんて思わなかったから、流石のアタシも吃驚しちゃったわ」
そして、言いながら、さっと濡らしたタオルを京に渡す。
京は、法雨からタオルを受け取ると、礼を言い、すっかり赤くなった頬を冷やすようにした。
その中、その法雨の言葉に、ようやっと顔を上げた桔流は、悪びれながら――ではなく、何故か胸を張るようにして言った。
「“そんな事”があったなんて知ったら、俺じゃなくても、一発殴らずにはいられなかったと思いますよ」
その言い分に、法雨は、自身の顎に手をやり、考える様にしながら言う。
「う~ん。――まぁ、そうねぇ。――アタシも、お店のコたちや、友達がそんな目に遭ってたとしたら、容赦なくひっぱたいてたかもしれないけど……。――でも、あまりにもいきなりの事だったから、流石に心臓に悪かったわよ」
「まぁ、吃驚させてしまったのは、すいません。――っていうか、もう済んだ話だったみたいなんで、俺も、殴るまではしなくていいかなとは思ったんですけどね……。――でも、フロアに放った時に京が倒れなかったのが悪いんですよ」
「えっ……」
その二人の会話を聞きながら、タオルで頬を冷やしつつ、静かに反省を続けていた京であったが、予想だにしない言葉に思わず声を漏らす。
そして、桔流の言葉を受けた法雨もまた、意外そうな顔で言った。
「あぁ、そういえばそうだったわねぇ。――その時、桔流君があまりにも乱暴に放るから、そのまま倒れちゃうかと思ったら、――案外平気そうにしてたわね。――でも、それがどうして悪かったの?」
「――“それが”、癪に障ったんです。――派手に転がってくれれば、まぁ気が済んだんですけど、生意気にも踏みとどまったんで、――やっぱ殴っとこうと思って」
「えっ……」
京は、そのさらなる真相に動揺し、再度鳴いた。
すると、桔流は悪びれもせず、変わらず胸を張ったまま言った。
「んだよ」
「――い、いえ……。――なんでも……」
京は、桔流が自身を殴ったのは、法雨への非道な行いに対する戒めが、その理由のすべてだと思っていたがゆえ、桔流の述べた真相にはいささか動揺せざるを得なかった。
――とはいえ、桔流がそう言っているだけで、実際は戒めのためであったのかもしれず――、京を動揺させた言い分は、桔流なりに、その場を和ませるために添えられたものかもしれないと、その二人のやりとりを見守っていた法雨は解釈している。
そして、その時の法雨は、その騒動を経た後の京と桔流の関係について、少しばかり心配していたのだが――、騒動が済んでからの桔流は、京とこれまで通りに接し始めた事もあり、その先も、二人の関係が変わる事はなかった。
💎
そんなひと騒動も、今となっては懐かしい話となっているが――、法雨は、その騒動で戒められた京が、カウンターで穏やかに眠っている姿を見やると、桔流との関係が崩れなかった事に、改めて安堵の笑みを零した。
その法雨に、桔流は溜め息交じりに言う。
「――それに、コイツ相手だったら、法雨さんは“食べる派”でしょ? ――それなのに、よく“頂かれて”やってましたね」
それに、法雨は悪戯っぽく応じる。
「アラ~。――流石、桔流君。――よく分かってるじゃないの。――これまでたっぷり食べられてただけあるわね」
そんな法雨に、桔流は不服そうに言う。
「お、俺の話はいいんですよ。――それに、それは、“始まり”の状況が状況だったから、それがズルズルいっただけの話で……、――俺だって、法雨さんの事、頂ける側なんですからね」
「ふふ。――はいはい」
桔流と法雨は、恋愛に発展する事はなかったが、とある理由から、過去しばらくの間、頻繁に体を重ねている時期があった。
その時期こそが、桔流が法雨を“恩人”として慕っている理由となっているのだが、その間の事を知っているのは、法雨と桔流だけである。
そして、その様な事もあり、桔流は法雨に“頂かれていた”経験が豊富にあるというわけなのだが――。
法雨は、そんな桔流との“かつて”の日々もしばし振り返り、立派になったものだと親心に浸る中、立派になった桔流が京を起こしている様子を見やりながら、“あの日”の事を思い出した。
(――今でも、“あのオオカミ”の事は嫌いだし、アイツのせいで、見ず知らずのオオカミには、警戒するクセがついてしまってるの事実。――だけど、京たちや雷さんには、警戒する方が難しいくらい、良くしてもらったし、今も、本当に良くしてもらってる……)
――だからこそ、と、法雨は思う。
(――だからこそ、――アタシじゃ、どうにもできない恋かもしれないけど……、――少しでも役に立てるなら、――恩返しも兼ねて、雷さんが幸せになるためのお手伝いをさせて頂きたい。――だから、――どうしたらお役に立てるか、――改めて考えてみなくちゃね……)
そうして、法雨は、再び雷の事を想うと――、カウンターから身を起こし、眠気眼を擦る京に、朝の挨拶を贈った。
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