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#⛄️
kaede🍁
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それから。
阿部は目黒と一緒に暮らしていた。
目を覚ませば、隣には目黒がいる。
「おはよう、あべちゃん。」
「……おはよう、めめ。」
朝ごはんを食べて。
一緒にテレビを見て。
夜になれば同じベッドで眠る。
目黒は優しかった。
阿部が欲しいと言ったものは何でも用意してくれる。
寒いと言えば毛布をかけて。
眠そうにしていれば抱き上げてベッドまで運んでくれる。
「めめって、本当に俺のこと好きだよね。」
「うん。」
目黒は迷いなく答える。
「世界で一番好き。」
その言葉を聞くたび。
阿部は幸せだった。
自分も。
目黒が大好きだから。
左手の薬指には、あの日つけてもらった指輪。
目黒の左手にも同じものがある。
それを見ると。
ここが自分の居場所なのだと思えた。
ただ。
時々。
本当に時々。
妙な違和感があった。
___________
ある日。
阿部は棚を整理していた。
奥から、一冊のアルバムを見つける。
「あ。」
脱出ゲームの途中で見たものだった。
懐かしくなって開く。
結婚式。
旅行。
誕生日。
幸せそうに笑う二人。
「……?」
阿部は一枚の写真で手を止めた。
「これ……どこだっけ。」
海を背景に撮った写真。
記憶はある。
目黒と旅行した。
二人で海を見た。
楽しかった。
確かに覚えている。
なのに。
「……何食べたっけ。」
その日の朝は?
どうやって行った?
泊まったホテルは?
思い出そうとすると。
頭の中に薄い霧がかかる。
幸せだった。
それだけしか。
思い出せない。
「……変なの。」
すると。
背後から腕が回ってきた。
「何見てるの?」
「わっ。」
目黒だった。
「びっくりした。」
「ごめん。」
目黒は阿部の肩に顎を乗せる。
「あ、アルバム。」
「うん。」
阿部は写真を指差した。
「ねえ、めめ。」
「ん?」
「この旅行って、どこの海だっけ。」
ほんの一瞬。
目黒が黙った。
けれど。
すぐに優しい声が返ってきた。
「沖縄。」
「……沖縄。」
「忘れちゃった?」
「なんか細かいところ思い出せなくて。」
「仕方ないよ。」
目黒が抱き締める力を少し強くする。
「あの時、記憶ぐちゃぐちゃにされちゃったから。」
「……そっか。」
「俺が覚えてるから大丈夫。」
「うん。」
「分からないことは全部俺に聞いて。」
阿部は笑った。
「ありがとう。」
目黒の言葉を聞けば。
安心できた。
そうだったんだと。
欠けていた部分が埋まる。
「めめがいてよかった。」
「……うん。」
阿部からは見えないところで。
目黒は笑った。
___________
その夜。
阿部が眠ったあと。
目黒は一人で別の部屋へ入った。
阿部には。
物置だと説明している部屋。
鍵を開ける。
中には。
大量の写真。
阿部が仕事へ向かう姿。
買い物をしている姿。
一人で帰宅する姿。
遠くから撮られた阿部が。
壁一面に並んでいる。
棚にはノートが何十冊もあった。
阿部が何時に家を出たか。
誰と会ったか。
何を買ったか。
何を食べたか。
何年も前から。
すべて記録されている。
その中央には。
脱出ゲームで使ったアルバム。
目黒は今日、阿部が見ていた海の写真を取り出した。
「沖縄か……。」
小さく笑う。
もちろん。
二人で沖縄へ行ったことなどない。
写真も。
作ったもの。
思い出も。
作ったもの。
阿部が違和感を口にするたび。
目黒が新しい設定を足していく。
そうすれば。
阿部の世界は少しずつ完成していく。
二人が愛し合って。
結婚して。
幸せに暮らしてきた人生へ。
目黒はノートを開いた。
今日の日付。
そこへ丁寧に書き込む。
『沖縄旅行。海辺のホテルに二泊。あべちゃんは夕日を気に入っていた』
少し考える。
さらに書き足す。
『二日目の夜、来年も一緒に来ようと約束した』
「これでいいかな。」
次に阿部が聞いたら。
そう教えてあげればいい。
何度も聞かせれば。
いつか。
それも阿部の記憶になる。
___________
寝室へ戻る。
阿部は気持ちよさそうに眠っていた。
目黒はベッドへ入り。
そっと抱き寄せる。
「ん……。」
阿部が薄く目を開けた。
「めめ……?」
「起こしちゃった?」
「どこ行ってたの……。」
「ちょっと水飲んでただけ。」
「そっか……。」
疑わない。
阿部は目黒の胸へ擦り寄った。
「……めめ。」
「ん?」
「ずっと一緒にいてね。」
目黒の表情が。
ゆっくり歪む。
嬉しくて仕方がなかった。
「もちろん。」
髪を撫でる。
「絶対離さないよ。」
阿部は安心したように目を閉じた。
「約束ね。」
「うん。」
目黒は眠りに落ちていく阿部の額へ口づけた。
「約束。」
たとえ。
いつか阿部が全部思い出しても。
自分が夫ではなかったと知っても。
この家から逃げようとしても。
もう。
返すつもりなんてなかった。
何年も見つめ続けて。
ようやく手に入れた人だから。
「大好きだよ、あべちゃん。」
腕の中で。
阿部は幸せそうに眠っている。
その左薬指には。
存在しない結婚の証。
そして。
ベッドの横の引き出しには。
阿部が決して見つけることのないように隠された、
外へ出るための唯一の鍵。
阿部は時々。
自分の幸せに、小さな違和感を覚える。
それでも。
翌朝には目黒が笑って。
新しい思い出を教えてくれる。
だから阿部は。
今日も幸せだった。
――自分の人生のほとんどが、
愛する人によって作られたものだとは知らないまま。
コメント
1件
うわ、これ……すごくゾッとする話だった。最初の「世界で一番好き」って台詞が、後半でまったく違う重さに変わるんだよね。記憶の穴を埋めるたびに、目黒がひとりでノートに書き足してる構造がもう、伏線として完璧に効いてる。それに壁一面の写真とか、外へ出る鍵を隠してるとか、愛の形として歪んでるのが生々しくて。阿部の「ずっと一緒にいてね」が、無意識の檻の中からの台詞に思えて切なかった。