キルゲ・シュタインビルドとアイリスディーナ王女はこれからの事について作戦会議を行っていた。
「さて、これからアイリスディーナさんには行方不明……というか誘拐されてもらいます」
「誘拐?」
「はい、そこで、残虐なニャルラトホテプ教団の人体実験の被験者として、君が報酬として望んだ姉を圧倒するほど強力なこちら側の力を与えます」
「なるほど。それは良いわね。それでそちら側の目的は?」
「現在のアンダー・ジャスティスの実力を図るのが目的です。ちょうどニャルラトホテプ教団方が支援していた研究者さんの施設があります。そこを使うとしましょう」
「わかったわ」
「では行きましょうか」
キルゲ・シュタインビルドが立ち上がると、地下への道を歩き出す。地下施設を通って、その施設に入る。そこにはベットが置いてある。
アイリスディーナは黙ってそのベットで横になる。
「銀鞭下りて五手石床に堕つ。イィエルトクリーク・フォン・キーツ・ハルト・フィエルト・五架縛・グリッツ」
銀筒と呼ばれる霊力を溜めた筒状の道具を使用する。無数の霊力の帯がアイリスディーナを拘束する。
「ちょっと!? なにこれ!?」
「行方不明になると言った筈ですが。今すぐ暴れられては困りますからね。だいたい一週間ほどですか、それくらいで解放します」
「食べ物とかはどうするのよ!?」
「安心してください。そんなの、必要なくなりますから。では力を授けましょう。名を虚化と呼びます。それでは、ごきげんよう」
瞬間、どろりとアイリスディーナの目や口から液体が溢れ出し、胸に大きな風穴が空いた。そしてそれは全体を覆い尽くし、異形の怪物に変身する。
キルゲ・シュタインビルドは怪物の咆哮を背に、扉を閉めた。
◆
アイリスディーナ王女が消えた。
それはとても大事であり、第一の容疑者となったのはライナー・ホワイトだだった。
アイリスディーナとキルゲ・シュタインビルドとは密会という形を取っていたので、最後にあったのは恋人ある彼になったのだ。
ライナー・ホワイトは騎士団に連れて行かれて、拷問を受けることになっていた。狩猟部隊の一員を紛れ込ませて、彼が本気で死ぬレベルで痛めつける。
これでアンダー・ジャスティスのメンバーが救出に来ればよし、ライナー・ホワイトが陰の存在を諦めて反抗してもそれはそれでも良かった。
そして拷問を初めて一週間。
アンダー・ジャスティスのメンバーは行動を起こさず、ライナー・ホワイトも拷問に耐えているようだった。
アイリスディーナも超越化も進んでいる。
ライナー・ホワイトの姉は拷問室や、騎士団に取り次ぎをしているが、全て突っ撥ねている。実力行使で、ライナー・ホワイトを助けようとする危険があるため狩猟部隊の一人を監視につけている。
「やはり、頭が動かなければ大規模な作戦行動は取れませんか。ライナー・ホワイトの救出か、アイリスディーナの救出をするかも思ったのですが」
アンダー・ジャスティスのメンバーは王都に各地に集まり、いつでもニャルラトホテプ教団を襲撃できる用意はできている。しかし実行には踏み切れない様子だ。
「ふぅ」
身嗜みを整えて、帽子を被り、部屋を出る。行くのはアイリスディーナ王女の捜査の舵取りをしている騎士団のところだ。
「報告は以上ですか」
燃えるような赤髪の美女が言った。背中まで伸びたストレートの赤髪は蝋燭の火で輝き、ワインレッドの瞳は机の捜査資料を追っている。
「残念ながら。引き続き狩猟部隊を使っての捜索を続行させます」
アイリスディーナ王女の姉、ベアトリクス王女は頷いて、感謝を言葉を述べる。
「キルゲ・シュタインビルド隊長、強力に感謝します」
「お気になさらず。学園の敷地内で起きた事件です。私にも責任はあります、何よりアイリスディーナ様の身が心配ですので」
