テラーノベル
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阿部は、見覚えがあるような、ないようなリビングをゆっくり歩いた。
次の謎を探さなければならない。
けれど。
目に入るもの一つ一つが、妙に胸をざわつかせた。
「このソファ……。」
阿部が手を触れる。
「何かあった?」
目黒は少し懐かしそうに笑った。
「よく二人で映画見たよ。」
「ここで?」
「うん。あべちゃん、途中で寝ちゃうこと多くて。」
「俺が?」
「そう。起こすと絶対『寝てない』って言うの。」
「……言いそう。」
阿部が小さく笑う。
すると。
一瞬。
頭の中に映像が浮かんだ。
――テレビの明かり。
――肩に触れる温もり。
――隣から聞こえる笑い声。
「……っ。」
阿部が額を押さえる。
「あべちゃん?」
「今……。」
何か。
思い出した。
「めめ……?」
無意識に。
そう呼んでいた。
目黒が目を見開く。
そして。
嬉しそうに笑った。
「うん。」
その笑顔を見た瞬間。
また何かが胸の奥で繋がった気がした。
___________
二人は謎を解きながら。
リビングを調べていった。
ダイニングテーブルの裏に数字。
テレビ台には暗号。
キッチンの棚には鍵。
そして。
そのたびに。
目黒が思い出を教えてくれる。
「このテーブルで、あべちゃんが誕生日ケーキ作ってくれた。」
「俺、お菓子作れるの?」
「上手だったよ。」
「……だった?」
「今も上手だよ。」
また。
記憶が浮かぶ。
ケーキ。
笑っている目黒。
『めめ、写真撮る前に食べないでよ。』
「……。」
阿部が目を見開く。
「思い出した。」
「ほんと?」
「ケーキ……。」
目黒は嬉しそうだった。
「よかった。」
一つ。
また一つ。
思い出す。
ソファで眠った夜。
一緒に料理をした朝。
くだらないことで笑ったこと。
喧嘩したこと。
仲直りしたこと。
どれも。
幸せだった。
「俺……。」
阿部は涙を拭う。
「めめのこと、好きだったんだね。」
「うん。」
目黒が優しく答える。
「すごく好きだったよ。」
___________
最後。
テレビ台の奥から、小さな箱を見つけた。
中には。
二つの指輪。
そして紙。
『最後の鍵』
『二人が互いの左手に、永遠の証を』
阿部は指輪を見つめた。
「これ……。」
目黒が微笑む。
「俺たちの結婚指輪。」
その言葉にも。
もう違和感はなかった。
阿部は一つを取る。
「めめ。」
「うん。」
目黒の左手を取った。
薬指へ。
ゆっくり指輪を通す。
そして。
目黒も阿部の左手を取った。
「あべちゃん。」
指輪が。
薬指へ収まる。
その瞬間。
カチャ。
部屋の奥。
今まで開かなかった扉から音がした。
「……開いた。」
阿部は笑った。
「やっと出られる。」
「うん。」
二人で。
扉へ向かう。
目黒が開ける。
眩しい光が差し込んだ。
阿部は目を細めながら。
一歩。
外へ出た。
その瞬間。
「……っ!」
頭の中へ。
大量の記憶が流れ込んできた。
目黒との出会い。
恋。
告白。
同棲。
結婚。
この家。
「め……め……。」
全部。
思い出した。
そう思った。
直後。
阿部の体から力が抜けた。
「あべちゃん。」
倒れる寸前。
目黒が抱き止める。
阿部は。
そのまま意識を失った。
___________
「……。」
静かになった空間で。
目黒は腕の中の阿部を見つめた。
「全部思い出した?」
返事はない。
眠っている。
目黒は。
阿部の頬へ手を添えた。
そして。
うっとりと笑った。
「よかった。」
その声は。
さっきまでとは。
どこか違っていた。
「上手くいった。」
目黒は阿部を抱き締める。
強く。
絶対に逃がさないように。
「……。」
結婚式。
二人の家。
誕生日。
ソファで過ごした夜。
一緒に料理をした朝。
そんなものは。
一度もなかった。
目黒と阿部は。
結婚なんてしていない。
恋人ですらない。
目黒が。
阿部をずっと見ていただけ。
阿部の知らないところで。
ずっと。
ずっと。
追い続けていた。
そして。
ようやく手に入れた。
___________
この脱出ゲームで。
目黒が奪ったのは。
阿部の記憶すべてではなかった。
必要な部分だけ。
一度、空白にした。
そして。
何も分からなくなった阿部に。
一つずつ。
偽物の思い出を教えた。
『このソファで映画を見た。』
『ここで誕生日を祝った。』
『一緒に暮らしていた。』
『結婚していた。』
目黒が話すたび。
仕掛けられた装置が。
その言葉に合わせた偽りの記憶を阿部の中へ埋め込んでいった。
だから。
阿部は思い出した。
存在しないはずの。
幸せな日々を。
そして最後。
扉を出た瞬間。
すべてが繋がった。
阿部の中では今。
目黒は。
愛する夫になっている。
「……あべちゃん。」
目黒は眠る阿部の左手を持ち上げる。
自分が用意した指輪が。
薬指に光っていた。
嬉しそうに。
その指輪へ口づける。
「やっと俺のこと好きになってくれたね。」
阿部の頬を撫でる。
「大丈夫。」
「目が覚めたら。」
「俺のことしか考えられないから。」
眠ったままの阿部を抱き寄せる。
そして。
耳元で囁いた。
「ずっと一緒にいようね。」
返事はない。
それでも目黒は幸せそうに笑った。
腕の中の阿部へ。
深く口づける。
阿部は。
もう逃げない。
逃げたいとすら。
思わない。
目が覚めた時。
阿部の中にあるのは。
目黒と過ごした。
存在しない幸せな人生。
この脱出ゲームで。
二人は確かに。
部屋から脱出した。
けれど。
阿部だけは。
最後まで。
目黒から脱出することができなかった。
コメント
1件
ええ…これ、めちゃくちゃ怖いですね。読み終わって背筋が冷えました。 最初は「記憶を取り戻す感動の再会もの」かと思って読んでいたので、中盤で阿部が「めめのこと好きだったんだね」って泣くシーン、じんわり来てたんですよ。でも最後の反転——「そんなものは一度もなかった」からの展開が、全部ひっくり返されて呆然としました。 特に「よかった」「上手くいった」の口調の変化、そして「俺のことしか考えられないから」の囁き。伏線が全部回収された後の無力感……これ、読者である私も一緒に騙されてたんだな、って。 設定の構造が本当に巧みで、読後感の悪さも含めて、強く残る話でした。
5,234
#⛄️
kaede🍁
47,545