「あなたは外交官であり、先生の代理しています。あなた個人の非を問う者はいません。今は誰が悪かったかではなく、アイリスディーナを無事救う事を考えましょう」
「賢明なご判断に感謝します」
「それで」
とベアトリクスは一度言葉を切り捜査資料を閉じた。
「ライナー・ホワイトという学生が犯人である可能性が高いというのは確かですか」
「状況的に彼が怪しいのは事実です。しかし彼の実力から考えるとアイリスディーナ様と直接対峙して勝てるとは思えないというのが実情です」
「だとすると協力者がいたか、薬物を使ったか。だが彼は騎士団の尋問にも口を割らなかった。本当に彼が怪しいと?」
「さて。それはなんとも。私達の世界では推定無罪は即始末が鉄則です。こちらの騎士団の方が調べているようなので、それに任せましょう」
ベアトリクスは頷いて目を細めた。
「アイリスディーナ様の無事を願いましょう、それでは失礼」
その時、キルゲ・シュタインビルドの開けた扉から1人の少女が室内に滑り込んだ。
「ベアトリクス様! 話を聞いてください!」
「おや、これはジークリンデ君。何用かな?」
黒髪の少女を見て、ベアトリクスはキルゲ・シュタインビルドに目線を向ける。
「キルゲ・シュタインビルド外交官、彼女は?」
「ジークリンデ・ホワイト! ライナー・ホワイトの姉です!」
「そうですか……いい、話を聞きましょう」
「ありがとうございます!」
ジークリンデ・ホワイトはベアトリクスの前に進み出て懇願する。
「弟は、ホワイトは、アイリスディーナ王女を誘拐するような子じゃありません! きっと何かの間違いです!」
「騎士団は間違いが起こらないよう慎重に捜査している。あなたの弟が犯人だと決まったわけではない」
「ですが、このまま真犯人が見つからなかったら処刑されるのは弟です!」
「騎士団は慎重に捜査している。間違いで処刑するようなことはない」
「ですが!」
「ジークリンデ君。落ち着きましょう」
ベアトリクスに必死で詰め寄るジークリンデを、キルゲ・シュタインビルドが止めた。
首筋には対象を切り刻み、隷属させるゼーレシュナイダーという剣型の矢が首筋に当てられていた。
「ベアトリクス王女は忙しい。退室を」
バタン、と。
勢いよく閉められたら扉を見つめて、ベアトリクスは溜め息を吐く。
「家族を思う気持ちは同じ、か……」
ポツリ、と呟いた。
「アイリスディーナ、無事でいて……」
かつては仲のいい姉妹だった。
だけどいつからだろう、すれ違ってしまったのは。
もう何年も話していない。
もう二度と、話せないかもしれない。
「アイリスディーナ……」
ワインレッドの瞳を閉じると、一筋の雫がこぼれ落ちた。
◆
キルゲ・シュタインビルドの私室に狩猟部隊の一人が立っていた。
「どうしました?」
「ハッ! 命令通り拷問室の写真を待ってまいりました」
「ご苦労さまです」
写真を受け取る。
キルゲ・シュタインビルドの両目はくり抜かれ、首筋には薬を打ち込んだあとがあり、両手両足が断ち切られている。そして死なないように魔法で無理矢理生かされている状態だった。
「では、これをニャルラトホテプ教団の仕業として公表しなさい。騎士団に紛れていた人間による私刑だとしてね」
「わかりました」
「これで恐らく今日中に拷問室のシド・ホワイト救出するためライナー・ホワイトの攻撃があるでしょう。それに合わせて、地下室のアイリスディーナも開放させます。あとは放置で構いません。自体が収束するまで見物していてください。助力を乞われても内政干渉になると断ってください」
「了解です」
キルゲ・シュテルンビルトは部屋に入り、紅茶を煎れる。それを飲み干し、これから起こるイベントに笑みを深めた。
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